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被告その④『剣士イズミ&踊り子ナナ』

 幾度の爆発のせいで、徐々にではあるが城の崩壊が進んでいた。

 火災も発生しており、城が炎に包まれていく。 


「ナナ! どこだナナーー!!」


 バスローブをまとったイズミは右手に剣を持ち、愛しい人の名を叫び続ける。

 ただならぬ雰囲気の中、城中を駆けまわった。


 その途中で幾人もの私兵集団おんなたちの凄惨な姿を目撃する。

 巨大なシャンデリアに圧し潰された者や、爆発で身体の半分を吹っ飛ばされた者。


 中にはなんらかの薬品でドロドロに溶かされた者まで。

 斬り殺された者もいた。


 イズミの中で悲しみと恐怖が込み上げてくる。

 これまで積み上げたものがすべて炎と瓦礫の中へと消えていった。


「なんでだ……なんで……なんでこんなことに! 俺は、俺はただ……!」


 そう、幸せになりたかった。

 ここで彼女たちと愛を育んでいきたかった。


 親友を裏切ってでも創り上げたこの天国は、炎が絶望を奏でる地獄へと変わり果ててしまった。

 もしかしてナナもやられたのではないかと、ドス黒い不安がよぎる。


 それを必死に何度も振り払いながら、大声で叫び続けた。

 思い出の中で愛する女たちが笑うたび、それが涙となって溢れ出てくる。


 走り回って辿り着いた場所は、中庭の見える広めのバルコニー。

 中庭に出る部分は半円型となっており、そこに3つの人影がある。


 テーブルを囲むようにして座っており、ケーキや果物系のスウィーツが並べられていた。

 こちらに背を向けるようにして座っているのは男で、フォークでつつきながらその贅沢な甘味を堪能していた。


「お、お前は……畑中ッ!!」


「グッド・イブニ~ング。待ってたぜイズミ。お前もどうだ?」


 稲光と一緒に見えたのは譲治の向かい側に座るふたりの女の顔。

 最初にナナを追いかけていった女と、酒場でバラバラになった仲間をもう一度集めようとした女魔術師だ。


 両の瞼を縫い込まれ、血と涙が混じり頬を伝う。

 口は唇を削ぎ落され、歯茎と歯が見えるくらいにされて、笑っているかのように無理矢理糸で頬を縫って吊っていた。


「ホラ、来いよ。……ふたりともとってもいい娘だ。気遣いもできるし、なにより美人。ほら、笑顔がよく似合う」


「な、なにをッ! なにをしたんだお前は!!」


 一向にイズミのほうを向かない譲治。

 一通り食べ終わり、譲治は面頬を取り付けると、密かに左手に黒い手袋をはめた。


 イスから立ち上がると、今の自分の姿を雷光と炎で照らして見せつける。

 僧侶クラスとは思えないほどに邪悪な姿だった。


 今の彼ほど、光属性の似合わない僧侶クラスはいないだろうとイズミは生唾を吞む。

 かつての親友がまとっているのは、雷光や炎の明るさなど些末に見えるくらいの、『憎悪に満ちた暗黒』だからだ。


「なにって……お前がひとりだけエロゲみたいなハーレム築いてるから、親友ポジの俺が出てきてやったんだよ。ホラ、いるだろ? エロゲ主人公の親友ポジ。女の子の情報与えたり、デートスポット教えたりとかさ」


「な、なにを言って……ッ!」


「そのまんまだ。親友ポジの俺は忠実にその役割を果たしに来たんだぜ? 占術士クラスの女いたろ? ……どんな死に様したと思う?」


「……やめろ」


「あー、じゃあこれはどうだ? お前のことお兄ちゃんって言ってた僧侶クラスの女。ロリっぽいけどロリじゃない妹系ヒロイン。最高のデートスポットがある。谷底に行けば、ミンチ肉になった彼女とイベントが発生して────」


