業火の中の裁判
ある広場にてクラスメイトたちは壮絶な戦闘を繰り広げる。
というのも、暴徒のひとりひとりが彼らの弱点などを把握しており、対処が困難になっていたのだ。
無論だからといってそれだけで被害が出るほどではなかった。
九条惟子も奮戦していることで、暴徒を圧倒で来ている。
だが、ようやくすべて倒したというタイミングで最悪の事態が起こる。
国王を殺し、城の大部分を滅茶苦茶にしたシュトルマが九条惟子を殺すためにやってきたのだ。
シュトルマにとって九条惟子の存在は、自分を追い詰めた原因のひとつであり、猛烈な執着を抱く発端となった。
異邦人でありながらこの世界に来た直後に、自身ではどれだけ努力しても得られないほどの力を手にしていた九条惟子。
ただその力を振るうだけで称賛され皆に頼られるという、シュトルマが欲しくてたまらなかった状況をいとも簡単に手に入れた彼女が妬ましくてたまらなかった。
挙句の果てに、自分は彼女に下に見られており、あんなみすぼらしい治療室へ入れられても助ける対象ですらないという思いを抱くきっかけにもなる。
この絶望を汲み取ったのがジョージ=クライング・フェイスだった。
そして、今となってはその九条惟子とクラスメイトが合わさった力すらも圧倒するほどのパワーを手に入れる。
シュトルマは九条惟子たちを嬲りながら、彼女への執着心を増大させていった。
憎くてたまらない、その身体をもっと痛めつけ、もっと犯したい。
騎士時代では考えられないドス黒い欲情が渦巻いていく。
「皆もういい、下がっていろ!! ……シュトルマ殿、どうしてアナタがこのようなことを」
「黙れ九条惟子! お前さえいなければ……お前さえ現れなければ……ッ!! 殺すだけでは生温い。お前を捕らえ、暗黒次元の底の底で永遠に痛めつけてやる……永遠に犯してやる……貴様が悪いんだぁ。貴様が私をこんな風にしたんだ。貴様を私の物にしてやる。私の玩具として永遠に嬲ってやるぅ。私の味わった怒りや苦しみ、そして屈辱をその身に刻んでやる……永遠になぁッ!!」
この戦いでダメージを受けたクラスメイトたちは、九条惟子の指示通り下がって見守ることにした。
高次元の存在ふたりの壮絶な戦いに誰もが息を吞む。
九条惟子の主な能力は、剣技による次元切断。
そして次元跳躍による瞬間的な空間移動。
多数の次元の狭間をその剣にて斬り裂き、あらゆる回避行動を無に還し、すべての防御を貫通して相手に絶大なダメージを与えるというような種類が多々ある高レベルのものなのだが。
「キヒヒヒヒ」
(なんだこれは……まるで虚空を斬っているような。手応えがまったくない……当たっているのに、ダメージが与えられていない)
真夏の団扇の如く、剣閃はただ虚しく涼風を運ぶだけ。
シュトルマの肉体に当たっているように見えるが、実際は斬撃そのものが無効化されている。
暗黒次元は数学的に観測できる領域にない深淵の遥か先に存在する次元。
それは神ですらも数値化、概念化が不可能な領域。
弾丸だろうが斬撃だろうが、すべて暗黒次元へと送られてしまう。
こうなってしまっては九条惟子も手足も出ない。
「ぬぅおおおおッ!!」
「あがッ!?」
「九条先輩!!」
シュトルマはもう相手の攻撃を気にする必要はない。
すべての攻撃をすり抜けるように、遠慮なく拳や蹴りを振るう。
「カーッハッハッハッハッ! 最高な気分だ九条惟子ォォォオオオッ! お前をとことんまで痛めつけられるなんて……この日をどれだけ楽しみにしていたことかァァァアアアッ!!」
遂に九条惟子の剣が圧し折れる。
そこからは目も覆いたくなるなるほどのリンチの嵐だった。
クラスメイトたちが絶望の眼差しで、その場から動けなくなる。
最強なはずの上級生が、まるで雑魚のようにもてあそばれいるのだ。
「ガフッ! や、やめ……、もうやめ、て……ッ!」
「やめなぁあああい!! 絶対やめなぁああい!!」
腫れあがった顔と傷だらけの身体、血のにじむ衣装で見るも無残な姿に変わり果てた九条惟子。
力尽きるように地面に倒れそうになっても、シュトルマに髪の毛を掴まれ持ち上げられる。
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ッ!」
「ん~ん~ん~、実に美しい声だ。お前のその声は聞きたかった。────これからずっとお前のその声を独り占めできると思うと、ふふふ、興奮がやまないぞ」
「や、やめ……」
「ダメだ。お前はもう私の物だ。……ん? なんならここでもう始めるか? それもいいな。お前の仲間の目の前で、私とお前がどういう関係になったかを見せつけるというのも────」
そう言いかけたとき、"邪魔が入った"とばかりに顔をしかめる。
九条惟子の視線の先で、それは現れた。
「ユ、イ……コ、姉……サン」
「へ……?」
それは1体のゾンビ。
腐った肉体を揺らしながら、制服をまとったそれはヨタヨタとすがるように彼女のもとへと歩いてくる。
「おい、あれって……」
「まさか、ウソ、フミヤ君!?」
場が騒然となる中、九条惟子の目に涙が溢れてくる。
大事な存在がゾンビとなってしまったことによる悲しみ、そしてたとえゾンビであってもこうして会えたことによる歓喜。
それらが複雑に絡み合い、九条惟子の心を大きく搔き乱していた。
「……フン、なるほどな」
シュトルマはニヤリと口角を歪めた。
九条惟子は彼女の拘束を解こうと必死になる。
ゾンビということもあり、危険はあるとわかっていても、彼を抱きしめずにはいられなかった。
