真理亜と九条惟子とアルマンド
王都の貴族層区域にある豪華な造りの料理店。
そこは貴族同士の密会に使われたり、美男美女の接待で至福の時間を過ごしたりと、この世の贅と愉悦を一身に味わえる場所だ。
地下に設けられたカジノや奴隷闘技場など、血沸き肉躍る娯楽場も用意されているため、王族もお忍びでここへくることもある。
しかし、今夜に限りこの料理店は僅かな灯りのみで静寂の中にいた。
そこへ入っていくひとりの人物、九条惟子である。
「よぉ~リーダーさん。アンタも来ると思ってたよ。待ってたぜ」
奥のテーブルに座るのはアルマンド。
先にワインを数本堪能していたのか、瓶が幾つかテーブルの上に立ててある。
「ここの噂を聞いていないわけでもない。だが、どうして今日は客がいないんだ? この時間帯ならまだ客はいるはずだぞ」
「今日は貸し切りだよ。オレたちのな」
「なに?」
「ありゃ知らないのか。ここ、オレの店だぜ? まぁ座れや」
砦にいるときから適当な態度であったこの女が、こんな悪趣味な店のオーナーであったと知り、九条惟子は思わず言葉を失う。
(一体何者なんだこの人は。商人兼魔術師と言っていたが……まさかこんな悪のねぐらのような店を構え豪遊と快楽を貪るような女だったとは)
「おいおい固い顔すんなって。なんか飲むか?」
「いや、水でいい」
「え~なんだよそれ~。いいじゃん、酒くらい飲んでもさぁ。ここ、日本じゃないよ? 日本の法律とかねぇからここで飲酒してもバレねぇって。ジョージから聞いたぞぉ、日本は飲酒に関しては厳しいってな」
「いや、そういう問題では……」
「ふ~ん、あっそ。……あれ? そういや大久保はどうした?」
「あとから来るとのことだ」
「なんだぁ? おかしな奴だな。まぁいい、遅れてくるんなら仕方ない。飯でも食おうぜ。────ホゥラ、来た来た。特大ステーキだ」
ウエイターが持って来たステーキに目を輝かせながらナイフとフォークを握った直後だった。
「さぁて、いっただきまー……────ふぶぅう!?」
「え゛!?」
突如アルマンドは頭からアツアツのステーキに突っ込む。
アルマンドの頭を後ろから押さえて力強くぶつけた人物がいたのだ。
それこそが大久保真理亜である。
隠密行動で悟られないようにアルマンドの背後へと回り込んで、この所業に至った。
テーブルが打楽器のように音を立て、肉汁やタレが皿の破片もろとも飛び散る。
「お、大久保さ……な、な、なにを!!」
「うぇええ……あっづ~……。うん?」
アルマンドが顔を上げると、無表情でありながらも鬼を越えたなにかのような怒気を滲ませた真理亜が視線だけで見下ろしていた。
転移組最強である九条惟子も思わずビクついてしまうほどに、彼女は静かなブチギレ状態にある。
「チクショウテメェ……食い物を粗末にすんなって親から教わらな────」
アルマンドの言葉を遮るように真理亜はナイフとフォークで彼女の両手を突き刺した。
より深く刺さるように2.3度グリグリと捻って捻り込む。
この状況に誰よりも困惑していた九条惟子。
冷酷なマシーンのようにひたすらアルマンドに拷問をする後輩と、痛みに耐えながらもなぜか笑いを堪えているかのように見えるアルマンド。
戦場の血生臭さとはまた違う次元の修羅場に遭遇し身を震わせながら黙ってふたりを見ていた。
数分後、真理亜は腕と足を組むようにして向かい合って座り、アルマンドはネチネチとしたいやらしい笑みを浮かべながら挑発的な視線を送る。
九条惟子はこの耐え難い沈黙と居辛さの中、二人の出方を伺っていた。
喉がカラカラで水を飲みたいがその動作すら雰囲気で阻まれる。
そんなときアルマンドがようやく動き出した。
半分くらいまで突き刺さったナイフとフォークを器用に扱いながら、まだ残っていたステーキを食べる。
動くたびに傷からグロテスクな音がするが、本人はお構いなしに冷めた肉を堪能していた。
「お前も食うか真理亜?」
「悪いけどここへ来る前に食べてきたんだ。いらないよ汚い店の汚い肉なんて」
「おうひでぇな。飯食おうって約束を反古にしただけじゃなく、もご……オーナーであるこのオレにこんな仕打ちをするたぁ……むぐむぐ……外道に磨きがかかってんな」
「ボクのことはどうでもいい。畑中君は今どこにいるの? 彼と話をさせて」
「ちゃんと教えるし話させてやる。……まず結論から言うとだ。もう譲治は砦には戻ってこない。用がなくなったから」
「用? どういうことかな?」
アルマンドは口の中の肉を飲み込むや、両手に突き刺さったナイフとフォークをまるで手品のように消し去った。
それはおろか傷口も綺麗さっぱり消えている。
魔力を使った形跡や気配は感じ取れなかったので、これにはふたりともギョッとして目を見開いた。
