表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/75

最強にしてぶっ壊れたシュトルマ

 西の谷に辿り着いた譲治はクランを見つけて、そこで待機する。

 そろそろ囚人たちが地獄のマラソンを始める時間だ。


 鼻歌交じりに待っていると後ろからこの世界には存在しないはずの音が聞こえる。

 車のエンジン音だ。


「嘘だろ、あれランボルギーニ!? ……ってことは大将トラビスか」


「すごい、音」


 やってきたオープンカーが止まり、トラビスが降りてきた

 煙草を咥え厳つい表情を崩さぬまま、少し離れた位置に立ち、谷から見える向こう側の景色を見据える。

 風に揺られる白いスーツは月の光を浴びてより美しく映えていた。


「俺もハードボイルドがいい……」


「くだらねぇ。依頼は完了した。それだけを伝えに来た」


「伝えるだけならメールとか電話でよくね?」


「電話より愛車を使いたかったんだ。こういう場所にいるのならなおさらな」


 トラビスは紫煙を燻らせながら王都の方角を眺める。

 仕事が終わったあとに車でこういう場所に訪れては月を眺めて一服するのが好きらしい。


「てかどうやって車出したの?」


「余計な詮索をするな」


「あらそ、でももうちょい愛想よくできないかね? ほら、クランがちょっとビビってる」


 トラビスはクランを横目に見て一瞥するが、特になにも言わず視線を正面に、またタバコを堪能する。

 そんな態度のトラビスにクランは近付き難いようであった。


 別に仲良くする必要はない。

 仕事がすべて終われば元の世界へ帰れる。


 それまでの付き合いでしかないと彼の背中は物語っていた。

 

「じょーじ、わたし……きらわ、れた?」


「照れ屋さんなんだ。……さて、そろそろ信号を送るか」


「なにをする気だ?」


「もうひとりのイカれたメンバーを紹介するぜ! 闇墜ち女騎士シュトルマだぁあ!」


 右腕のプロテクターのスイッチをいじり、そこから信号を送り出す。

 それは王城で今も眠っているシュトルマに届いていた。





 

 そこは真っ暗な夢の中、ひとりうずくまるシュトルマ。

 深海にいるが如く暗黒に身を任せていたが、どこからか不思議な音が聞こえた。


(誰だ……私を呼ぶのは。なぜひとりにしてくれない)


 音はしきりに彼女を呼んでいる。

 羊水に包まれた赤ん坊のように漂い、ボコボコと泡を立てながら、虚ろな瞳でその方向を見た。


 そこはさらなる闇。

 どうしようもなく深い絶望の底、なのに……。


(……なんだろう。すっごく、綺麗だ。)

 

 シュトルマは音に向かって泳ぎ出す。

 それは波紋のように共鳴し、魂の奥まで浸透するようだった。

 

 そのたびに巡る記憶。

 蔑まれ、疎まれ、後ろ指を刺される日々。


 苦しくて悔しくてどうしようもなく、ただ絶望の日々にもがき苦しみ溺れていくしかなかった。

 記憶は時を越えて現在に憎悪を呼び起こす。


 虚ろな瞳に邪悪な熱が宿り、肉体に力が入る感覚が巡った。

 そのとき、不気味な笑い声が聞こえてきたのだ。


 忘れようにも忘れられない、あの善悪すべてを嘲笑するあの男の笑い声。


「ジョー、ジ……ジョージ……クライング・フェイス。────嗤う髑髏(クライング・フェイス)ゥゥゥウウウッ!!」


 雄叫びとともに、現実のシュトルマが目を覚ました。

 その姿は完全に変質しており、最早人間ではなく、それは人の姿をした"暗黒"だ。


 全体的に白黒が反転したような姿。

 黒いポニーテールと黒いレオタード風のインナーは真っ白、目は黒白目という以前の彼女からは考えられない出立となる。


 彼女の身体からは暗黒的オーラが溢れ出て、憎しみによる壮絶なパワーを宿していた。

 寝かされていたベッドを吹っ飛ばす勢いで立ち上がるように宙に浮く。


 グロテスクな音とともになくなった両腕が闇色のなにかで構成されていった。

 自由に動くことを確かめると、シュトルマは憎悪と憤怒を織り交ぜた咆哮を上げて、天井を突き破りながら飛んでいく。


 シュトルマは完全に闇に墜ちてしまった。

 それを証拠に彼女は譲治のいる谷まで正確に飛行する。


 こうなったもの譲治が打ち込んだ『最強の魔導薬』が原因だ。

 



