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判決は下り、シュトルマは目的を果たす。

 愉悦と緊張が交差し、裁判の場が異様な空気に包まれる。

 圧倒的に有罪派が多い状況で、次に話し合いが始められた。


 少数の無罪派の意見など、説得力がないに等しい。

 それでも必死になって意見を言っていく。


「あれはゾンビであって、人間じゃないから殺人じゃない。モンスターを倒したようなもんじゃないのか?」


「おい、ゾンビの状態でもあれはフミヤだったんだぞ!!」


「そうよ! もしかしたらなんとかできたかもしれないのに!」


 どんな意見もこんな具合に跳ね除けられていく。

 譲治は無罪組にやる気なく「ヘイ頑張れー」とエールを送るが、彼らにとっては皮肉も同然だ。


 自分たちの罪が発端とはいえ、こんな実験まがいのようなゲームに参加させられるとは思わなかった。

 罪人が被告の罪の審議をするなど、どこの世界にあるものか。


 有罪派の意見は熱がこもってか、かなり過激だった。

 恐らくはこのゲームを早く終わらせたいのと、ここまでの闘争で興奮が抜け切れていないのだろう。


 だが無罪派及び有罪派の中にいる、冷静さを持った数人は徐々に疑問に思い始めた。

 畑中譲治がどちらかになったらどうするのだろうかと。


 そもそも、このゲームはなんのためにという根本的な疑問が浮き出てきた。

 業火と死体の怨嗟に包まれたこの王都で、譲治はただ楽しみのためにこんなことを仕掛けたのだろうかと。


 そのときだった。

 無罪派のひとりの発言が、一気に場を転換し始める。


「皆冷静になるんだ! これは畑中のひっかけなんだ!」


「ひっかけ? お前なに言ってんだよ!」


「わからないか? 俺たちは目に見える情報だけで物事を決めようとしている。それがまた冤罪を生むってことだ!」


 無罪派の男子生徒のこの発言に誰もが注目する。

 譲治でさえも、真剣な眼差しを以て彼の話に耳を傾けていた。


「ちょっとまとめきれてないからもっとあるとは思うが、少なくとも3つある! ひとつめだ……畑中は確かにゾンビを殺した。フミヤと思われるゾンビをな」


「あぁ、それがどうなんだよ」


「わからないか? 俺たちはあれをフミヤだと思っているけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 この言葉に有罪派の全員が言葉を吞んだ。

 あれほど有罪と決めていたのに、それが一気に揺らぐ。


「本物だとしたらだ……ふたつ目。……なぜ、ゾンビとして復活させた? 普通に生きてる人間として復活させりゃいいじゃねぇか。そうする術がなかったなんて、今の畑中を見ても考えにくい。ここまで綿密な計画を練っていながら、フミヤだけ適当によみがえらすなんて、杜撰ずさんにもほどがあるだろ。第一、フミヤの墓は一度も掘り返されてない。掘り返されてたらわかるはずだ。墓は見えるところにあったんだぜ?」


 この男子生徒の言葉に誰もがざわつく。

 まるで刑事ドラマのように、探偵小説のように、物語ゲームを紐解いていった。

 

「そして最後、これは……あんまり当てにはならないかもだけどさ。……アイツは一度もあのゾンビをフミヤとは言ってない。フミヤの名前は出したが、でも『俺は今フミヤを殺した』なんてニュアンスの言葉もなにひとつ言ってないんだよ。……俺は変に感じたよ」


 言われてみればそうかもしれないと、大勢が表情を曇らせた。

 被害者の司法解剖もしていなければ、本人と断定できるものも存在しない。


 調べようにもシュトルマや譲治がはばかってそれができない状況だ。

 無罪派の彼の意見を聞いて、有罪派の生徒たちの心も変わってきた。


 クラスの人間たちが見たのはあくまでその現場と殺害に使用した凶器だけだ。

 この言葉で、一気に形勢は逆転。


 無罪派は多数となり、有罪派はたったふたりだけとなった。

 

「ん~ん~ん~。中々いいものを見させてもらったよ。こういうゲームで一番面白いのが、あぁいう発言をする奴がひとりはいるっていうところだ。……さて、そろそろ切り上げようと思うんだが。ん~有罪派がごっそりいなくなったな。……今からでも有罪派に変えようって奴はいないか?」


