真夜中のデッドレース
かれこれ数分もの間、ふたりのデッドレースが繰り広げられていた。
月が見守る中、真夜中の王都にジェットの作動音と、ワイヤーが引っ掛かり、高速で引き寄せられる音が響く。
譲治は慣れた操作で、時折身を捩りながら真理亜を翻弄していた。
(くそ、速いッ!)
彼を追うにあたって、武器の使用はできない。
銃は勿論刀剣類もだ。
畑中譲治を生かして連れて帰る。
これは最上の目的であり、今この瞬間において真理亜の衝動足らしめているエネルギーのひとつなのだがら。
「どうした! もっと近づいて来い!!」
「そうかい、なら……遠慮なくッ!!」
「ぬっ!?」
ワイヤーを巻き取る際の速度や空中に放られた際の加速度、落下スピードなどを計算し、地面スレスレまでの低空飛行で譲治の後ろに潜り込むような軌道を描く。
そこから振り子のように緩やかなカーブを描きつつ、一気に上昇。
両手は使えない、ならば足で絡みつこうかと思ったそのとき
「フン。────惰弱、貧弱、脆弱ゥッ!!」
譲治の余裕に満ちた笑みとともにプロテクターの一部分から、なにかをばら撒いた。
それは火のついたダイナマイトだった。
「なっ────」
轟音と衝撃波が周囲に広がる。
その中を持ち前のパワーで切り抜けた真理亜。
そもそも転移者No.2の実力ともなればこんなことで怯んだりはしない。
だが、使用されているのはただの火薬ではないのは確かだった。
ピリピリと目が痛みだす。
それは喉や鼻にまで及び、一瞬パニックになりかけた。
「くそ、負ける……かぁぁぁあああッ!!」
歯を食いしばり、全神経を集中させてワイヤーガンの精度をさらに高める。
どの位置に、どのタイミングで、どの角度で放てばよいか、────真理亜にその最適解が見えた。
「ひゅ~、やるじゃないか。だが、次はどうかな?」
譲治がルートを変更。
高い塔の間を器用に潜り抜ける。
当然真理亜も追ってくるわけだが……。
「フン、やはり追ってきたか。だがその判断が命取りだ」
夜闇に紛れ、高い塔ふたつを遠くから見るは、譲治の同志となったダニー。
顔の右半分は髑髏のメイクを施しており、左半分には目元に星のマークを入れている。
髪型も大きく変えた彼の瞳にはドス黒い意志が宿っていた。
それは真理亜に見せる殺意と嫌悪の感情だ。
手に持っているのは譲治が彼のために作った発明品。
────爆弾のスイッチだ。
「このアバズレめ! 貴様如き片思いの分際で……僕と彼との間にある"神聖なる友愛"を穢そうとするんじゃあないッ!!」
ダニーは怒り任せにスイッチを押すと、ふたつの塔の一部分が爆発する。
塔は大きな音を立てて崩れるわけだが、その軌道上には今まさに真理亜が飛んでいた。
「な、なんだって!?」
「フン……避けれるか? 避けて見せろよ別世界の英雄様。たとえ最初の塔を避けれたとしても……第二波であるもうひとつが軌道上に倒れてくるだろう。もっとも、避けずとも攻撃してブチ壊せばいいんだろうが、ククク」
ダニーの予想通り、真理亜はワイヤーガンをひとつ手放し、剣を取り出して倒れてくる塔を破壊した。
第二波であるもうひとつも破壊し、素早く剣を納め、予備のワイヤーガンを取り出そうとしたときだった。
(これは……レーザーポイント!? まずい、狙われているッ!!)
遥か先で隠れ潜んでいた『ミスター・ファイアヴォルケイノ』ことトラビス・マクベインが扱う狙撃銃。
赤い点が彼女の身体を伝い胸の位置で止まる。
(ジョージ……ここまで考えて……ッ!!)
