クライング・フェイスの奸計
西門付近は比較的静かではあるが、避難をする人間の姿は見られない。
ただ無人の家々が立ち並ぶ大通りとなっていたのだが、門は完全に閉じられ、積み上げられた木箱の上に彼は座っている。
誰かを待っているのか?
それは勿論────。
「ジョージ!!」
高い跳躍からの着地で真理亜が木箱の山の前くらいに現れる。
譲治は見事な着地に拍手を送りながらも、彼女をせせら笑った。
彼の身を包む衣装は大きく変化している。
あの特殊なプロテクターのデザインは、どこか悪魔チックに禍々しくなっており、より人間の内面にある邪悪さが滲み出ていた。
「来ると思ってたよ。お前は必ず俺を優先的に追いかけようとするからな」
「わざわざダミーまで使ってここまで誘導する君も、余程ボクのこと気にしてるみたいだけど?」
「あぁ気になるさ。俺はお前に夢中だよ。ん~この胸の中の感情って、なんなのかなぁ? もしかして、恋愛感情とか? フフフ」
「────ッ」
真理亜は動揺を押し殺した。
明らかに心理的な揺さぶりをかけている譲治から漏れる不気味に笑い声に顔をしかめながら、真理亜は拳銃を取り出す。
銃口を向ける手の震えを押さえながら、真理亜は声を張った。
「なにかショーを用意してくれてるんだって? 残念だけど、そんなのに構ってる暇はない。ボクは君を止めるために来たんだ」
「つれないなぁ。なんのためにお前をここへ呼び出したと思ってんだ」
「……ボクをもてあそんで自分が喜ぶために……じゃないのかい?」
「半分正解。実際はちょっと違う」
「は?」
「お前の力は強力だ。近接・遠距離ともにそつなくこなせる奴が、戦いにおいては一番厄介だ。ましてやお前のスキルは場を一変しかねない。そろそろシュトルマが九条惟子と交戦するだろうが、それまでにお前に暴れられると面白くないんでね」
「ボクひとりを分散したって? ハッ、だとしたら、君の頭脳はすこぶる衰えたみたいだ。ボクひとりをここへ連れてきたところで……」
「わかってないな。会得情報が少ない敵と多い敵を分散するから、対応が上手くいくんじゃあないか」
「……?」
その言葉の意味を少し考えたのち、真理亜はハッとしたように目を見開いた。
自分以外の情報は、『ある出来事』を境に知れ渡っているということを。
「────"爵禄百金を愛んで敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり"。魔王やら敵国やらに対策を練られているお前らの情報を、俺が拾い上げないと思ったのか?」
「なるほど、そういうことか……」
完全に一手を取られていた。
かつての5人の愚行によって譲治は魔道へ堕ちたが、今度はその愚行が彼を押し上げている。
こんな皮肉なことはない。
譲治に向けていた銃口が動揺でブレた。
もしかしらた今クラスメイトたちは、対策などをされてとんでもない苦戦を強いられているかもしれない。
あの九条惟子でさえ、対策を講じられたことによって、凄まじい疲弊を味わうことになったのだから。
「フフフ、俺のことになるとつい熱くなって、周りが見えづらくなるのがお前の悪いクセなのかな? そうだろう? ────ならなおのこと、その弱点をつきたくなるというのが悪党の性ってやつだ」
「上手い手だ。でも、それだけでボクを出し抜けるとでも?」
「オイオイ、なんで俺がこんな情報をお前に教えたかわかるか? こうすることでお前は内心動揺し、後悔するからだ。"もっとこうすればよかった"、"ああしておけばこんなことには"っていうネガティブな考えに陥っていく。それは、俺が用意した『最高のショー』において絶妙なスパイスにもなる」
「もういい、君と話してると頭がおかしくなりそうだ。悪いけど、撃たせてもらうよ。死なないようにね。ボクは君を止める! 絶対に!」
