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私兵集団の終了

「ねぇ聞いた? イズミの命を狙う奴がいるって話」


「勿論聞いているわ。ソイツって今、"自分を貶めた"っていう5人を殺しまわってるんでしょ? イズミやナナまでターゲットにされてるなんて……」


「それこそ冤罪だな。我々のイズミが、かつての親友を貶めるようなことをするはずがない。きっと逆恨みだろう」


「そうだよ! イズミお兄ちゃんがそんなことするはずないもん! そんな悪い奴、アタシがやっつけてあげる!」


 改装された廃城の中のあるフロアで美女美少女たちが数人、今一番の話題を繰り出している。

 愛してやまない紅環和泉こと、イズミが命を狙われているというのだから、彼女らも大分殺気立っていた。


 ジュンヤとカタギリの死は彼女らにとっても衝撃的で、かつて訪れたクミコが今どこにいるかも不明だ。

 この次はイズミ、そして仲間であるナナである可能性が高い。


「イズミは今どうしてる?」


「寝室だ。ナナがずっと傍にいて落ち着かせてる」


「ねぇ、今夜にでも現れるってのはない?」


「それはいくらなんでも……」

 

 そのときだった。

 彼女たちの中のダウナー系の少女がボソボソと呟く。


「いいや、来るよ」


「なんだって? 確か君は占術士クラスだったな。君の占いにはほかになんと出ている」


「全滅……」


「え、ちょっと……」


「とんでもない災厄だよ。あらゆる幸運が舞い込んでくるように仕掛けた術式が……」


「絶たれたのか?」


「いんや、術式はキチンと発動してる……。だけど、効果が跳ね除けられてる。……北の方角、暗雲に乗って猛スピードで迫ってくる。まるで……嵐」


 恐れに顔を歪ませる占術士の言葉を聞いてから、稲光が外で走る。

 城中にある蝋燭や松明の灯りが一斉に消え、城の中は不気味な空気に包まれた。


 風と雨が廃城を包み、文字通りの暗雲が周囲一帯の空を占領している、

 完全に孤立したこの谷において、死の恐怖が蔓延しつつあった。

 

 しかしそんなときだった。

 彼女たちの向こう側の廊下から松明や蝋燭の火が灯っていく。


 心配したナナが灯りを点けていったのだ。

 彼女らと合流したナナは怯えるような表情をしながらも語り掛ける。

 

「皆こんなところでどうしたの? 急に灯りが全部消えちゃったから心配しちゃって」


「あぁ、ナナ。いい? 落ち着いて聞いてね。もしかしたら、今夜にでも"奴"が現れるかもしれない」


「え……?」


「アンタはイズミのところに行ってあげて。独りぼっちにしちゃダメ。奴の狙いはアンタとイズミ……大丈夫、私たちが守るわ」


 だが、すぐに惨状の合図が起こる。

 

 ────キャアアアアアアアッ!


 厨房の方角から悲鳴が響いた。

 そこには明日の仕込みをしていた私兵集団のひとりがいたのだが……。


 だが駆けつけたときにはすでに遅かった。

 本来清潔であるべき厨房は、人肉とその血で真っ赤に彩られていた。


 死体は原形を留めておらず、遺品である指輪がフライパンの上で血とともに熱せられている。


 あまりの現場の凄惨さに、誰もが絶句した。

 嘔気が止まらず、吐瀉物を床にまき散らす少女の背中をさする仲間の姿も見られる。


 戦場で見慣れた光景であっても、これはあまりに酷すぎるということでしかめっ面をする者もいた。


「イズミ、イズミが危ないわ!」


 仲間の死でパニックを起こしたナナが慌てたように廊下を駆けていく。

 

「あ、待って! ひとりで動くのは……ッ!」


「大丈夫、私が追いかけるから!」


「く、頼んだ。我々もあとから合流する! ……いいか皆、けしてバラバラにはなろうとするな。ここからは集団行動だ。恐らく、奴が忍び込んでいる……悪の元凶、"畑中譲治"が!」


 この私兵集団の年長者である女戦士は、残った皆をまとめて、各部屋へ赴き、侵入者の捜索を行った。

 だが、一向に見つからないまま時間だけが過ぎていく。


 一行は城の中に設けた酒場に辿り着く。

 ほんのりとした蝋燭の光が薄い闇を作り出すこの空間で、重苦しい空気が流れた。


「すまない、少し飲ませてくれ」


 そういうや女戦士がカウンターにあるお気に入りの酒とグラスを手に取る。

 