完全に手玉に取られていることに歯を食いしばりながらも、なんとそのまま身を捩り、トラビスの狙撃を回避した。
本来ならスキル【死の聖母】で自らに降りかかる死を容易に弾き返せる。
狙撃で命を狙ったのなら、その狙撃は無駄に終わり、代わりに自身に死の運命が下るのだが。
(なんだ今の弾丸は……。彼、トラビス・マクベインはボクのと同格かそれ以上のレアスキルを持っているのか!?)
「……外したか。小娘とはいえ、現場を経験している以上やはり侮れんな。奴のスキルとやらも厄介だ」
真理亜はそのままバランスを崩し、強く地面に叩きつけられ勢いよく転がる。
そのまま立ち上がるも、まだ狙撃による攻撃は続いた。
身を隠せる場所に瞬時に移動し、拳銃を二挺手に取る。
銃撃が止むと、驚くほどの静けさが周囲を包み込んだ。
これほどの騒ぎなのにも関わらず、住民はなんの反応もない。
人の気配はするが、動く気配はない。
魔術かなにかであらかじめ深い眠りにつかされている可能性がある。
そんなことを考えながら対策を練るが、一向に思いつかない。
譲治を追いかけるつもりが、いつの間にか獲物の立場に変わっていた。
彼はこれを前夜祭と言ったが、これだけでもかなりハードなものだ。
ふと、譲治の嘲笑う声が聞こえたようで真理亜の胸を抉る。
こんなことでは譲治を連れて帰ることができないと、焦りがジワジワと侵食していった。
だが追撃の手は緩むことなく次の一手が加えられる。
夜闇の建物の壁から音もなくすり抜けながら現れるひとりの影。
「はっ!?」
背後から感じた邪悪な気配に、振り向きざまに銃を構え迎撃する真理亜。
銃弾は確かに当たったのだが、その肉体をすり抜け、まるで効いていない。
「あ、アナタはッ!」
その顔には見覚えがあった。
完全に第一印象は変わってしまっているが、王国騎士シュトルマである。
雌豹のように這いながらゆっくり上体を起こし首を鳴らすシュトルマに、真理亜はかまわず銃撃を続けた。
尋常でない殺意と憎悪の渦に、思わず吐き気を催してしまいそうだ。
しかし何発撃っても身体をすり抜けてダメージを与えられない。
堂々と歩いてくる彼女から逃げるため、真理亜はワイヤーガンを取り出し上空へと退避するが、シュトルマの飛行能力には敵わず、制空権を取られてしまう。
空中の機動力に関してはシュトルマが遥かに上だ。
右へ逃げようと左へ逃げようとすぐに追いつかれる。
(やばい……さっきのレーザーポイントッ!)
トラビス・マクベインの神がかったスナイピングによる援護で、シュトルマは真理亜への攻撃の機会を得る。
踵落としで真理亜を地面に叩きつけ、バウンドしたところを膝蹴りでさらに地面に圧し潰した。
「か……はっ……ッ!?」
あまりの衝撃に地面にクレーターができる。
目がカッと見開き、舌を突き出すと同時に、血も噴き出た。
「お前のスキル……【死の聖母】 だったか? 無駄だ。貴様の死は私には通じない。私は暗黒次元へ通ずる鍵。死は暗黒次元の遥か先へと追いやった」
「がふっ、な、なにを……言っているん、だぁッ!!」
シュトルマの慢心をついて、巧みな体術でシュトルマの身体を跳ね飛ばす。
シュトルマは鼻で笑いながらも華麗な身のこなしで宙に浮きながら状態を整えた。
「邪魔を、するなぁぁああッ!! ────はッ!」
剣を二本取り出したそのとき、周囲の舗装された道や壁、そして木箱などが歪な変化を遂げる。
蛇か縄のようになり、それらが意志を持って真理亜を雁字搦めに捕らえた。
逃げようにもダメージを負いすぎて上手く回避できなかったため、成す術もなく動かなくなる。
一体なにが起こったのかと視線を動かすと、そこにはけして信じたくない事実が存在した。
「……クラン、君までどうして?」
「じょーじの、邪魔、ゆるさ、ない」
かつて自分が保護した少女が敵に回るという絶望感。
クランの瞳は異様なまでに冷たく、両の掌を掲げるその姿は美しくも邪悪なモンスターにさえ見えた。
譲治の周りにはこれほどまでの実力者が集っている。
これは前夜祭という形で集められたのだろうが、それだけでもこれほどの戦闘能力。
まだほかにもこれほどのレベルの者たちが存在するのか。
もしもそれらが総結集し大暴れでもしたらとんでもない事態になる。
なんとしても止めたいが、この状況から抜け出すには、彼ら彼女らを倒さなくてはならないのだが……。
「くっ……」
「動かな、いで。ころせ、とは、言われて、ない」
クランの冷たい言葉を前に、真理亜は呼吸を荒くしてジッとしているほかなかった。
その数秒後、ダニーがやってくる。
真理亜は面識などはないため、彼のことはまったくわからなかったのでジッと睨みつけるくらいしかできなかったが……。
────パァンッ!