「フン、なら、死ぬしかないな! ────やっちゃえ、バーサーカー!!」
真理亜が引き金を引こうとした直後に譲治から放たれる裏声。
だがそれはけして冗談ではないということが、直後の莫大な殺意と雄叫びからわかった。
気配は真理亜から見て2時の方角。
家々を突き破って飛び出してきたのは────。
「■■■■■、■■■■■■■■────ッ!!」
「────え、嘘、でしょ」
目に飛び込んで来たのはかつてのクラスメイト。
縦ロールに整えてあった金色の髪を振り乱し、大鎌を手に持ちながら獣のように暴れ狂い参上した女大鎌使い、蘭法院綾香その人であった。
赤か黒かもわからぬほどに変色した眼球で真理亜を捕捉し、猛獣の唸り声を発しながらダラダラと涎を垂らしている。
一目でわかるほどに彼女は正気を失っていた。
そして、今真理亜に憎悪と殺意を向けながらにじり寄ってくる。
真理亜はスキルで蘭法院綾香の状態を測定。
スキルに【狂化】が付け加えられており、そのせいで狂戦士としての属性を付与されている。
レベルも真理亜に近い水準まで上げられており、挙句の果てに彼女にも違法スキルが備え付けられていた。
(【違法スキル:真理亜絶対殺すウーマン】……な、なんだよこれは? これじゃまるで……)
真理亜が恐怖と動揺のあまり一歩退いた直後、蘭法院綾香は雄叫びを上げながら大鎌を振るってきた。
瞬時に双刀を取り出してガードする真理亜を見ながら、譲治はジェット機能を作動させ飛び去ろうとする。
「フフフ、感動の対面だというのに。花京院はよっぽどお前のことを殺したいらしいな」
「なんてことを……君は一体なんてことをッ!!」
「おいおい、俺に構っていいのか? 油断をしてるとそっ首叩き落とされるぞ?」
「待ってよジョージ! 待てェエエ!!」
譲治が飛び去り、真理亜は狂った蘭法院綾香と戦闘を行うことになってしまった。
これが彼の言う最高のショーなのだろうか。
この考えを振り払うように真理亜は首を横に振る。
あの男がこの程度で終わらせるはずがないと。
「グガガアアアアアァッァアアアアッッッ!!」
「蘭法院さん……お願いだ。正気に、正気に戻って……ッ! いくらなんでも、こんなのってないよ!」
双刀と大鎌の刃が火花を散らしぶつかり合う。
パワーに至っては明らかに狂化された蘭法院綾香のほうが上だった。
直線的な移動速度でも圧倒的優位に立つ彼女を翻弄するために、無闇な近接戦闘は避けて、真理亜は銃器を用いた中・遠距離に持ち込んだ。
口径の大きい拳銃を二挺に手りゅう弾を5つ。
射撃と投擲の合わせ技で、銃弾と爆発の嵐で蘭法院綾香を怯ませる。
(これだけ撃ち込んでまだ動けるって、どれだけ硬いんだ! クソ、もう一発!)
そう思い手りゅう弾のピンを素早く抜いて投げた直後、手りゅう弾に鋭い衝撃が走るや、真理亜の目の前で急に爆発を起こした。
「ぐぁあああッ!?」
衝撃で吹っ飛ばされるも受け身を取る。
一体なにが起こったのか周囲の確認や状況の整理をしようとするも、この機を逃すまいと襲い掛かってくる蘭法院綾香によってそれは阻害された。
またしても勃発するふたりの戦闘。
そんな中、手りゅう弾を急に爆破させた張本人が離れた場所にある高い建物の上から、その様子をうかがっていた。
ミスター・ファイアヴォルケイノこと、トラビス・マクベイン。
その超人的な狙撃能力で、弾丸を手りゅう弾に命中させたのだ。
彼はまた狙撃銃のスコープ越しから狙いを定めようとする。
本来スナイパーに必要とされている観測手は必要ない。
この世界にはスキルがある。
不気味な異能ではあるが、これを活用しない手はない。
「────悪く思うな。これも仕事だ」
冷たい心の転移者は、引き金に優しく指を添えて……。