パーティー目前のある日
『なんで俺を救ってくれなかったんだぁぁぁあああ!!』
「わぁぁぁあああ!?」
譲治がいなくなってどれくらい経ったか。
真理亜は同じような悪夢を何度も見るようになる。
実際これまでも悪夢を見ることはたまにあったのだが、アルマンドとの会食でさらに頻度は悪化した。
ベッドから跳ね起き、呼吸を乱しながら夜の部屋を見渡す。
月の光が虚しく伸びて、部屋に仄暗く、そして真理亜の心を鈍く照らした。
ぐっしょりと濡れた寝間着を脱いで、いつもの衣装に着替えると外気に当たるために部屋を出る。
静まり返った廊下には窓の外に、これまでの戦いで散っていったクラスメイトたちの墓が見えた。
風が吹いている様子はなく、そこだけ時間が停まったような異質な光景に真理亜の表情はより一層険しくなる。
そんなときだった。
陰鬱な表情をした九条惟子が墓のほうへと行くのが見えたので、真理亜は彼女のほうへと行ってみることに。
「あぁ大久保さん……」
「どうも九条先輩。もしかして、眠れないんですか?」
「まぁそんなところだ。ここ数日でいやに疲労感が溜まってしまった」
「そうですか」
悲し気に笑む九条惟子は墓たちの前にしゃがんで、手を合わせる。
あまり眠れない彼女にとって、最近は月の光の中で鎮魂を捧げるのが日課となっているらしい。
その行為自体は本心でなおかつ正しいものなのだろう。
しかしだからこそ真理亜の目には、彼女の姿があまりにもみすぼらしく見えた。
過去を悔やみ祈りを捧げるその姿に"今の私をどうか助けて"というようなニュアンスの意志を感じ取れたからだ。
いや、正確にはそう思えてならなかったという主観を抱いたからだ。
そんな自分の、九条惟子への主観に嫌気を感じながらも、真理亜は九条惟子の隣で死者たちに黙祷を捧げる。
しかし目を閉じても浮かぶのは、悪夢で見たあの光景ばかりだったのですぐに終わらせた。
「九条先輩。畑中君のことはボクがなんとかする。だからアナタは王国からの仕事に専念してください」
「いや、しかし……」
「確かに、あの裁判で皆の人生が歪んでしまった。でも……それを言ったらボクも同じなんです」
「え?」
「ボクはここへ来て暗殺者クラスとして活動してからずっと情報というものを大事にしてきた。どんなに強大な力を持っていてもちょっとのことでひっくり返される可能性があるからです。────でも、ボクは肝心なことに気が付いてなかった。敵もまたスパイを紛れ込ませるという、情報を扱うのなら気付いて当然のことをすっかり見落としていた」
「大久保さん……」
「ボクがもっと早くにそういうことに気が付いて行動していれば、あの5人は畑中君に罪を着せることもなく、彼も苦痛と恐怖を味わうこともなかった。いや、皆も死ぬことはきっと……。────ボクのミスだ」
「ち、違う! それは違うぞ大久保さん! そういうのは、リーダーの役目である私の……」
「情報共有はしてきたつもりだけどすべて明かしたわけじゃない。調べられていない未知の部分もある。最近はこう思うんです……"ボクがもっとちゃんとしていれば誰も犠牲にならずに済んだんじゃないか?"って」
「やめるんだ! 君は……君はよくやってくれた。皆のためだけじゃなく、無実の罪を着せられた畑中君のために汚い仕事ばかりして、ずっと頑張ってきたじゃないか。自分を責めるのは……」
「ボクもまた、関係者なんだ。ボクが良しとした判断も、あの忌まわしい裁判から今日この日までに組み込まれている。すべてはボクの失態だ。気付けなかった。不注意だった。愚かだった」
真理亜自身気が滅入っているのは自身の感覚としても読み取れる。
だが、やはりどうしても自分もまた加害者なのではないかという考えがよぎるようにもなった。