「やめろぉおお!」


 イズミは剣を構える。

 彼は現在【レベル756】の剣士クラス。


 最初のころとは比べものにならないほどに強い。 

 対して譲治は【レベル25】で、聖杖『ホーリー・クイーン』の効果を十全に使ったとしても勝ち目は皆無だ。


「カタギリやジュンヤが死んだって聞いた……まさか」


「俺だよ」


「クミコはどうした? 彼女も……」


「俺だよ」


「やっぱり、次は俺たちか!?」


「そうだよ」


 肩を揺らすように笑いながら、譲治は一歩前に出る。

 それを制止せんと怒鳴り散らしながらイズミは剣で宙を薙いだ。


「来るんじゃねぇえ! 許さねぇぞ……よくも、よくもやっと手に入れた安息を踏みにじりやがって……」


「その安息は誰のお陰だ? ん? 俺がお前らの企みで犠牲になったからだろ。お前らのどうしようもない、グズで、馬鹿で、薄汚れた脳みそでやっちまったヘマを誤魔化すための生贄だ俺は!」


「ぐ、し、仕方ないだろ! 俺にはナナがいる。ナナとの幸せを守らなきゃいけない。正直な話、俺だって心を痛めてるよ。本当だ。嘘じゃない」


 明らかな嘘である。

 でなければここまで女を集めたりなんかはしない。


 友情よりも、愛と劣情を取ったのは明らかなる事実。

 無論そんな言葉に騙されたりはしない、が……。


「本当に心を痛めているのか? ほかの連中は俺がひどい目に合うのをなんとも思ってなかったぞ?」


(よし、食いついた!)


 イズミの頬が一瞬緩んだ。

 じっと睨みつける譲治に対し、先ほどまでとは違う猫撫で声で偽の懺悔を行う。


「本当だよ。あのあと、俺は考えたんだ。酷いことをしてしまったって……こんなの人間がやっていいことじゃないって……ずっとずっと悔いてる。畑中譲治という親友を裏切ってしまった俺は、なんて薄情な人間なんだって!」


 心の中で歓喜に震えるイズミ。

 あとは仲直りすると見せかけて殺せばそれで終わる。


 さっさと殺して、ナナを見つけだしたかった。

 今はもうナナだけがイズミのすべてだ。


 迫真の演技を見せ、勝利を確信するイズミ。

 戦う前に勝つ、という意識が心を満たす。


 そんな中、譲治はそっと面頬に手を添えてた。

 カシュッと空気の抜ける音がして外れると、譲治はその顔を晒す。


「────苦しかったんだぞ? ここまで来るのに」


「あぁわかるぜ親友。辛かったよな……ごめんな、仲直りしよう。いや、仲直りしてくれ。彼女たちが死んだのは悲しいが……元はと言えば、俺のせいだ……さぁ握手しよう」


 そう言って手を差し伸べる。

 譲治は溢れ出る涙を流しながら、杖を使って器用に歩み寄った。


 そして譲治が右手を差し伸べ、イズミの手を握る。


(よし! かかったなこのボケが! どんな術を使ったかは知らねぇがこの距離なら俺にとって最高の有利! ────勝った!!)


 しかし、次の瞬間。


「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」


「HA-HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAッ!!」


 イズミが剣を振るおうとした直後に、譲治の左手にはめられている『黒い手袋』が反応する。

 稲妻のような光を放つそれは、イズミの身体を伝って彼を苦しめた。


 まるで凄まじい圧力で全身が締め上げられているかのような感覚だった。

 絶叫とともに身体の力が抜けていく。


 譲治が手を放したときにはもう満足にも動けない状態だった。

 その場に倒れ込むようにして、なんとか片膝をつく程度だ。


「な、なんだ……なにを、した、んだ……ッ!?」


「大根役者が。そんなのに引っ掛かるわけねぇだろ」


 譲治が面頬を付けると同時に涙が止んだことにイズミは驚愕する。

 一体なにがどうなっているのかわからなかった。


「言っておくが嘘泣きじゃないぞ? ある意味ガチ泣きだ。あの裁判のあと、散々死に掛けてなぁ? 涙が止まらなくなったんだ。別に泣きたくもないのによぉ。この面頬を付けてないと涙が止まらないんだ」


