パーティーはアルマンドの歌から始まる。
運命の夜、その数分前。
この日は夜遅くまでの王都の祭りということで夜の風景により輝きが満ちていた。
そこにひとりの"異質"が現れる。
人々が集まる広場の中央、褐色の肌を街の明かりと月光で煌かせながらその人物は注目を集めていた。
満足そうに視線を浴びながら艶美な笑みを見せるは魔女アルマンド。
「あー、あー、あー……よし」
声の調整を軽くしたのち、アルマンドはどこからともなくマイクを取り出し、音を調整する。
妙な道具を持ちだしたアルマンドに皆は興味津々でゾロゾロと集まってきた。
誰もが感覚でわかった。
どうやら歌を披露してくれるのだと。
そして歌が始まる。
彼らにとっては聞いたこともない言葉での歌だったが、アルマンドのそれはまさに天性の美声にして神の歌声とも言えるもので、誰もが魅了されて心震わせた。
どこからともなく流れてくるメロディと彼女の歌声に、今宵多く動員された兵士たちも聞き惚れている。
噂は王都中を駆けまわり、中央へと人が集まっていった。
その陰で、破滅の使徒たちが配置についているとも知らずに。
無論、この噂は真理亜たちクラスメイトにも届いた。
彼女らもまた王都に来ており、譲治とその同志たちの行方を数時間前から王都内にて捜索していたのだ。
しかし、なんの手掛かりも掴めずに一度皆が集まったジャストタイミングで、この噂を聞いた。
耳を澄ませば音楽が聞こえてくる。
それはとても勇ましくも美しい歌。
「な、なんだこの音楽……洋楽か?」
「なんで異世界で洋楽が歌われてるのよ」
皆が混乱する中、真理亜は自らの記憶を辿りその音楽がなんであるかを思い出す。
(これ……知ってる。ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』、舞台とか映画にもなってるやつで……曲名は確か『民衆の歌』……まさか、これって!!)
気付いたときには歌は終わって拍手喝采。
そのあとに爆発音と凄惨な悲鳴が響き渡った。
いくつもの怒号が嵐のように響き渡り、炎の勢いに乗って建物や人々を惨殺していく。
現場近くまで訪れた真理亜たちはすぐにその正体が理解できた。
「パーティーって……こういうことか!」
どこからともなく現れた譲治の賛同者たちが各々武器を持ち、殺戮と破壊を繰り出している。
誰も彼もが不気味な青筋を浮かべて、正気を失ったかのように目が赤い。
中には女性型のモンスターもいたことから、最早種族や国境を問わない一大勢力になっているようだ。
真理亜は拳を握りしめ、ふと天を見上げると、丁度その延長線上にある高い建物の上に、見知ったシルエットが映った。
「ジョージッ! あ、待って!!」
それは踵を返して向こう側へ行こうとする。
勝手ながらではあるが騒動への対応は皆に任せて、真理亜はその影を追った。
その際、暴徒たちをスキル【情報看破】で見てみたが不可解なものが見えたのだ。
(……【違法スキル:燎原たる怨嗟】。憎しみのみで世界と繋がり、この世が完全に終わるまで暴走をやめない。なんだこのスキルは? ステータスの数値まで爆上がりしてるし。しかも違法って。やはりジョージがなにか仕組んだのかな)
素早い身のこなしで地を走り、壁を登り、そして彼のもとへ着くのに数秒ほど。
丁度屋上の縁付近までさしかかった場所にいたので、真理亜はワイヤーを取り出し投擲するようにして捕縛する。
「捕まえた! ジョージ、今すぐにこの暴動を止めさせるんだ! ────ハッ!」
ワイヤーにて縛られ動けなくなった彼の胸倉を掴むようにして起こした。
だが、瞬時にそれは仕組まれたものであると気付く。
真理亜は乱暴に『その男』の付けていた面頬を取り外すと、そこには同い年の少年の顔があった。
「クソ! 影武者か!」
「ふ、フヒヒ、あ、あ、アンタがマリアだな? 俺はなんてことはないただの使いだよ」
「使いだって?」
「あぁそうさ。クライング・フェイスのもとへ行きたいんだろう? だったらひとりで西門のほうへ来いってさ。そこでアンタだけに用意したっていう『最高のショー』が拝めるぜって話だ! ヒャハハハハハ!」
笑い飛ばす少年を殴り飛ばし、そのままワイヤーで建物に吊るしておく。
少年の言った通り西門へ行くというのなら、それは昨晩以上の罠を考えておかなければならない。
「ジョージ、君は必ずボクが止める!!」
ふとクラスメイトのことが気になったが、彼らとてちょっとした百戦錬磨だ。
むしろ戦場での戦闘経験なら、暗殺者である真理亜を上回る者も多い。
なにより最強と名高い九条惟子もいるのだから問題はないだろうと、思いたい。
もしも昨晩の譲治を取り巻く強者たちと戦闘になれば、きっと無傷では済まないだろう。
特に、あのシュトルマが相手では。
騎士や兵士たちと暴徒たちがぶつかり合い凄まじい戦闘になる。
