パーティーの準備は忙しい
真理亜は一旦外へ出て、皆から離れた位置でそのスマホからの通話を試みる。
正直アルマンドが待ち受けになっているスマホを耳の近くにやるなど、それだけで気持ちが悪い感覚だが、四の五の言ってはいられず、電話帳の畑中譲治に連絡をしてみた。
だが、電話に出たのは思いがけない人物だったのだ。
『YO! そろそろ電話かけてくるんじゃなぁ~いかと思ってたところだぜ。譲治の名前で釣りゃすぐにかかる。わっかりやすいねぇ』
「その声は……アルマンド!」
『おいおいおい、超絶美女なお姉さんにはさんを付けろよデコ助野郎って、パパから教わらなかったのか?』
「……やっぱり、アナタがわざと置いたんだね」
『わかってんじゃん』
「アナタは一体何者なんだ!? この世界の住人とは思えない。かといって、地球の人間とも思えない!」
『知りたいか? えーっと、勝てばよかろうな究極生命体?』
「ふざけるな!」
『アッハッハッ、怒鳴るなよぉ、だだのジョークじゃないか』
電話越しにアルマンドは嗤う。
真理亜の肌が緊張により汗で蒸れていった。
これまで多くの修羅場をくぐり抜けてきた真理亜でさえも処理しきれないほどの恐怖が彼女の感覚を覆い尽くす。
スマホの液晶画面から弾丸でも飛んできて頭を吹っ飛ばされるんじゃないかと、ふとした不安がよぎった。
『それにしても、随分とオレに怒ってるな。あ、もしかして待ち受けと写真見た? いや~んえっち』
「────ッ!」
一瞬にして寒気が全身を走る。
真理亜にとってあれは最早グロテスクな画像に等しい。
見るんじゃなかったと後悔しつつも、話を続けた。
アルマンドは精神的な優位に立とうとしている。
だからこそあぁいった写真を残したのだろう。
同時に、それは譲治とそういう関係を持ったという事実でもある。
『純情な乙女の心を踏みにじる。ンッン~、中々に気持ちのいいものだなぁ』
「ボクのことはいい、それよりも畑中君を出して欲しい。そこにいるんだろう!?」
『落ち着けって。別に話させないとは言ってないだろう? だが今日は無理だ。それとお前さん、オレがなんでスマホ置いてったかわかってないな?』
「どういうことだ」
『今夜時間あるだろ? 飯食おうぜ』
「ハァ!?」
『詳しい時間と場所はメールする。心配ならアイツ、ホラ、えーっとなんていったけ? そうそう、九条惟子も連れてこい。大丈夫、ちゃんとオレの可愛い譲治に電話させてやるからさ』
「お前のじゃない!!」
ケラケラと嗤うアルマンドはそのまま通話を切ってしまった。
真理亜はたまらずもう一度電話を掛けようとするが繋がらない。
「……一体なんだっていうんだ。アイツおかしいよ。────あぁ、畑中君。無事でいてくれ。お願い……もう、君が遠くへ行っちゃうのが、嫌なんだ。お願いだよ、ボクを置いていかないで……ひとりに、しないでよぉ」
真理亜はひとり泣きじゃくった。
アルマンドはきっと今も嗤い倒しているだろう。
日は落ちかけて、綺麗な茜色が涙と一緒に頬を濡らした。
真理亜にとって今までで一番切ない光景だった。
己の無力さを呪っても呪いきれない、この気持ちを抱えながら真理亜はアルマンドからの連絡を待つ。
一方、王城の仄暗い地下牢の中で邪悪な動きがあった。
見張りの兵士はことごとく殺され、囚人たちはその張本人の登場に唖然としていた。
「地下牢の皆様ごきげんよう。あぁ自己紹介はいい。アンタらの情報はすでに把握済みだ。大変だったんだぞ暗記」
数十人の囚人に鉄格子越しから注目を浴びるのは、王城に忍び込み聖霊兵を使って見張りを殺した譲治だった。
イスを持ってきて、一息ついたところでとぼけたように話し始める。
「しっかしこんな狭いところで大の男がぎゅうぎゅう詰めってのは絵柄的にキツいな」
「なにしに来やがった。アンタ何者だ?」
「そうだ。ここは見ての通りゴミ溜めだ。もっとも、兵士殺しちまったんだからアンタもゴミになっちまうだろうがな」
囚人たちが自嘲気味に、それでいて譲治に敵意を見せながら笑みを見せる。
だが譲治は何度も頷きながら、不気味な声調で囚人たちに語り始めた。
彼は目的を果たすために来たのだ。
「安心してくれ。俺はすでにゴミだ。────聞いたことあるんじゃないのか? 転移者たちの中で裏切り者が出て、裁判の結果魔女の方舟まで追放された人間の話を。あとから冤罪の線が濃厚になっても、王様も今日死んだ判事も、けして冤罪を認めていない。アンタらも割と似てるんじゃないか?」
囚人たちの表情が一瞬強張る。
まるで心の奥底を見透かされたように、俯く者や唇を噛む者もいた。
