教師は爆発し、真理亜は墓地へと
「ダニーは家族からも疎まれ、学園でもいじめられていた。悲しい話だ」
譲治はあの裁判のあと、離れた場所にある高台の上で、墓地のほうを見ていた。
高速で転がるタイヤのいななきとエンジン音、そして時おり聞こえてくる銃声が、どれほどの死闘かを物語っている。
トラビスは必ず仕事をこなす。
順当に行けば真理亜は墓所へ誘導され、そこでダニーと戦うことになるだろう。
そしてそこで目の当たりにするはずだ。
彼の弾けんばかりの復讐を。
「そういえば、ダニーにいじめのことを語ったとき、俺は幸せのことを話したな。幸せになりたいから人をいじめる、か。うん、悲しい、実に悲しい。でもそれじゃあどうしていじめることが幸せに繋がるのか……、俺は考えて見た。なぁんで子供も大人も万国共通で行われるのかをな」
そうして後ろを振り替えると、そこには拘束された担任の女教師がいる。
同胞に捕らえさせここに放置していたのだ。
しかも近くには爆弾がいくつか設置されている。
電子音を刻むそれに怯えながら、担任教師はずっと命乞いをしていたのだが、譲治の急な切り出しに歯をカチカチと鳴らしながら聞くことにした。
変に刺激をすれば、なにをされるかわからない。
現に捕まる前に、この担任教師と関係を持った男たちは目の前で皆殺しにされた。
彼女もまた、譲治の復讐の対象だ。
あの日の裁判のときも、あろうことか男とまぐわっていて、欠席してたのだから。
「お願い……許して……! こんなの、間違ってるッ」
「もっと早くに言ってほしかったなぁそういうの。例えばあの日とかあの日とかあの日とか」
「畑中君……あのときは悪かったと思ってる。でも、でも……」
「勘違いしてもらっちゃ困るな。別に謝罪を聞きたいからこうしたわけじゃない。だけど……そうだな。折角先生といるんだから、ちょっとくらい学校っぽいことしないとねぇ」
そう言って指を鳴らし、先ほどの話を引き合いに軽快に話し始める。
「さぁ先生、俺と一緒に道徳の授業をしよう。んで、ちょっとしたクイズだ。人は幼少時、一番初めに学ぶのはなんだと思う?」
担任は必死になって答えを考える。
もしも不正解を出したらと思うと、生きた心地がしない。
「そんな緊張するな。俺はなにもしないよ。……上下関係だ。いうところのヒエラルキーってやつ。家族という枠の中で、親や兄弟を通し、自分の立ち位置を学ぶ。ある意味原始的な本能とも言えるだろうな。そりゃそうだ。無力な自分を守るために、庇護してくれる人間に取り入ろうとするのはどんな動物もやる。面白いよな。数や文字を覚える前に、本能的に『人は平等じゃない』って学ぶんだぜ?……だが、それが案外まずいのかもしれない」
続けるに、それは『服従』を学び、同時に『反抗』という手段を学ぶということでもあるのだ。
さらに家族の枠組みから、学校や会社という外部へと枠が広がれば、より顕著なものになっていく。
「人生は取捨選択の連続だよなぁ。"捨てていい奴"と"捨ててはダメな奴"とでひとりひとりが勝手に区分していく。そんな中で平等だの対等だのを学ぶんだぜ? 説得力あるか? ないだろ? だから誰も彼もちょっとのことでマウントの取り合いしてんだろ。あ、先生どう思う?」
「わ、私はそうは思わない。確かに子供のころはそういう風に世界が映るかもしれないけど……、それでもちゃんと学んでいけば、誰もが平等である権利を持っているとわかるはずよ。それにいじめだって、それが間違ったことだって当人がちゃんと理解すれば治まるはず!」
「なるほど! 人間の可能性を信じた模範的な回答だな。一体どれだけの大人がそれと同じニュアンスの意見言ったんだろうなって考えると頭クラクラする」
譲治は大袈裟に頭を振りながら、担任教師に近づいて視線を合わせるように覗き見る。
「わからないか? この世のあらゆるいじめって、幼少期から味わった上下関係の感覚、その延長線上にある価値観が発端で起こるんじゃないかなって俺は思うんだ」
