Dancing Sad
「どぼじでごんなごどずるのぉおおおッ! イーッヒッヒッヒッヒッヒッ!!」
「ひぃい! 逃げなきゃ……逃げなきゃあッ!!」
ナナは涙目でイズミを支えながら廊下をぎこちなく進む。
イズミの出血が酷く、そこまで速くはできないが、譲治の移動速度を考えればまだ余裕はあった。
だがそれはただの物理的な距離の話。
精神的な距離においては、すでに彼の掌の上にいるような感じがしてナナは生きた心地がしなかった。
一刻も早くこの城から抜け出さなければならないのに、所々崩落していたり、火災が発生しているせいで遠回りの連続だ。
この間にイズミが死ぬのではないかと思うと涙が止まらない。
ナナは必死になって出口に向かって進んでいくと、譲治の声が聞こえてこなくなったのに気付く。
あれだけ狂ったように笑いながら迫ってきていたのに、いきなりそれをやめたというのか。
だが確かに感じる。
夜闇と炎に包まれた城の中で息を潜め、譲治はナナたちを狙っているのを。
「この曲がり角を進めば……────ハッ!?」
曲がり角の先になにかの気配を感じたナナは、イズミを壁に寄り掛からせ座らせる。
数は複数で、鎧めいた音を鳴り響かせていた。
今さら戻るわけにもいかず、ナナは勇気を振り絞って、ひとり向かうことにする。
「ナナ……ダメだ……お前、だけでも……」
「大丈夫だよイズミ。ここで待ってて。すぐに戻るから」
ナナはその辺に転がっていた木材を拾い恐る恐る進んでいった。
こんなもので戦えるはずがないとはわかってはいたが、それでもイズミを守るためにひとり立ち向かう。
しかしそれが悪手であることは極めて明白であった。
なぜならその足跡の主は、譲治が召喚した聖霊兵なのだから。
「ぁ……ぁあ……ッ」
4人編成で横一列に隊列を組みながら、剣や槍を持っている。
ナナが曲がり角を進んで数歩した際に歩み出て姿を現した。
これには先ほどの勇気など完全に消し飛び、恐怖でいすくんでしまう。
聖霊兵の異様な姿とその圧倒的なレベルに勝ち目のなさを感じた。
────そして、ナナにもまた審判が下される。
「お、い……ナナ……ナナ! どうした、なにがあっ……────」
イズミが曲がり角のほうを見ながら叫ぼうとしたとき、それは巨大な影となって壁に映った。
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ァ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
愛しい女の腹部に、思い切り槍が突き刺され、断末魔が城中に広がる。
その後も槍や剣で串刺しにされたり、背後を斬られたりしながら、ナナの影は下へと倒れ込んだ。
4つの影は各々の武器で倒れたナナを何度も攻撃する。
剣で叩きつけるように、槍で何度も串刺すように。
肉が抉れ、骨が砕けるグロテスクな音が何度もイズミの耳に届いた。
それはイズミに絶望と恐怖をもたらし、発狂させるに至る。
「うわぁあ! うわぁあぁぁああああッ!! ナナ! ナナぁああああああ!!」
身体を引き摺りながら曲がり角のほうに手を伸ばす。
涙と血で視界が潤み、痛みと苦しみで絶叫した。
一瞬にしてなくなった幸せ。
嵐のように訪れた悲しみが、ひっくり返したおもちゃ箱のようにこの城の生活を破壊した。
「苦痛と恐怖を同時に味わう気分はどうだイズミ? 俺をゴミのように扱って手に入れた平穏は楽しかったか?」
イズミの後ろで譲治の声が響く。
ようやく追いついた譲治は壁にレンチの先端をこすりつけながらイズミのほうへと歩みを進めていた。
逃げようにももう身体の自由は利かないし、なにより心を覆い尽くす絶望がそれを許さない。
イズミにできるのはもう、命乞いしかなかった。
「た、頼むぅ……助けて、くれぇ……許し、て……くれぇ……ッ」
「悪いなイズミ……お前の命乞いなんか聞きたくなかった。見苦しいからじゃない。……俺の神経を逆撫でするからだオラァッ!!」
再び血飛沫が舞った。
何度も振り回されるレンチがイズミの肉体をグチャグチャに打ちのめしていく。
最期の一撃をかましたときは、彼の頭蓋にレンチがめり込み陥没したときだった。
顔面すら原形を留めていない状態で、今にも目玉が飛び出しそうになりながらイズミの肉体は譲治の足元に倒れる。
「ふぅ……スカッとした。そのレンチやるよ。友情の記念だ」
譲治は崩れ行く城の中で呑気に休憩を取る。
砂埃が肩に落ちる中、譲治は壁にもたれながら深呼吸。
「さぁて、こっからが大一番だ。覚悟しやがれ異世界! ……そして、残ったクラスメイトども」
この日、イズミとナナたちの楽園であった城は崩壊し、歴史の闇の中へと消えていった。
一時間にも満たないかもしれないこの蛮行は、譲治にとっては過去の弱い自分との決別を意味する。
「ジュンヤ、カタギリ、クミコ、そしてナナにイズミ。……5人の命はこの異世界に捧げた! これでもう砦に留まる必要はない。トラビスの報告を聞き次第、すぐに行動を起こす!」
譲治は城が崩壊する前にジェット機能で飛び、冷たい風に吹かれながらも、地獄の炎すら生温いほどの大なる怒りを以て憎しみを煮え滾らせていた。
「ここからだ……ここからがジョージ=クライング・フェイスとしての本領。────最終復讐までの時は近い」
夜空に譲治の笑い声が響く。
かつて読んだ『よだかの星』の夜鷹のように、彼の心は不気味な色の意志で燃え上がった。
もう誰にも畑中譲治、否、ジョージ=クライング・フェイスを止めることはできない。
嗤う髑髏の向かう先にあるのは、破壊に満ちた未来なのだから。