だがシュトルマは九条惟子を放そうとはしない。
必死で抵抗するも手も足も出ず、そうしてゾンビがかなり近くまで来たときだった。
「悪質タックル、ドォォォオオオンッ!!」
それはゾンビが通ろうとした道のすぐ隣にあった大きな瓦礫。
その陰から見覚えのある人物がゾンビに対して勢いのついたタックルをかました。
「なッ!?」
九条惟子は限界まで目を見開いた。
グロテスクな音を立ててゾンビの身体が歪んで、地面に転がる。
タックルの張本人はまさしく────。
「畑中譲治ッ!」
たまらず叫ぶ。
だがそんな彼女の叫びを無視するように譲治はその辺の岩を両手に、なんとゾンビを何度も執拗に攻撃し始めた。
「ン゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ッ! エ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
岩を頭や胸に何度も叩きつける。
もう動くことがなくなっても、それでも譲治は岩を叩きつける動作をやめなかった。
「な、なにをしているんだッ! うああ! やめろ! やめてくれッ! やめてぇええッ!!」
九条惟子は咽び泣き、クラスメイトたちは恐怖で絶句する。
その様子をシュトルマは愉悦の笑みで見ていた。
そして最後の一撃を叩き込んだ譲治は、合図を送って遠くで控えていた聖霊兵をこちらへと呼ぶ。
自身の身体を支えさせ立ち上がると、彼女らに預からせた聖杖を手に取った。
「チャオ、皆さん。パーティー楽しんでる?」
一仕事終えたように布で汗を拭うと、薄ら高く積み上げられた瓦礫の上に昇り始める。
突然の譲治の登場に誰もが困惑したが、クラスメイトのひとりが怒号を上げた。
「なにがパーティーだ! 自分がなにをしたかわかってんのか! この惨状見ろよ! 恨みがあるのは俺たちだろ? なんでなんの罪もない人たちを巻き込むんだ!!」
「罪ならある。俺や、今暴れている連中を鬼にしたのはこの世界だ」
「だからって、憎しみでここまでしていいと思ってんのかよぉ!!」
叫ぶひとりのクラスメイトを数人が宥めようとする。
だが、譲治は彼を嘲笑うようにこう答えた。
「憎しみで鬼になり、危害を与えるのは間違いか。確かにそうだな」
「……え?」
「だがそれが復讐ってもんだ。憎しみの中でしか生への充足を感じられない。きっとそれは悪なんだろうな。だがな……」
そう言うや急に彼の周囲の空気が一変した。
炎に囲まれた広場が一気に氷点下まで落ちて、肌をざわつかせる。
「────こんな世界をいつまでも擁護しようとする連中は、もっと間違っている」
その眼差しは少年というにはあまりにも冷たかった。
その言葉にはもう地球人らしい温もりは一切感じられない。
「お前らみたいな社会の味方の、ヒーロー気取りの出没が絶えないから、俺らのような悪が生まれざるを得ない。生まれてすぐに、お前らみたいな連中に迫害される。見捨てられる。そしてそこから生まれた憎しみを、平気な面で"醜い"と言いくるめる」
炎と爆発から生じる温風が、譲治の衣装を妖しくはためかせる。
さながら魔王か魔神か、そんな深淵を感じさせるオーラを放っていた。
「世の中はいつだって正しいか正しくないかの二元論だ。だがな、もうこの戦いはどちらが『正しい』かの次元じゃねぇんだ。どちらの間違いが、より世界を混迷に陥れるか。その主導権争いだ。怪獣映画でもよくあるだろう? 勝ったほうが人類の敵になるだとかなんだとかな」
そう言い放ったあと、譲治は気分を入れ替えるように深呼吸。
いつもの飄々としたようなふざけた態度に戻り、渾身の企画の発表を行う。
「さて、愛すべき級友ども。このパーティーの余興はこんなもんじゃあないぞ? お前ら向けのちょっとしたゲームも用意したんだ。名付けて『かつての裁判ゲーム』だ」
そのワードを聞いてクラスメイトたちはどよめいた。
九条惟子も息が詰まったように苦い顔をする。
「お前らも覚えてるだろう。俺はあの裁判で、フミヤ殺しにも手を出していたと」
譲治はそう言って動かなくなったソレの方向を指差す。
「ルールは簡単。前のように被告は『俺』。この場で奴を殺したのはここの誰もが目撃している。そこでだ。────そんな俺が無罪なのか、それとも有罪なのかを皆で決めて欲しい」
「な、なんだって……ッ!?」
「ゾンビとは言え、ここにいる誰かがなんらかの術式をかければ完璧に生き返ったかもしれない。だが、俺はそのチャンスすら破壊した。状況証拠も物的証拠もすべてが完璧に揃ってる。それらを加味した上で話し合って決めるんだ。割と簡単だろ?」
クラスメイトたちに緊張が走る。
内容はかなり違えど、それでも舞台は再現されていた。
この場に大久保真理亜はいない。
そして誰もが『譲治がフミヤを殺した』という観念が実際に見たことで植え付けられている。
「あぁ、九条パイセン。アンタは、そうだなぁ……裁判長の役でもやってもらうか。まぁ別に難しいことはしなくていい。無罪派と有罪派の意見や数を考慮した上で、アンタが決める。つまり、最後のほうだな」
「く……」
皆下手な動きはできない。
彼がなにを考えてこうしているのか、その裏が読めないからだ。
なにより九条惟子でさえもいとも簡単に抑えつけるシュトルマがいる。
誰もこの状況に逆らうものはいない。
「────さぁ、ゲーム開始だ! まずは無罪派、有罪派とふたつに分かれろ。さぁ急いだ急いだ!」