「ひ、ひぃい……ッ!」


「紆余曲折あって今に至るってわけ。レベルの高低に頼らなくても、キチッと復讐できる術を俺は手に入れることができた。最高だよ……今は俺がお前らを見下せるんだからな」


 イズミは応戦しようとするも、身体が満足に動かない。

 そればかりか、()()()()()()使()()()()()()


 それもそのはずだ。

 イズミは今、クミコのときと同様、レベルもスキルもすべて失っていた。


 あの黒い手袋は譲治の発明品のひとつで、触れた相手のレベルやスキルを強制的に【リセット】させる道具だ。

 1回しか使えないのがネックだが、効果は抜群だった。


「さぁて、さてさてさて……これなんだかわかるかイズミ? これ、ウォ、なんだろうこれは。うわぁ、凄いなぁ。なんだろう?」


 そう言っておどけるようにしてアイテムボックスから取り出したのは、少し長めの工具レンチだった。

 譲治はそれを握りしめると、おどけるのをやめて、イズミを見下ろしながら近づく。


「よ、よせ……やめろッ!」


「ひひ、ひひひ、ヒーヒハハハハハハハハッ! ────こンの、裏切りモンがぁぁぁあああッ!!」


 譲治の怒号とともに何度も振り下ろされるレンチが、何度もイズミの頭を直撃する。

 その度に白目を向いたり血を噴出させたりと、先ほどとは打って変わり、無様な姿をさらした。


「あ、が……あががッ!」


「アハハハ! ごっつんこ、ごっつんこ、ごっつんこぉおおッ! アーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」


 雷鳴は轟き、炎は猛り、譲治は嗤う。

 かつての親友同士は、過ちと復讐の名の下に、ここまで変わり果ててしまった。


 人は恐怖を覚えて、初めて『悪の道』を見出すのかもしれない。

 人は苦痛に泣いて、初めて『悪人ヴィラン』になるのかもしれない。


 その両方の道を辿った少年は、泣きっ面でこの世に絶望し、代わりに嗤う髑髏となって甦った。

 

 そろそろ完全に殴り殺せる頃合いになったその直後、イズミをずっと探していたナナが扉を開き。


「や、やめて! やめてーーーー!!」


 ナナが駆け寄り、譲治にタックルし押し倒す。

 同じ支援クラスとは言え、ナナのほうがレベルが高い。


 完全に反応が遅れた譲治は躱すことができずそのまま後方に身を転がした。

 

「やめ、やめてぇ! イズミを殺さないでぇえ!!」


 その手に持っているのは包丁。

 タックルの勢いでプロテクターの間を縫って、譲治の腹にグッサリと刺さる。


「ウワァーッハッハッハッハッハッハッ! アーッヒャッヒャッヒャッヒャヒャッ!!」


 しかし譲治はまるでくすぐられているかのように大声で笑う。

 死なないように聖杖『ホーリー・クイーン』の効果のひとつを発動させて、自動回復をしている。


 譲治は笑いこけながら、ナナをのかして包丁を勢いよく引き抜いた。

 

 ────鬼だ。

 追い詰められた人間が辿り着く境地、"鬼"だ。


 これにはナナもゾッとしてすぐに身を起こして、今にも死にそうなイズミのほうへ駆け寄る。

 そして肩を貸すようにしてこの場から逃げ去ろうとした。


「逃がさねぇ! テメェらを地獄ハネムーンに連れて行ってやる! だって僕ちんお友達だもぉぉおんッ!! アーッヒャッヒャッヒャッヒャヒャッ!!」

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[良い点] 修羅場だ
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