「は?」


「いや、まぁなんていうか。えらくバランスが悪くなったなぁって。ほかにはいないのか? 俺が有罪だと思う奴」


 しかし誰も動こうとはしなかった。

 そして譲治のこの発言を一番に疑問視したのは九条惟子だ。


 彼の発言にはなにか違和感がある。

 たとえゲームとはいえ、無罪であるのなら無罪を勝ち取りたいと思うのが普通だろう。


 なのに譲治の発言は、まるで別のことを気にしているようだった。

 このゲームの目的は皆の過去の傷をえぐり、仲間同士で剣呑な雰囲気を出させることではないのかと。


 もしもそれ以外の目的があるとすればなんであろうかと、九条惟子が密かに考えていたときだった。


「さぁ九条パイセン。アンタの出番だぜ?」


「わ、私の……。ふん、そんなの、あれを見れば明らかだろう。君は……」


「あー違う違う。決めるっていうのはそういうことじゃあないんだ」


 そう言って譲治は彼女の前にしゃがみ込み、目を邪悪な笑みで歪ませた。




「さぁ決めてもらいましょうかい。────無罪オモテか、有罪ウラか」


 ゆっくりと取り出したのは見慣れぬコイン。

 その直後、九条惟子もクラスメイトも皆、自由が利かなくなった。


 譲治は九条惟子の手にコインを握らせると、彼女の手が意思に関係なく動き始める。

 コイントスをするように、人差し指にコインを乗せて親指で弾こうとするあの構え。


「あ……な、なん、だ。やめ、……やめろッ」


 九条惟子の中の本能が警鐘を鳴らしている。

 このコインを動かしてはならない。


 そんなことをしたら最後、取り返しのつかないことになると、彼女の心が叫んでいた。

 だがその思いも虚しく、賽は投げられた。


 この地獄的な明るさを反射しながら、回転しながら宙を舞い、九条惟子の手元へと戻ってくるコイン。

 乾いた音とともに掌にコインのまるみが感触として食い込んだ。


「さぁてご開帳!!」

 

 譲治の声とともに彼女の手が開かれる。

 掌の上で、コインの表面が煌めいていた。


「────最終判決!! 被告人『俺』、無罪とするッ!!」


 直後、有罪派のふたりの前で、無罪派の生徒たちが苦しみだす。

 それはやがて噴血と絶叫となり、周囲に血の海を巡らせた。


「う、うわぁああ!!」


「きゃああ! な、なに! なによこれぇええ!!」


 有罪派のふたりがその場にへたり込む。

 無罪派の生徒たちはのたうち回り、ひとり、またひとりと死んでいった。


 その内のひとりの男子生徒。

 先ほど譲治の無罪を訴えた彼は鬼のような形相で、ヨタヨタと譲治に近付こうと必死に足掻いている。


「ハタナァカァァァアアッ!!」


「おう、えっと……誰だっけ? 名前覚えてねぇや。ご苦労さん。お前のお陰で面白いもんがみれたよ」


「ナゼだ……ッ、俺は、お前を……しんジテ……ッ!!」


「あぁ、そして俺は晴れて無罪になった。お前の推理は大体合ってた。あのゾンビは偽物。フミヤの顔に近付けたまがいものだ。いやぁ~、まさか早くに気付く奴がいるなんざ思わなかったが、それでもYOUのお陰だ。感謝しているんだZO」


「だったら……な、ゼ……」


「お前はゲームの前に根本的な誤解をしてるな。俺がお前らを生かすとでも思ったのか? んなわけねぇだろ。……皆殺しだ。絶対に生かしてやらん。でも、ただ殺すだけなんてつまらないだろ? こういうのは多少趣向を凝らすから面白いんじゃないか。殺される方も、そして生かされる方もな」