「えー、こんなときに飲むの?」


「飲まなきゃやってられないよ」


 彼女も大分精神にきているようで、乱雑にグラスに注ぎ始める。


「それにしても、殺してすぐに姿を消すなんて……」


「もしかしたら、私たちを誘い込んでるのかも」


「誘い込むって?」


「ほら、罠を仕掛けるとか、食べ物や飲み物の中に毒を仕込んだり────……待って飲むな!!」


 女魔術師が女戦士を止めようとするがすでに遅かった。 

 グラス内の酒は一気飲みされたあとで、床に転がっている。


 女戦士は首を抑えながら苦しそうに悶え、血を目や耳、口、鼻などから出していた。

 美しい肉体は次第にスポンジのようにボロボロになっていき、ついには眼球さえもとろけて消える。


 またひとり死んだ。

 そのせいで完全に統制を失い、皆がバラバラになってしまう。


 女魔術師と女占術士は止めようとするも、誰も耳を貸さない。


「こんなところにいたら皆死んじゃう! アタシはイズミお兄ちゃんの部屋に戻るもん! うわぁああん!!」


「よくも、よくもぉおおお!! どこだぁああ!! 殺してやる、殺してやるぅううッ!!」


 女剣士も女僧侶も聞く耳を持たず、別々の行動をしてしまった。

 そのほかにもいた娘たちも、もうこの酒場にはいない。


「皆冷静さを失ってる……ねぇ、アナタはここに隠れて待ってて! 私が皆を連れ戻しに行くから!」


「わ、わかった……」


 女占術士は言われた通り、物陰に隠れ、皆が来るのを待った。

 その間にもう一度占いを行ってみる。


 だが、そのどれをとっても結果は死だ。

 高ランクの占術士であったため、多少の運命操作はお手の物だったが、まるで役に立たない。


 まるで運命すらも無視しているかのようだ。


 冷や汗が背筋を伝う中、酒場のドアがひとりでに開く。

 蝶番が軋みながら奥に広がる暗闇が口を開いた。


(だ、誰……?)


 足音はしない。

 スルスルとなにかが這う音が聞こえる。


 物陰からそっと覗くも、やはり誰もいない。

 気配を感じなかったので、ゆっくりと出てくる。


 窓のカーテンがひとつだけ開いていた。

 雷が鳴る中、彼女はそっと窓のほうに行き外を眺めてみた。

 その直後、()()()()()()()


 先ほどイズミのもとへ行くと言っていた女僧侶が泣き叫びながら真っ逆さまに落ちていったのだ。

 女占術士は戦慄し、その場にへたり込む。


 そのほかにも聞こえてきたのは幾発かの爆発音。

 巨大なシャンデリアが落ちて砕ける音。


 敏感に感じ取れる命の散る音が無数に城中に響き渡った。


「ひ、ひぃい!」


 容赦なく行われる殺戮に、彼女は完全に腰が抜けてしまった。

 次は間違いなく自分であると、確信がある。


 そのときだった。

 1匹の蛇が速い動きで女占術士の前を通り過ぎた。


 あまりの速さとその姿に悲鳴を上げ、再び隠れるが、ある声に呼び止められる。


「────……1杯飲まないか?」


 男の声だった。

 口にマスクでもつけているのか、声はくぐもっている。


 そっと顔を覗かせると、カウンターにさっきまでいなかったはずの人の姿があった。


「お、お前は……」


「出て来て座れよ。……怖いのか? お友達は俺を怖がらなかったぞ?」


 稲光とともに見て取れた"畑中譲治"の姿。

 女占術士は唾を飲み込み、ゆっくりと譲治の前に立つ。


「なるほど、ほかの連中同様、美人だな。俺は美人にゃ目がないんだ。ホラ、座れよ。俺の振る舞う酒が飲めないってか?」


「……」


「じゃあ、話を変えよう。イズミのこと、まだ好きか? 愛しているか?」


「あ、愛してる」


「アイツがなにをしたかも知らずに? いや、アンタは知ってるな。知っててここにいる。アイツに惚れたから」


 まるで心を見透かされているかのような感覚だった。

 とてもじゃないがイズミと同じ人間とは思えない。


 化け物に見られているかのように、女占術士の身体からは嫌な汗が噴き出している。


「アナタは……イズミの、敵」


「そうなるな。あ、そうだ。アンタ占いが得意なんだってな。実は俺も占いが得意なんだ」


 そう言って譲治はコインを取り出す。

 そのコインを見た直後、女占術士の顔色が変わった。


「占ってやろう……アンタは苦痛で死ぬか、それとも恐怖で死ぬかをな」


 カウンターの上でコインを弾いて回転させる。

 

(は、は、畑名譲治……! ダメだ、ダメ! 彼をあの人に合わせてはいけないッ! 動け、動けェエエ!!)


 ────カタン。


 コインが回転を止めた直後、酒場に響いたのは断末魔の悲鳴だった。

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