「そこのけむくじゃらのアンタ」
「……なんだ?」
「可愛い、それはもう可愛い一人娘がいたな? 妻が死んで男でひとつで育ててきた、すんごい美人の娘さん」
「……ッ!」
「ある日その娘は貴族のバカ息子とその取り巻きに乱暴されそうになった。アンタは必死に守った。バカ息子を殴り飛ばして娘の純潔を守ったんだ。まさしく"正義"の行いだ。……でも、なんでアンタはこんなところにいるんだろうね?」
「なにが言いたい!!」
「そう怒るなって。……いたいけな乙女であり大事な愛娘を身を挺して守ったのに、平民という理由だけで、一度も面会を許されずに死刑の日を待つ大悪党にされてるなんて……それって正義に反してない? 秩序や平和って言葉と矛盾してない?」
投げかけられた疑問の言葉がけむくじゃらの男の心に突き刺さる。
先ほどの覇気が嘘のように消え、表情に悲しみによる暗い陰が落ちた。
「しかもその娘さん。こないだ亡くなったって。またあのバカ息子に乱暴されてな。そのバカ息子今なにしてると思う? 酒と女遊びに現を抜かして毎日楽しく暮らしてるよ笑っちゃうだろ?」
「────ッ!!」
「え~っと、そこのアンタ。両親と仲良く暮らしてたな。毎日家業に勤しんでいた。たとえ貧乏でも、ほんのちょっぴりの温もりさえあれば、毎日が『幸せ』だった。そうだろ? あの日までは」
「う……」
「国王の命令で家と土地を奪われ、魔術具の実験場として乱暴に土地を扱われた。そのときの実験の影響で両親が被害を被ったな? そのせいで精神を患って……アンタはその状態の両親を朝早くから夜遅くまで働きながら10年も看てきた」
男は過去を思い出したのか、ボロボロと涙を零し始める。
近くにいた囚人のひとりに背中をさすられているのを見ながら譲治は続けた。
「変わり果てた両親からの暴言や暴力・暴走に耐えかねて、アンタはついに殺した。苦渋の決断だった。誰も助けてくれなかった。誰もがアンタを見捨てた。裏切った。だが世間や法律が下したアンタの評価はなんだった? えぇ? ────冷徹でッ! 残忍でッ! 血も涙もないッ! 親殺しのゲス野郎ってな!!」
そのほかにも囚人たちの過去や罪を言い当てていく。
これには囚人全員に怖気が走ったが、誰もが譲治に注目していった。
むさくるしく仄暗いこの場所で、穏やかな風に当てられたように、彼は前を向いて譲治の言葉に耳を傾ける。
突然現れた片足の男に、得も言われぬ感覚を抱いていた。
「連中が説く善はなんだ? 法はなんだ? むやみやたらと、まるで見せしめのように負け犬や罪人を増やす一方だ。虫けら以下の扱いを受けてきた諸君! アンタらにちょいと危険が伴う話を持って来たんだ」
そう言っていつの間にか手に入れた地下牢の鍵をジャラジャラと鳴らしながら、譲治は彼らに諭す。
「これで外に出られる。だが、出た瞬間命を取られる危険性があるのはわかるよな? 兵士に見つかりゃ大変だ」
「な、なにをやれっていうんだ?」
「……夕食、まだだろう?」
「あぁ、あと30分ほどだが……」
「オーケー、死体と血痕は俺の使い魔に片付けさせる。アンタら、食事を終えたら西の谷まで来い。ダッシュだ。無事辿り着いた奴を俺の協力者として加えたいと思う。今日の日付が変わるまでにな」
「一体なんのために……!?」
囚人たちが騒然とする中、譲治は薄く笑う。
「────俺たち負け犬に、逆転なんてものはない。そんなのは余裕のある奴の言葉だ」
この一言で場に異様な沈黙が漂う。
誰もが緊張の中、譲治は続けて言い放った。
「負け犬にあるのは無限の憎悪と、抑えきれないほどの暴力! 俺のもとへ来れば、それらが一気に解放できる場を作ってやろう。王都を舞台にした盛大なパーティーだ」
囚人たちの目の色が変わり始める。
まるで首魁の話を聞く悪党のようにぎらついた目で譲治の話を聞いていた。
「これからもっと増える! 連中は思い知るだろう! ……さて、そろそろお暇しよう。鍵は渡しておく。そして、これは俺の名刺代わりだ。全員分はないからひとつだけだ」
ひと通りの話を終えると、囚人たちの目はかつて間引かれたはずの憎悪と復讐の色で燃え上がっていた。
全員の参加が決定したところで、譲治は鍵とリンゴをけむくじゃらの男に預けて去っていく。
(まぁ大体こんなもんだろう。さて、さっさと西の谷に行って待つとするか。クランももう行ってるだろうしな。それに……────)
譲治は面頬の中でニヤリと笑う。
ついにアレを解放するときがきたと。
「待っててねぇ~シュトルマちゃ~ん。そろそろ起きてもらうからな」