 譲治は有罪派のふたりを見る。

 ふたりは蒼ざめ、腰を抜かして涙を浮かべていた。


 正しい判断をした者たちが無惨に死んでいき、間違った考えを持つ自分たちがこうして生きている。

 それだけでも抱えきれないほどの絶望だった。


 コイントスをした九条惟子も同じだ。

 自分のせいで大勢の後輩が死んでしまった。


 自分が殺したも同義と言えるような状況で。

 それが彼女に深い絶望を刻んだ。


 九条惟子の手からコインが落ちると、譲治は拾い上げながらいつもの恨み節を吐き捨てる。


「人は簡単に騙される。どれだけ思想が清らかだろうと歪んでいようと、自分の主観に抗うことはできない。────それが『幸せ』や『正義』なんて虚構フィクションに囚われている内はなおのことだ」


 譲治は満足そうに言った直後、その男子生徒は絶望と苦痛の中で死んでいった。

 これは裁判を模したゲームに見せかけた、ごくごく単純な大量虐殺劇なのだ。


 ゲームの結果に上機嫌になる譲治を見て有罪派のふたりは次は自分たちであることを直感する。

 ふたりの職業は戦闘職とは言い難い。


 男子生徒の『タダシ』は僧侶の上位職である"教皇"であり、女子生徒の『ニシノ』は"賢者"である。

 目の前の死体の山と血の海に怯えるふたりを見る譲治は、クツクツと笑いながら。


「さぁて次はお前らだが……、どうする? 次の機会にまわしてやってもいいが、死にたいんなら戦うのもアリだぞ?」


 ふたりは息を吞んで黙り込んだ。

 そこに割り込むようにしてシュトルマが譲治に話し出す。


「クライング・フェイス、わかっているな? 私の目的はこの女だ。この女を手に入れたら……」


「あぁわかってるよ。ちょいと惜しいが、そこは好きにしろ。俺とお前は主従関係じゃない。目的が達成できたならあとは勝手だ」


 譲治はシュトルマにそう言うと、ジェット機能を展開しどこかへと飛んで行ってしまった。


 それを合図に、タダシとニシノは絶叫しながらその場から逃げていく。

 ふたりの後方で九条惟子がなにかを叫んでいたが、自分たちでは手に負えないとして、完全に見捨ててしまった。


「くふ、クフフフフフフ……見捨てられたなぁ九条惟子ォ」


「あ、あぁあ……あぁぁああ……」


「安心しろ九条惟子。私が、ヒヒヒ、いるぞぉ」


 そういうとプツン、プツンと九条惟子の衣装のボタンを外していくシュトルマ。

 露わになっていく胸元に彼女は舌なめずりをしながら手を突っ込んでまさぐり始める。


「ヒィッ! や、やめて、やめ、いやぁああ!!」


「綺麗な身体だな……できたばかりの女神の彫刻のようだ……」


 ふたりがいる場所を起点に円を描くように、足元から暗黒の炎が現れる。

 そこから霧のような触手が現れ、シュトルマと九条惟子を優しく包み込んだ。


「妬ましい……お前のすべてが妬ましい。お前の力も、この身体も……。お前を定義付けるすべてが妬ましい……。だから私のモノにする。私が管理する。私のモノにして、私だけが好きにしていいようにする。さぁ行こう。暗黒次元の底の底へ。私とお前だけの永遠セカイだ」


「やめ……だ、誰か……誰か、助け、て……ッ」


 ズルズルと沈んでいくふたりの肉体。

 九条惟子は天に向かって手を伸ばしながら叫び散らすが、最早手遅れだった。


「ハハハハ! ついに! ついに手に入れた!! 私のだ。私の物だ! 永遠の苦痛と快楽……くは、クハハハハハハハッ! HA-HAHAHAHAHAHAHAHAッ!!」


 壊れたような笑い声がこの広場に響き渡る。

 九条惟子を手に入れたシュトルマはとても嬉しそうであった。

 

 死体と業火だけになったこの場所に、九条惟子とシュトルマの姿はもうない。

 あれほど満ち満ちた狂気の宴の情景は、過去の出来事として、業火の猛る音と建物の崩れる音の中へと霧散していく。


 そして誰もいなくなった。

 まさに、つはものどもが夢の跡。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんというか、やはりすごいなと。 ゾンビ撃破の不当性の有無について、回復可能性を議論するとかならまだしも、「主人公が重大な危害を加えられる一因となった人物かどうか」なんてねえ。
[良い点] シュトルマいちぬ、お幸せに
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