決別とその証
イズミとナナが殺されたその2日後のことだった。
王城、そして砦に激震が走る。
かつて譲治の裁判を担当した判事が惨たらしい姿で発見されたのだ。
王城の城壁に死体が吊るされていた。
そのポケットには『謎のカード』が入っていた様子。
真理亜が砦から派遣され、死体を検分することに。
「胸を一撃でやられてる……矢とか魔術じゃこんな穴は開かない。まるで……」
そう、まるで至近距離から銃撃を受けたような弾痕だ。
銃を使ったなら銃撃音でも聞こえそうなものだが、そういった音はこれまでなかったらしく、恐らくサプレッサーを使用したのだろう。
(ボクのほかにも銃を扱う人間がいるとすれば、少なくとも現地の人間じゃない。だとすれば誰だろう? 砦の中の皆にそんな武器持ちはいないはず。……もしくは、風の噂で聞いたことがある謎の凄腕────ミスター・ファイアヴォルケイノという存在。そして、このカードはなんだろう。なにを意味しているんだ? 泣いてるようにも見えるし、笑っているようにも見える)
真理亜はまだ見ぬ強敵の気配を感じ取っていた。
そして誰が彼に依頼して判事を殺させたのか。
判事という仕事柄、恨みを買うことはあるだろう。
その中のひとりかと思ったそのとき、真理亜の脳裏にふと譲治の姿が浮かんだ。
(まさか、彼が? いや、そんなはずはない。確かにこの判事は不当な判決を下して、きっと彼自身恨んでもいるだろう。だけどどうやって? 彼は一歩も砦からは出ていない。仮に外と連絡を取れたとしてもその形跡は必ずボクの情報網に引っ掛かるだろう)
謎が謎を呼ぶ中、国王が怒ったように真理亜に歩み寄ってきた。
誰もが頭を垂れる中、国王は真理亜に大声で怒鳴る。
「おい、まだ誰がやったかわからんのか!」
「はい、恐らく判事殺しの犯人はボクと同じ武器を使用したのでしょう。鮮やかな手並みです。一撃で急所にヒットさせている。しかも誰ひとりとして気付かれずに暗殺をやってのけている」
「お主と同じ武器? ということは砦の中の誰かか!?」
「いえ、ボクの知っている限りではあの武器を持つ者はほかにいません。恐らくボクたち以外にもそういった武器を持つ人間がいるのかと」
「ならばさっさと探せ! でなければ、お主を判事殺しの犯人として引っ立てる!」
「え?」
これには真理亜も目を丸くし、傍にいた大臣が慌てていさめだす。
大臣に言われて口ごもる国王は真理亜を睨んだあと、彼と護衛を率いてさっさと行ってしまった。
「はぁ、ビックリした……。よっぽど腹に据えかねてるみたいだ。危うく冤罪かけられるところだったよ」
真理亜はもう一度状況と情報を頭の中で整理して考え始める。
この調査が終わったのは昼過ぎになった頃だった。
真理亜が砦に戻ったとき、クラスメイトが集まっていた。
「皆、なにかあったの?」
「あぁ大久保さん。実は……蘭法院さんと取り巻きの3人が」
「……え?」
彼女たちが行方不明になったようなのだ。
確かによく4人で独断行動を起こすことがあり、何日か砦を留守にすることがあった。
そのことも相まって、蘭法院綾香たちがいないことに、それほど違和感を覚えなかったのだ。
「情報網や使い魔を使ったりして探してるんだけど……ここ数日どこにも姿を見せていないらしいんだ」
「どうして……一体、なにが起こってるんだ……」
「────ねぇ畑中君ならなにか知ってるんじゃないの? 一時期すっごく絡まれたし」
「そうだね。行ってみよう」
全員が譲治の部屋の前に赴くが、どうも様子がおかしい。
物音ひとつなく、人の気配もないように感じた。
「畑中君、ねぇ、畑中君、いるの? アルマンドさん、クラン?」
ノックをしても返事がないのでドアを開いてみると鍵は開いていた。
しかし中はもぬけの殻できれいさっぱり片付いていたのだ。
この異様な光景に真理亜たちは息を吞む。
真理亜はゆっくり足を踏み入れて内部を見渡した。
続いて数人入ってきて調べてみるも、3人の姿はない。
聞くところによれば朝から姿を見せていたかったそうだ。
(なんで? なんで畑中君……黙って出て行ったの? アルマンドさんはともかく、クランまで!)
