クミコはどこから来てどこへ逝くのですか?
クミコの話を聞けば聞くほど吐き気を催す。
イズミはナナという存在がいながら、ハーレムを築いているというのだ。
というのも、ナナと逃亡する際により安全で安心な生活を目指した結果、自分たちを守る私兵集団を築くことを考え、その発足に成功した。
しかも私兵集団のほとんどが美女美少女の類であり、気付けば家族同然に暮らしているのだとか。
ときにはナナを含む、その女性たちとも夜のベッドでネットリとした……────。
「おいカメラ止めろ」
「か、カメ……? 私の、は、は、話を止めろってこと? え?」
「うるせぇ黙ってろ! ……おい、俺をからかおうとしてそういうジョークかましてんじゃないだろうな?」
「ち、違う! い、1回だけアイツの住んでるアジトに行ったことあるけど……本当だったの!」
「俺に罪を着せて、バレちまってトンズラこくくらいだから、なにかしらの目的があるんじゃないかと思ってたら『ハァイ、情事ィ』だよ。イズミ……紅環和泉……べにわいずみ、べにーわいずみ……あれ? なんだろう、アイツの本名思い出すと無性に腹立ってきた」
クミコとクランを余所にブツブツと呟きながら落ち着きなく歩き回る譲治だったが、とりあえずは情報を手に入れたので良しとする。
「ば、場所は王都からずっと南の谷にある廃城。そこで暮らしてる……」
「オッケー、サンキュー……では、そろそろ復讐の続きをしようか」
「な!? た、助けるって言ったじゃない!」
「一言も言ってない。命を奪わないことも思慮に入れるって言ったんだ。次変な脳内変換しやがったら口を縫い合わすぞ」
そう言って例のコインを取り出した。
クミコはクランと聖霊兵に囲まれている地点ですでに動けないのだが、そのコインを目にした瞬間、完全にいすくんでしまう。
まるで怯えて動けない猫か犬のように縮こまって、涙が溢れ出てきた。
理由はわからない、とにかく思うことは。
(ダメ……なんだかわからないけど……あのコインを畑中に使わせちゃダメ!)
「さぁて、これより判決を下すわけだが、お前にはふたつの道がある。────苦痛による末路と恐怖による末路だ」
「ひっ!」
「安心しろぉ……命を奪わないことも思慮に入れるって。約束は守る。邪竜が出れば、お前は死ぬ。だが、天使が出ればお前の命は取らない。俺たちは即刻引き返す」
「ほ、ホントに?」
「本当だとも。────ただし、レベルやスキルのすべてを失う」
「え、ちょっと……どういうことよそれ!」
クミコの顔が恐怖に歪む中、譲治は淡々とした口調で続ける。
まるで冷徹な医者が患者に病気や治療法を説明するように、鋭く冷えた憎悪の視線を送りながら譲治は丁寧に教えた。
「簡単に言えば、ただの女子高生に戻るってわけだよ。それだけじゃない。いつか魔王を倒し元の世界に戻るときが来ようとも、お前ひとりは戻れない。ずっとこの世界で暮らすわけだ。……もっとも、それまで生き残ってりゃの話だが?」
動悸と吐き気を催し、今にも昏倒しそうだった。
クミコはそれほどのショックに見舞われ、凄まじいパニックを起こす。
「待って! やだ、やだやだやだやだ! この力を失いたくない! 失ったら、私、私なんにもなくなっちゃう! この力を持って帰りたいの! でもアンタがカタギリ殺しちゃって……ッ! この力があればなにができるかわかってんの!? 部活で使えば私はたちまちエースになれる! 皆が私を認めてくれる! それだけじゃない。街にいったときとかでウザいおっさんとかに何人絡まれてもぶっ飛ばせる! もうなにも心配しなくていいのよ」
「じゃあ、死にたいのか?」
「ヤダーーーー!! 死ぬのはもっとヤーーーーダーーーーッ!!」
駄々をこねて大声な喚き散らすクミコ。
しかし譲治はそんな彼女を無視するようにコイントスをしようとする。
「待って、待ってってば! お願い見逃して! そ、そうよ、私はアイツらに脅されたの! いや、集団で犯されそうになって、それが嫌だから嫌々従っただけ! 私もアンタと同じ被害者なの! そうよ……アンタと私は同じなの。被害者同士が憎み合うなんておかしいわ。だから、ね?」
「なぁにが、ね? だ。嘘つくな。残念だが、お前のすべてはこのコインにゆだねられた。……コインがすべてを決める。────苦痛か恐怖か」
親指で弾かれたコインが宙を舞う。
乾いた音を立てて掌に納まったコインを、譲治はにやけながら覗き見た。
「ほーう、ほーう……なるほど」
「な、なに?」
「どうやらまだ、お前にはまだ"天使"が微笑んでくれるみたいだな」
そう言ってコインを見せる。
直後、まるで黒煙をまとったかのような不気味な風がクミコを包み込んだ。
クミコは目を閉じて風が過ぎるのを待つ。
目を開き、自分の身体を見ると、元の世界で着慣れていた学生服をまとっていた。
「え、え、……嘘、これって」
すべてを失って、ただの少女に戻ってしまった。
もうスキルも超人染みた身体能力もない。
あまりのショックに絶叫しそうになった直後、凄まじい豪風がこちらまで届いた。
「な、なに!?」
いつの間にか譲治たちは離れた場所にいた。
聖霊兵は消え失せており、譲治は今まさに空を飛ぼうと背中から例のジェット機能を作動させている。
「ま、待て……待って! 置いていかないで! お願い許して!」
クミコが風に負けまいと譲治のほうへと走るが、すでに上昇してしまった。
その隣をクランは飛んでおり、譲治はケラケラ笑いながらクミコを見下ろしている。
「じゃあなぁ、達者で暮らせよ! 大丈夫だって。奇跡の確率でこの恐怖の森に来るような奴がいれば助かるかもしれん。その前にモンスターに食われんなよ! ハッハッハー!!」
そう言って譲治もクランも恐怖の森から飛び去ってしまった。
完全にひとりぼっちになってしまったクミコは、恐怖で錯乱状態に陥る。
「誰かーーーー! 誰かーーーー!!」
大声で叫ぶも返事はない。
その代わり、モンスターたちが弱者の匂いを嗅ぎ分けて集まろうとしていた。
「うわ、うわ……ひぃ!」
クミコは落ちていた長い木の棒を槍のように構える。
だが槍術士のときのように上手く操れない。
本当にただの少女に戻ってしまったのだと、クミコの中の絶望と恐怖は計り知れないものになっていく。
まるで頭から深淵へと落ちていくような感覚が、クミコの足をふらつかせた。
モンスターたちの唸り声や足音などが暗い森の中から響いてくる。
それもかなりの数だ。
「あ、あぁあ……あぁああぁぁあああッ!!」
棒を投げ捨て、クミコは一目散に駆けていく。
どこでもいい、モンスターたちから逃げられるのなら。
どこまでもどこまでも走っていく。
気付けば出口への道を見失い、迷ってしまった。
下手に動くのは悪手とわかりながらも、足を止めることはできない。
ただのなんでもない木の葉の揺れや、暗闇の奥にぼんやりと浮かぶ木の影でさえ、クミコの精神を汚染するには十分過ぎるものだった。
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
クミコは走るよ、どこまでも。
クミコは走るよ、どこまでも。
────たとえ食べられ魂だけになったとしても、クミコは走るよ、どこまでも。