譲治の名前は『クライング・フェイス』という名称で情報網から上がっている。
だが、いくら探してもスルリと躱されるようで、その足取りは未だ掴めないままなのだ。
悲観的になる真理亜を見て九条惟子はさらに不安になったのか、彼女の肩を掴んで向き合わせる。
そのとき、真理亜はゾッとした。
至近距離で見ると、思った以上に九条惟子の顔はやつれてしまっているからだ。
なにより月光が作り出す陰影がさらに不気味さをましていた。
「やめてくれ……もう、やめてくれ……」
「九条、先輩……?」
「君まで、君まで……私みたいに自分を責めておかしくならないでくれ……。怖いんだ。私は、君もまた畑中君みたいに狂気に歪んでしまうのが……過去のことで深く暗い場所に沈んで見えなくなってしまうのが……だから、だから……ッ」
大粒の涙を流しながら、九条惟子は項垂れる。
肩を震わせてまるで幼子のように泣きじゃくった。
誰もが憧れとした麗しの生徒会長の姿はそこにはもうない。
真理亜より遥かに強いはずの先輩が、今ではなんともか弱く見えた。
なんとも言えない気持ちを抑えながら真理亜はあることを決める。
時同じくして……。
「俺は、怒りや憎しみといった感情は……もっともっと『自由』であるべきだと考えている」
譲治がいる巨大なアジト。
そこには彼に着いてきた多くの悪党や迫害者たちが集っていた。
その中へと器用に杖を動かしながら歩み寄り、視線を向ける面々に演説のように語り掛ける。
口調は穏やかではあるがその裏に隠されている憎悪が、集まっている面々の耳に強く残っていった。
「別に感情に支配されろと言ってるんじゃない。これは悪い感情だと自責に駆られて、むやみやたらと抑えつけるのは逆に愚かだと言っているんだ。────平和や秩序のことを考えるとき、誰もが怒りや憎しみをまるで腫れ物のように扱い、除け者にする。最初は皆もこれに同意していただろう。だが、いざ怒りや憎しみを伴う理不尽なことをされて、ドン底に落とされた途端どうだ?」
譲治のくぐもった笑い声が不気味に響く中、誰もがその胸に怒りや憎しみ、そして悲しみを増幅させていく。
味わった痛みや悔しさが込み上げ、頭の中で暴れまわるのを誰もが感じていた。
「我慢することはもうないんだ。むしろ、怒りや憎しみはもっと前面に出すべきだ。連中のペテンに乗っかる必要はもうない。善だの正義だの、そんな言葉はもうたくさんだ! そう思うだろう? なぜなら、奴らのご高説の裏での有り様が"俺たち"なんだ!」
周囲から同意の声が上がる。
「俺たちを貶め蔑みゴミみたいに扱う連中の言葉を、なんで守らなきゃいけない? そんなもんカスだ! ぜぇんぶ、ぶっ壊してやれ!!」
一気に歓声が沸き起こり、彼らの士気が上がる。
もはや譲治、否、クライング・フェイスのいう『パーティー』開催の日は近かった。
あとは自室へ戻るついでに、トラビスにいくつかの確認をするくらいだ。
「大将、花京院の様子はどうだい?」
「蘭法院な。こっちに移してからは状態は安定している。いつでも作動可能だ」
「よし、じゃあ俺が作ったアレは?」
「確か『違法スキル』を付与させる魔導薬だったか? 俺やクラン、シュトルマ以外は全員投与済みだ」
「オッケー。あとは、俺の新たな衣装よ。完成にはそんなかからんから、でき次第行動を開始しよう」
「わかった」
上機嫌で自室に入り、ダンスをするように作った高性能の義足を取り付け、音楽プレーヤーを取り出そうとしたそのとき。
「おん? 電話……となるとまたかな? ……ふむ、折角の招待客にこれ以上の失礼はいかんな。よっと」
スマホを手に取り耳にあてる。
「しもしも~」
『畑中君!』
「うおッ! ビックリした。聞こえてますよん。なによ? 俺これから軽い運動して寝るところで……」