焦りが加速する中真理亜はあるものを発見した。
それはスマートフォンであり、真理亜はそれを拾い上げると電源を入れてみる。
譲治のものである可能性が高いそれは暗証番号が必要なようで、正直彼のプライバシーであるスマートフォンを【情報看破】のスキルで覗き見るのは気が引けたが、これがなにかの手掛かりになるかもしれないと暗証番号を読み取り、入力し使えるようにした。
そしてその待ち受け画面に思わず心臓が止まりそうになった。
瞳孔が極限まで収縮しカタカタと震えて視界がブレてしまう。
呼吸が乱れ、脳みその中を掻きまわされるような感覚に陥った。
アルマンドと譲治がベッドでまぐわっている写真が待ち受けに設定されていたのだ。
まるで真理亜がこれを見つけてこの待ち受けまでくるのがわかってたかのような。
(な、なに……なに、これ……ヤダ……やだ、こんなの……)
スマートフォンを動かす指が止まらずいつの間にかフォトフォルダへと移行していた。
そこでも衝撃的なものを見てしまう。
「……」
次第に感覚が麻痺していき、能面のように冷徹な表情をしてハイライトのない瞳で写真をすべて眺めていた。
1枚1枚丁寧に漏らさず見ていく。
彼女の奥底から沸き起こったのはおぞましいまでの嫉妬の情念。
中学の頃からあれだけ譲治のことを思い続けて、この世界へ来てからもすべてを捧げるように東奔西走し無実を勝ち取ったというのに、まるでこの写真で艶っぽく笑うアルマンドが根こそぎ奪っていったかのような感覚に陥った。
そしてそんなことに気付かず気持ちよさそうな表情をしている譲治に怒りが込み上げてきた。
しかし怒りが増せば増すほど、彼への思いも強くなっていくのも事実。
それが辛うじて彼女を踏みとどまらせた。
(そうだ……落ち着け。落ち着くんだ。腸が煮えくり返るけど、まずは見極めだ)
真理亜は状況を冷静に整理し始める。
譲治、クラン、そしてアルマンドは今日の何時かはわからないが姿を消した。
それと同時にスマートフォンを部屋に残していっている。
これが意味するものとは一体なんなのかを推理してみた。
(アルマンドさん……いや、アルマンドはスマートフォンを知ってたのかな? どこをどう見てもあの写真はアルマンドが撮ったものだ。彼が追放されたとき、彼はスマホを持っていなかったはず。なのになぜアルマンドは持っていたんだ?)
釣り糸に獲物が引っ掛かったような感覚が脳内で起こる。
そこからゆっくりと冷静な思考に基づく推察を引き出してみた。
(よく考えてみれば、畑中君のスマホは確か例の爆発で消失したはずだ! だとしたらここにあるのはおかしい! これはもしや、アルマンドのスマホ!? ────だとしたらなおさら妙だ。そんな大事な物をなぜこんなところに置いたままに!? ここまで抜け目なく、誰にも気付かれず脱け出せた人間が、肝心なコレを忘れるなんて到底思えない! ましてや、あのアルマンドって女がそんなミスをするなんて!)
真理亜は秘密裏にアルマンドの情報を集めたり、あとをつけたりなどを行っていた。
しかしどれも空回りして失敗に終わる。
手に入れる情報はまとめきれないほどのガセネタで埋まり、足跡を辿ってもすぐに煙に巻かれるのだ。
それほどまでガードが固く、注意深い女がこんな初歩的なことを犯すはずがない。
考えれば考えるほど、疑念はさらに深くなっていく。
彼女の正体もそうだが、アルマンドと親密な間柄にいる譲治が気になった。
一体ふたりの間でどのようなことがあったのか。
そしてクランまで連れて、どこへ行ってしまったのか。
「……ん、これは?」
スマホをいじって調べる中、真理亜があるものを見つける。
「これって……」
電話帳にあったのはひとりの人物の名前。
畑中譲治とその電話番号だ。