「それは譲治に直接聞け。あとでメールで電話番号送るから」
「今教えてよ」
「やだ」
「なぜ!?」
「威力業務妨害並びに暴行罪、あと器物損壊罪。さぁてあとなにが適用されるかなぁ~女子高生ちゃんよぉおおお~~~ッ」
ニヤニヤとからかうように笑うアルマンド。
いちいち癇に障ることをする彼女を、ある種の天才と認めた上で怒りをある程度押し留める真理亜。
「冗談だよまったく。少しだけなら話してやろう。────アイツは、"例の5人"を殺した」
「5人って……え?」
「まさか、イズミ君やナナさん……あと」
「ジュンヤにカタギリ、あとクミコ。みぃんな死んじまった。不思議だよなぁ? レベル差めっちゃあるのにスイスイ殺しちまったなんて。なんでだろうなぁ?」
「アルマンドさん、それこそ冗談にしか聞こえません。5人の内ジュンヤ君の件は聞いていますが、残り4人は未だ行方不明。それに彼は左足を失ってもう復讐はおろか、普段の生活だって……」
そのとき、真理亜は九条惟子の言葉を制止させた。
鬼気迫る表情でアルマンドを凝視しており、それはまるで脳内で点と点が繋がっていき閃光的な連鎖反応を起こしたかのようだ。
譲治は追放されたとき、どうやって生き残ったのか。
譲治とアルマンドはどこで出会ったのか、魔女の方舟だとしたらなぜアルマンドはそこにいたのか。
あのスマホはどうやって手に入れたのか、なぜ使い方を知っているのか。
譲治が5人を本当に殺したとするならどうやって殺したのか、それはさっきアルマンドがナイフとフォークを突然消したのとなにか関わりがあるのか。
これら以外にも様々な疑問が浮かぶ真理亜の頭脳は、凄まじいまでに活発になっていた。
それはかつてあの冤罪裁判の謎を解き明かしたとき以上のもので、真理亜の知覚はさらに鋭くなっていく。
数多の推理や考察が脳内で螺旋状に連なり、綺麗に繋がっていった。
それはまるで美しくも悍ましい方程式。
自分が知り得るあらゆる場面、そしてこれまでの譲治の発言やアルマンドの発言なども組み合わさり、さらに結論への道に磨きがかかっていく。
「アルマンド、アナタが5人の死を知っていたり、畑中君の動向を知っている以上、彼の共犯者であることは明白だ」
「そうだな」
「じゃあどんな手品を使ったのか……それはわからない。わからないけど、これがちょっとしたヒントになった」
そう言ってアルマンドから真理亜へと渡ったスマホを見せる。
「このスマホは地球で作られたものじゃない。明らかにボクらが持っているものよりずっと性能がいい。────もしもこれをアナタが作ったとするのなら、その未知の技術を彼が復讐を果たすための道具に導入していたとしたら……」
「さぁどうかな? ……その表情、なるほど、全体の半分くらいってところだが、大方読めてきたようだな。だがオレに対する考察も興味深いが、今一番に気に掛けなきゃいけないのは譲治じゃないのかな?」
「……!」
「譲治の連絡先までは教えてやる。あとはお前で話せ。オレは……ここを爆破してから消えるとしよう」
「な、なんだって!」
「ごー、よーん、さーん、にー……」
アルマンドがカウントを始めた直後に一瞬にして外へ出たのはさすがは高レベル者とも言うべきか。
建物が爆発し辺り一面に衝撃波と破片が吹っ飛んでいく。
「なんて奴だ……建物を爆破して死ぬなんて」
「いいえ、死んではいないでしょう。ボクの予想が正しければ、爆発なんかで死んでハイ終わりってタマじゃない」
真理亜の世界には復讐のために神様から力を貰うという物語が多く存在する。
だが、奴は人間でもなければ神でもない。
ここへ来る前に考えていたことだったが、店で出会って話を聞いて確信のようなものが宿っていた。
それを証拠にステータスの一切がすべてデタラメであることがわかったのだ。
出会った直後から今日に至るまでスキルなどを使用して観察をし、今回の話し合いで解析できた。
解析の結果、ステータスの数値や名前、種族名などがすべて"0"という表記だ。
こんなものはまず有り得ない。
(人間でも神様でもない……地球の文化や文明にも詳しく、魔術やそれ以上のパワーを持った技術にも精通している。そんな存在と共犯だっただなんて)
考えただけでもゾッとする。
今譲治はこの世界の常識を遥かに超えた術を持っている可能性が大いにあるのだから。
そし約束通り、スマホにメールが届く。
これで本当に譲治と連絡が取れると、真理亜は唾を飲み込んだ。
そのとき、九条惟子も真理亜もここまでバタバタしていたせいで気が付かなかった。
爆発と同時に、王城から邪悪なパワーを持ったシュトルマが飛び出して行ったのを。