いきなりダニーにビンタされる真理亜。
そして無理矢理顔を掴まれ、目と目を合わすように顔を向けさせられる。
「その目が気に入らん」
「……」
「その目もそうだが、あの屋上にいたときの目も気に入らん。……媚びようとするメス豚の目だ。本来ならここで殺されても文句は言えないのだが……まだ殺すなと彼に言われているんだ。感謝しろ。自分の運命に。そして祝福しろ。僕と彼との神聖なる友愛を。────血反吐を吐くくらいに感謝しろぉぉぉおおおッ!!」
真理亜の顔を力いっぱい殴りつける。
しかし大して効いていないようで、真理亜はすぐさまダニーの顔に唾を吐き捨ててやった。
これにはとさかにきたようで、ダニーは目を血走らせながらダイナマイトを取り出した。
「メス豚には教育が必要らしいな……ん? 口に咥えるのがお好みか?」
「────ッ!」
「ホラ、咥えろよ。顔を背けようとするなしっかり咥えるんだよぉおおおッ!! あぁぁあああぁぁ~~ッ!?」
「や、やめッ! んぐぅうう」
無理矢理ダイナマイトを口の中に突っ込もうとするダニー。
それに涙目になりながらも抵抗する真理亜。
クランはなにをしているのかあまり理解できていないようだったが、シュトルマは真理亜の無様の姿を見てご満悦といった感じだ。
トラビス・マクベインは表情を崩さず、狙撃銃のスコープ越しに見て真理亜を狙っていた。
そこはさすが殺し屋といったところか、油断も慢心もない。
「やだッ! やめ、て……」
「ほぉぉらぁぁあああ! しっかり咥えないと火を点けられないだろぉおおお!!」
「オイオイよさないかダニー。彼女はこの前夜祭の大事なお客さんだぜ? ……まったく、気性の荒い友達を持つと苦労するよ」
突如、上のほうから譲治の声が聞こえた。
この声にダニーがピタリと動きを止める。
先ほどの怒りの形相はなくなり、能面のように静かな表情となった。
そして声のほうを向くと。
「あぁ、クライング・フェイス! ごめんよ。この女があまりにも無礼だったものでついカッとなってしまったんだ。許してくれ、だがすべては君のための行動だったということを忘れないでほしい」
ダニーは恍惚の笑みを見せながら、屋根の上に座り面々を見下ろしていた譲治に両手を掲げる。
そして仰々しく、執事のような所作で真理亜から距離を離した。
「さて、マリア。さっきはダニーが失礼したな」
「ジョージ……君って、奴はッ!」
「そう睨むな。ふたりだけの前夜祭と言っておきながらメンバーをこうして連れてきてお前に攻撃させたのは……一種の敬意みたいなもんなんだ。俺はお前の強さを尊敬しているんだ。尊敬しているからこそ、ほんのちょっぴり、手札を見せた」
譲治は月を背後に君臨するように、器用に杖を使って立ち上がる。
これから話すことに、真理亜は嫌でも耳を傾けなければならなかった。