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もうひとりの転移者

 その日の夜、クラスメイトたちで譲治の帰還を祝うパーティーが食堂で行われた。

 豪華な料理が振る舞われ、在中の兵士にも酒が振る舞われる。


 譲治は無理矢理連れてこられたような感じで、離れた席から賑わう一同を一瞥する。


 クランは譲治と向かい合うようにケーキを食べていた。

 この辺の表情はやはり幼い女の子で、口の周りにクリームをべったりと付けているのがなんとも愛らしい。


 そんなふたりのところに、真理亜が歩み寄ってくる。

 ずっと部屋にいたらしいが、ようやく気分を落ち着かせることができたようだ。


「やぁ畑中君、それにクラン」


「ようMVP。アンタの席は賑わってる向こうじゃないのか?」


「MVPだって? 冗談言わないでよ。このパーティーの主役は君だよ」


「いんや、俺が帰還できたのはアンタの活躍あってのことだ。それに、連中はただバカ騒ぎしたいだけ」


「そんなことないよ。皆反省してる。あのときのことを悔いているんだ」


「悔いている、ねぇ。ふ~ん」


「……畑中君?」


「いや別に。……座れば?」


 譲治の斜めに座るようにして真理亜がイスに腰掛ける。

 真理亜には警戒心が薄いのか、クランは視線だけを向けてバクバクと食べ続けていた。


「あれ? アルマンドさんは?」


「あそこ」


 譲治が指差す先で、クラスメイト、主に男子生徒たちや在中の兵士たちの前で蠱惑的なポールダンスを披露しており、黄色い声援が湧き起こっている。


「……あの人あぁいうこともするんだ」


「あぁ、最高の美女だ」


 ほんの一瞬真理亜は譲治を睨む。

 だがすぐに日中のようにやりきれない表情になった。


 譲治とあそこまで親密な関係で、なにより彼の口から"最高の美女"と言わしめるのが気に入らない。

 だがこれはただのエゴだと抑え込み、真理亜は自らの気持ちを飲み込もうとする。


 どうあろうと、アルマンドなる人物が畑中譲治の命の恩人であることは事実なのだから。

 

「アルマンドさんが気に入らないか?」


「え、ど、どうしたの急に……」


「いや、そんな感じがしてよ。水と油かな? それとも油じゃなくてルビジウム?」


「爆発しちゃいそうな仲だって? そんなことしないよ。君の恩人だし今はお客さんだから」


「どうだかな。俺に嘘は通用しないぞ。特に美人の嘘は」


「び、美人って……。あの、それもしかしてボクに言ってるの?」


「言ってるさ。俺が嘘を言ってるように見えるか? おーくぼん、アンタは美人だ」


「おーくぼんって……アハハ、なにそれ。もう」


「いやいや、特にその下乳からおへそにかけてがキュートだ」


「そ、そういうのクランの前で言わないでよ。えっち!」


 真理亜は顔を真っ赤にして両腕で身体を抱き込むようにしる。

 しかしまんざらでもなさそうな表情で、彼に言われた"美人"という言葉を脳内で反芻していた。


(畑名君、ボクのことそう思っててくれてたんだ……)


 恥ずかしい反面、どこか嬉しそうに口元を緩ませる真理亜だったが、ふと気が付くと目の前から譲治が消えていた。


「じょーじ、つか、れたから、部屋に、戻るって」


 クランはケーキを食べ終えて、皿に付いているクリームを舐めていた。

 真理亜はクランの口元をナプキンで拭き取り綺麗にしながら、さっきまで譲治が座っていた場所を見つめる。


(あの足で、ボクに気配を悟られずに目の前から消えるなんて……彼にそんなスキルあったかな?)


 生暖かい風が真理亜の胸を撫でる。

 不審に思ったが、気の緩みからかすぐに取り払った。


 譲治が自分のことを美人と意識してくれていたことを知れただけで、真理亜にとっては嬉しい出来事だ。

 普段の譲治がなにを考えているのかよくわからず、その上アルマンドが来たせいで少しピリピリしていた。


(ボクは君を信じるよ。君が人を殺すなんて有り得ない。早く魔王を倒さないとだね。そうすれば、一緒に地球に帰れる。……アルマンドさんはこの世界の人だからね、一緒にはいられないからきっと寂しいだろうけど。うん。仕方ないよ。大丈夫さ畑中君。────ボクがいるからね) 


 それはちょっとした独占欲スパイスを混ぜた密やかな恋心。

 上機嫌でクランの相手をしていて気付かなかった。


 クランはまったく笑っていないことに。


 一方、譲治は"ある場所"へと赴く。

 パーティーの前にスマホを使って、ミスター・ファイアヴォルケイノなる人物と連絡を取った。


『お前がジョージとかいうガキか?』


 流暢な日本語で電話越しから聞こえてくるダンディな男の声。

 アルマンドの詳しい話では日本人ではないらしいが……。


「そうだ。あー、俺の名前のことなんだが、『ジョージ=クライング・フェイス』と認識してくれると嬉しい」


『泣きっ面、か。いいだろう。……俺に電話をしたということは、アルマンドは俺を正式に雇うってことでいいんだな?』


「雇う? ……あ~、もしかしてアンタ殺し屋かなんかかね?」


『俺はお前へのプレゼントだそうだ。詳しいことは会って話そう。ビジネス相手は顔が見えているほうがいい」


「オーケイ、わかった。場所と時間は?」


『────お前が蘭法院綾香とかいう女を捕えている場所だ。時間は20時ジャスト。遅れるな』


 そう言って一方的に電話は切れた。

 なぜその場所を知っていたか……それは、アルマンドと伝手があるのなら恐らくわかるのだろう。


 時間を記憶し、譲治はパーティーを途中で抜け出すことにしたのだ。


 そして現在に至り、譲治は王都から少し離れた山の麓にある小屋へと飛行する。

 鬱蒼とした暗さの中にポツンと小綺麗な小屋がより不気味さを増す中で、その内部で行われている狂行はより空気を邪悪なものにしていった。


(小屋には2体の聖霊兵。奴らにらんほーの"アレ"を代理で任せていた。……お、どうやらもういるらしいな)


 小屋の前に紫煙を燻らせる男がひとり。

 黒い皮の手袋に白いスーツ、白髪頭に白い髭の頑強そうな隻眼の男だ。


「アンタがミスター・ファイアヴォルケイノかな?」


 男は返事をしないまま振り向き、白い煙とともに口を開く。


「トラビス・マクベインだ。……お前がジョージか。聞いた通り片足のないガキ、おまけに空を飛ぶイカレ野郎。……とんだピーターパンだな。まさかこの俺が……日本人のガキの下につくとは」


「ハッハッハッ、俺がピーターパンだって? よせやい大将、そういうアンタはお嬢さん(ウェンディ)ってガラじゃなさそうだけどな」


「ふん、とぼけたガキだ……まぁいい。不満はあるが、俺はあの女にすでに前金を貰ってる。貰っている以上、プレゼントとしての役割は果たしてやる」


「ほぉう、いいねぇ。じゃあ小屋に入って話でもしようや。お茶はでないけど」


「じゃあコーヒーを出せ」


「んな無茶な……」


 譲治は小屋の中へと案内する。

 その中には、様々な薬品が入ったボトルから伸びる無数の管で繋がれ、十字架で貼り付けにされた蘭法院綾香の姿があった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カリスマというからには信奉者か何かが集まってくるのかなと思っていましたが、手駒の下準備は進んでいたのですか
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