あの中にはクランやミスター・ファイアヴォルケイノといったあの面々は見られない。
周囲に注意しながら、真理亜は進んでいった。
一方、王城では一連の騒ぎでパニックを起こしていた。
国王は憤慨しながら玉座の上で配下たちに叱咤し、そして指示を出すなど大忙しだ。
そんな最中の出来事であった。
突如として空間が軋み、爆発するような勢いで大きな亀裂が入る。
誰もが怯えたように怯む中、目の前の現象に少しずつ目を見張ると、そこからひとりの女性が現れるのが見えた。
その正体にその場にいた全員が蒼ざめる。
以前とは完全に打って変わった姿のシュトルマであった。
「……ご機嫌麗しゅう、国王陛下」
「シュトルマか貴様……? な、なんということだ! 余の傍に仕える騎士でありながらこのような暴挙。大方この騒動も貴様が企てたことであろう!」
国王の目からは、以前の侮蔑以上のものが見られる。
それを知ったシュトルマの表情はさらに鬼のように険しくなった。
「騎士だと? ……私を見捨てて、陰で笑い物にしてた癖に」
「フン、そのことか。お前は自分を客観視できないのか? 自分のこれまでの行動がどれほど浅慮で騎士としての自覚に欠けたものだったか。お前へのヒンシュクは無から生まれたものだと? 思い上がるな! それでも余は貴様を騎士としての座に置いてやったのだ。感謝して然るべきであろう」
「感謝? 私は知っているぞ。私が両腕を失ったあの日、すべては仕組まれたことだということを。そんな奴のなにに感謝すればいい?」
「仕組まれた? なにを根拠に……」
事実を隠すように鼻で笑う国王。
こちらの下の立場であることをいいことに、人をゴミのように扱う国王。
シュトルマはふと思う。
なぜ自分はこんな最低な男に、忠誠を誓っていたのか。
なんのために同僚からの陰口を耐え忍び、いつか自分の思いは届くと国王に仕えてきたのか。
そう、シュトルマの復讐相手は九条惟子だけではないのだ。
一番の復讐相手、それはかつての君主にして彼女を貶めた張本人、国王その人だ。
「お前はクズだ。王冠を被っているだけのな……」
「なんだと? ふん、なにも知らない小娘が。余をクズだと? 憐れ過ぎて怒りすらわかんな。身のほどをわきまえろゲスめ。すべてはお前のせいだ! お前が招いた結果だ。お前のせいで、余の美しき王国は乱れておるのだ」
兵士や騎士たちが集まり彼女を取り囲もうとする中、シュトルマは突如お腹を抱えながら笑い、王の座る玉座までフラフラと歩み寄る。
そして、この王の間で繰り広げられている騒動を聞きつけた王女と大臣が駆け付けた。
「来るな下郎め! 貴様のような……」
「────面白い話をしてやろう。笑える話だ」
「なんだと?」
「世間から嘲笑われ続け、それでも愚直に仕事に打ち込んで、諦めず生きてきた人間から、幸せや希望も搾取するとどうなるかをな!!」
「ひぃいッ!」
「くたばりやがれこのクサレジジイッ!!」
周りの配下たちが動いたときにはもう遅かった。
シュトルマが右腕を振るうと、国王の首から上が異次元へと飛ばされたように忽然と喪失する。
その際に大量の血液が王女と大臣の足元付近まで飛び散った。
それを見た王女は発狂し、咽び泣きながら国王にすがろうとした。
「いやぁああああ! お父様、お父様ぁあああああッ!!」
「い、いけませぬ! いけませぬ王女様ぁああ!」
「離して、離してぇええ、お父様、あぁぁああぁぁ、お父様ぁぁぁああああッ!!」
「アーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!! ヒヒヒ、ククヒヒフフフハハハハハフハフハッ!!」
ともの者と大臣は暴れる王女を押さえながら王の間を去ろうとし、シュトルマは国王を殺したことで激昂した兵士や騎士を相手に爆笑しながら殺戮を繰り返す。
高貴なる空間が血と肉塊の池になっていく中、愛娘である王女は泣いて、かつての忠臣は悪魔のように笑い飛ばしていくという光景を、譲治は西門付近のある場所で小型モニターから見ていた。
「まるで地獄だねクライング・フェイス」
「地獄? これが? こんなものごくごく当たり前の日常風景じゃないか」
そう言って近くで自らの準備をしていたダニーの言葉に笑みを浮かべた。
「誰もが罵り合って、憎み合って、相手を叩きのめしたくてたまらない。これが日常でなくてなんだっていうんだ? 上司だろうと親兄弟だろうと容赦のない復讐の連鎖。世の中が平和か地獄、どちらに見えるかなんて、巧みに隠してるかどうかの差だ」
「君は本当に面白い感性をしているね。僕も君を見習いたいよ。……さて、そろそろ行くね。気を付けてくれよ。君が怪我をする心配はないとは思うが、なにしろ『アレ』は……」
「わかってるよ。『アレ』を導入しても俺なら大丈夫だ。わかったらさっさと持ち場につけ」
「了解だ」
そして数分後、譲治の目の前に真理亜が現れることになる。