『突然出て行ったと思ったら、裏社会でコソコソして……一体どういうつもりなの? 君がこれまで行ってきた復讐はまだ続いているっていうのか!』
電話越しの真理亜の声が震えていた。
譲治の声が聴けた嬉しさと心配、不安、恐怖が合わさって涙声に聞こえる。
「ほう、もう知ってたか。じゃあもう隠す必要もないかな。俺はこの世界すべてをぶっ壊す」
『な、なんてことを……それじゃまるで』
意外にあっさりと明かした目的、そう、悪だ。
想い人の心は完全にドス黒く変色してしまっていたことにショックを隠し切れない。
「なぁ真理亜。アンタはヒーロー戦隊モノとか見たことあるか? 特撮系な。そこに出てくる悪役……さんざん暴れまわって悪さして、最期はヒーローたちに敗れてドカーンってやつの」
『え、一体なんの話を? 急になんなのさ』
「俺は思うんだ。あの生き方こそ悪役として相応しい最高の在り方じゃないかと思うんだ。今の俺ならわかる……俺は今、すべてをぶち壊したくてたまらないんだ。そのためなら、俺は誰かに敗れ死んだっていい! いや、世界を破壊するためなら、自分の命を捧げなければならないという一種の宿命を感じている。もっとも、戦ったところで、そう易々と命はくれてやらんがね」
これを聞いている真理亜の身体から嫌な汗が噴き出て、鼓動が早くなる。
彼がなにを言おうとしているのか、瞬時に理解してしまったからだ。
「俺の終極の目的はただひとつ。────ジョージ=クライング・フェイスとしてこの世界を破壊する。そのために戦い、そして死ねるのならそれは最高だ。それはもう派手にドカンと! あ、演出考えないとな……」
破壊願望と破滅願望が入り混じった目的を聞いた瞬間、頭に血が上りそうになるのを真理亜は感じる。
ただの人間として元の世界に戻り『生きる』ことを選ばず、この世界で悪として残り『死ぬ』ことを選んだからだ。
真理亜には目的がある。
なんとしても元の世界に戻ることだ。
畑名譲治という想い人を無実の罪から救い上げたのも、一緒に帰りたいという意志があってのこと。
────断じてこんなことのためじゃない。
『認めない……』
「うん?」
『こんなの絶対に認めない! 畑中君、いや、譲治! ボクはあの冤罪事件のときに決めたんだ! なんとしても君を助けるって……なんとしても君と一緒に元の世界に帰るんだって!』
「ほう」
『絶対にそんなことはさせない。譲治、ボクは必ず君を見つけ出し、君を元の世界に連れて帰る!! ジョージ=クライング・フェイスとしてじゃなく、ただの『畑中譲治』として!!』
その決意表明に譲治は満足気な笑みを零す。
まさしくパーティー参加者に相応しい逸材だと。
「よし、決めたぞ! その覚悟があるのなら……明後日の夜中0時に王国に来い。砦の連中全員でだ。そこでパーティーを開く」
『パーティー?』
「内容は来てからのお楽しみだ。さて、もう切らせてもらう。明日も早いんでな」
そう言って一方的に切られた真理亜は、まだショックを隠し切れないでいた。
決意を固めたとしても、相手の決意も同じかそれ以上に固い。
しばらくの沈黙のあと、真理亜は自室の部屋で壁にもたれるように座る。
「……」
果たして、これはシンクロニシティというものなのだろうか。
真理亜と譲治、このふたりはまったく同じタイミングで音楽プレーヤーから歌をイヤホンで聴き始める。
曲名は『Bad day』という洋曲。
真理亜は傷付いた心を慰めるため、譲治は上機嫌にダンスをするため。
対極的なふたり、ひとりは悲しく口ずさみ、ひとりは華麗なステップと身振り手振りで喜びを表現する。
そして譲治と真理亜はふたりして同じことを考えた。
────これからお互い戦う宿命にある、と。