それぞれの価値観を持った者たちが集まったとき、果たして平等は築かれ、お互い対等な存在と認知できるかどうか。
できなかったからこそ、"泣きを見る者"が現れる。
彼らが流す涙はただの涙ではない、言うなれば引火物の類。
一度火が付けば、周囲を巻き込んで怒りを爆発させる。
「正義が上で悪が下なら、誰だって正しい方、上にいたいよな? じゃあもう格下と思う奴全員、どんな手を使っても支配するしかないじゃないってハナシ。きっと楽しいんだろうねぇ。だけどそんなマウントの取り合いはもうおしまいだ。すべて滅ぼす」
そう言いながら、譲治は担任教師から離れると、彼女からぶんどったスマホとナイフを眼前に放った。
「ひぃい!」
「それをどう使うかは、アンタに任せよう。チャオ!」
「ま、任せるって……一体なにを」
突然の譲治の行動に戸惑いを隠せない。
喋り倒して終わりかと思ったら、助けの手段まで渡してくれたのだから。
まずナイフを取ろうと拘束された身体を必死にくねらせる担任教師を尻目に、譲治は徒歩で高台から離れていく。
「あ、こら待ちなさい!」
「早く縄を切ったほうがいいじょ~」
譲治を追いかけようとも思ったが、ひとりでは危険と判断し、まず縄を切って助けを呼ぶことにした担任教師。
「よし、縄は切れた。まずは連絡、連絡……お願い誰か出て」
このとき、彼女は多大な恐怖と緊張から冷静ではなかった。
爆弾から数歩離れたところで四つん這いで移動してスマホをいじくる。
電話帳に入っているのは、生徒たちの名前。
その中でも一番信頼できそうな相手を選んでみた。
「大久保さん……、あぁ大久保さん!!」
彼女の名前を見た瞬間、その指は通話ボタンを押していた。
すべての番号が同じに書き変えられているとも知らずに。
ピリリリリリリリリッ!
突如として後方で鳴り響く呼び出し音。
受信元は、設置された爆弾から。
「────なんでぇ?」
希望が絶望へと変わる音。
あらゆる色彩が猛烈な衝撃波で吹っ飛んでいく。
なんの力も持たない彼女の身体は容易に吹っ飛び、人の原形をとどめないままに、宙へと肉片を撒き散らしていった。
「……あ~あ、なんてこった。折角チャンスを上げたのに。まぁ嘘だけど」
担任の死を見届けたあと、譲治はアルマンドの待つ場所へと向かった。
パーティーは極めて順調に進んでいる。
あとはどっしりと構えていればいい。
今や王都そのものは地獄の鍋、解放された怨嗟でずっと煮え滾っている。
その光景を譲治は嬉しそうに見ながら歩いていた。
一方、真理亜とトラビスのデッドレースは終盤に差し掛かっていた。
もう少しで車に追い付きそうではあったが、突如現れたクランの妨害によりトラビスを見失う。
精霊の力を駆使した霧のような攻撃。
視界を奪うだけでなく、対象者の耐性など関係なしに状態異常を引き起こす。
まるで一流のハッカーがセキュリティをかいくぐるように、ステータスというこの世界のシステムに干渉し、好きなようにいじくりまわす。
クランにとって、人間など小さな端末に過ぎないのだろう。
トラビスや蘭宝院綾香のようなタイプとはまた違う力だ。
「くそ……、身体がしびれるな。頭も、クラクラする……」
地面に転がるように舞い降りた真理亜の目の前でクランはカラカラと笑いながら消えていく。
「あ、ま、待って! クラン! ……くそ、追いかけなきゃ」
前日のデッドレースで、冷静に考えれば妨害があることなど予測できたはずなのにと自らの判断の甘さを悔やむ。
霧が立ち込めているが、ほんのうっすらと街の輪郭が視認できた。
その奥で車の走る音が聞こえる。
真理亜は状態異常で鈍った身体を引きずりながらその方向へと向かった。
「来い大久保真理亜。彼が与えてくれた叡知を、貴様にお見舞いしてやる」
王都内の墓地。
そこにある地下墳墓にて、ダニーはたくさんの仕掛けを用意していた。