「────"暗黒次元"。それは2次元、3次元、果ては4次元という数学的に観測できる領域にない深淵の遥か先。曰く、神ですらも数値化、概念化が不可能な次元領域らしい」


「魔女の知識か……」


「俺が奴に打ち込んだのは……その暗黒次元と繋がりを持つためのもの。神降ろしに近いかな? 今のアイツは『暗黒次元へ通じる鍵穴』そのものだ。シュトルマという人の形にそのエネルギーを込めた最強の魔人」


「そんな奴を作り出してどうするんだ?」


「────九条惟子バケモンには暗黒次元バケモンぶつけんだよ」


 譲治はトラビスに向けて不気味に笑う。

 暗黒次元のその先にあるのが『皆空次元』というらしいのだが、この領域になるとアルマンドのような魔女しか通れない。


 最初は目指したものだが、今の譲治では届かない領域だった。

 ほんのちょっぴりの口惜しさを残しながらも待つこと数分。


 生まれ変わったシュトルマが空より轟音を上げ舞い降りてくる。

 

「うっほ! 来たよスーパーヒーロー着地ッ! こんな間近くで見れるたぁなぁ」


「……────フシュゥゥゥゥ」


「じょーじ。このひと……」


「案ずるでない。トラビスも手出し無用だ」


「……わかった」


 譲治は陽気に笑いながらシュトルマに近付いた。

 シュトルマは立ち上がり、猛獣のように睨みつけている。


「よう、調子はどうだ? 俺の薬が効いたらしいな。最高のパワーに満ち満ちて最高にい気分なんじゃないか?」


 譲治は舐め回すようにシュトルマの全身を見る。

 アルマンドほどではないが、その身体つきは中々のもので、インナーから強調されるバスト、ウエスト、ヒップが目の奥に焼き付いていった。


「クライング……フェイスゥ……お前を……お前を……!」


「へっへっへ、相当根に持ってんなぁ。なんだ? 一体なにが言いた────」


「お前を……────()()


「ごめんもっぺん言って」


 思わず素に戻った譲治は開口一番に発した彼女の言葉が信じられなかった。

 なにかの聞き間違いで、きっと"殺す"と言ったのだろうと。


「汚らわしい男め。女に二度も言わせて快楽を得ようなどと……。やはりお前はクサレ外道だ! 変態め!」


「お前じゃい! もっぺん言うぞ。お前じゃい!!」


「黙って犯されろぉおおおお!」


「なんでそっちの方向にぶっ飛んでんだお前はよぉおお!」


「KUAAAAA!!」


 わけも分からず譲治はシュトルマに強引に押し倒された。

 のちに調べてみると、どうやらこれまで抑圧されてきたものが一気に飛び出ている状態らしい。


 ちょっとした薬の副作用だ。

 心に制限が利かなくなり、普段抑えてきた荒ぶる感情が暴走している。


 シュトルマの場合、それが性欲として現れてしまっており……。


「脱げ! 脱げぇえええええ!! お前のせいだ! お前のせいで私の人生は滅茶苦茶になったんだ! その身体で支払えぇぇええええッ!」


「いやぁあああ!! ……くっそ、なんてパワーしてやがるバカじゃねぇかコイツ」


 そしてそのもみくちゃになるふたりを見ていたクランも動き出す。

 譲治に乱暴しようとし肉体を密着させているシュトルマに嫉妬して……。


「なんだお前!?」


 クランもシュトルマの邪魔をする形で参戦した。

 ふたりにいいようにされている譲治を横目で一瞥してから、トラビスは再び月を見上げて紫煙を燻らせる。


 元の世界においても、変態趣味の依頼主はゴマンと見てきた。

 そこに変に干渉するつもりはない。


 ただ黙ってターゲットを殺す。

 これこそがプロの美学であると、そう背中で語るように。


「かっこつけてねぇで助けろマジで!!」


「私の邪魔をする気かヒゲェ!!」


「じゃま、いや!」


「……」


 トラビスは黙ったまま月を眺め、3人が収まるのを待った。

 そして事態が終息してから数分、脱獄囚全員が譲治のもとに集まってくる。

 


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] !???? 愉快な仲間たちが集うなー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