被告その③:槍術士クミコ
譲治とクランがワープしたあと、九条惟子と真理亜を除くクラスメイトたちが集まっていた。
「なぁ、最近の畑中どう思う?」
「どうって……なんか不気味だよ。別人っていうか」
「嫌な思いして、怖い思いして、痛い思いをしたんだもの。きっと心が壊れて……」
「でもアイツが来てから何人も死んでるよな? アイツを貶めた奴がピンポイントで」
「でも【レベル25】でなにができるの? 僧侶クラスは戦闘職じゃないし、左足がないんじゃ満足にも戦えないわ」
「だよなぁ」
「そう言えばさ、蘭法院綾香はどこ行ったんだ? 全然姿見せねぇよな」
「任務じゃないのか?」
「いや、アイツは自分のやりたいヤツしかやらないから。……まさか、死んだとか?」
譲治への不審はあったが決定的な証拠がないのと、冤罪への罪悪感で、クラスメイトたちはモヤモヤとした気持ちを抱いていた。
しかしここでひとりがこの空気を断ち切るように場を仕切る。
「皆待て! 今日は欠席裁判をしに来たわけじゃないだろうが! 今の畑中の性格や俺たちの状況がなんであれ……過去の事実は変わらない。あのとき俺たちは確かに、あの裁判で畑中を犯人扱いして憎んだんだ。そうだろ? 騙されてたとはいえ、俺たちは畑中を『犯罪者』にしちまったも同然なんだ」
この言葉に誰もが俯くようにして黙る。
誰もがこの罪悪感で押しつぶされそうになっていた。
人気俳優が出る刑事ドラマなどでよく見かける冤罪をテーマにした内容で、正義の曖昧さに何度も腹を立てたこともある。
だが、今まさにその当事者となっているのだからシャレになっていない。
譲治が戻って来たときも、彼に優しくする以外どうすればよいか、まだ高校生の彼らには見当もつかなかった。
「俺たちはアイツが戻って来てからロクに会話もしてない。唯一してんのは九条先輩や大久保くらいなもんだ。……その、アイツは俺たちとは必要以上に関わりたくないんだろうけど、それでもケジメはつけるべきじゃないかって思ってる」
「ぐ、具体的には?」
「決まってるだろ。……俺たちはまだ、謝罪のひとつもしてないんだぜ? 皆で謝る……そして、畑中を犯人にした張本人の5人を、引きずってでもここへ連れ戻して、謝罪させるんだ! 最後に、畑中が無実だったってことを王国に認めてもらうんだ! なんの罪もないのに、犯罪者なんて異世界だろうがなんだろうが、おかしいだろうが!」
この言葉に誰もが希望を抱くように瞳を光らせ頷く。
あの日、譲治の無実を晴らすために奔走した真理亜の模倣子は、今彼らに受け継がれていた。
過去と向き合うことを決めたクラスメイトたちは立ち上がり、譲治のもとへと向かう。
誰もが希望という光に向かっていると。
────そう信じていた。
一方、譲治とクランは恐怖の森を歩いていた。
譲治の聖杖『ホーリー・クイーン』の効果でモンスターは寄ってこない。
ここのモンスターのレベルは150~300ほど。
歴戦の猛者でもこの森には近づかない。
(とは言ってもウチの高レベルどもが最早インフレ起こしてるから基準がさっぱりわからん。全然わからん!)
「じょーじ、どうし、たの?」
「いんや、別に。……そろそろ準備をしておけ。奴が近くにいる」
「わか、った」
そう言うとクランは姿を消した。
あのノイズが走るような独特な消え方をしたクランは、ここへ来る前にしておいた打ち合わせ通りに動くことに。
その後、譲治が辿り着いたのは森の奥にあった廃村。
恐怖の森となる前の名残には、かつての人々の生活模様がうかがえた。
その奥の井戸に、槍を抱えて座り込んでいる女が見える。
裏切り者3人目、槍術士クミコだった。
「ここはモンスターどもから勝ち取った私の縄張り。……なにしにきたのよ。畑中譲治ィィイイイッ!!」
クミコがカッと目を見開き、飛び跳ねるようにして井戸から降りる。
頭上で槍を回転させ、自らの奮起で身体中に戦闘の熱を帯びさせた。
クミコはジュンヤとカタギリが死んだことを知って、復讐の線を考えたのだ。
実は譲治が生きていて、殺しに回っていると。
ホラーやサスペンス、都市伝説などが好きな彼女にとって、そう言ったケースを考えることは容易だった。
ここは異能蔓延る異世界、ゆえになにが起こっても不思議ではないのだから。
「俺がやったってよくわかったな、って聞くのは不粋か?」
「そうね。強いて言えば、アンタが私の前に現れたことがその証拠よ。どんな手品を使ったかは知らないけどね」
「……どんな手品か知りたい? ポールダンス見せてくれたらお返しに披露してやるよ」
「じゃあ、ご希望通り……ッ!」
素早い身のこなしで一気に譲治との距離を詰める。
人間離れした動きに、彼は反応できない。
クミコの槍術スキルは最早最大値に近い。
槍聖とも言えるほどの腕前は、まさに一撃で相手を屠れるほどの攻撃力。
そんな彼女のレベルは今や600に近かった。
ジュンヤやカタギリとは違い近接戦闘のスペシャリストであり、その差は圧倒的。
この一突きで譲治は死ぬ。
当然譲治にこの超速の一撃を回避することはおろか、見切ることすらできない。
譲治には戦闘のノウハウも、戦闘能力もないのだ。
それを知っていてか、クミコの中は勝利への確信で満ち満ちていた。
────その槍の穂先が一瞬にして灰塵と化すまでは。
「な、なにぃ!?」
「ヒューッ! 出てくるタイミング最高だなクラン。危うく心臓を串刺しにされるところだったよ」
「わ、たしが、じょーじ、守る」
譲治とクミコの間に入るように突如現れたクラン。
自身の中に組み込まれた精霊たちの力で、宙に浮きながら右手を前に出している。
その掌に触れた直後、まるで吸い込まれるように穂先が消え去った。
「な、なんなのよこの子。なんなのよ、この子のステータス。無茶苦茶じゃない!」
「そう、わた、しは、むちゃく、ちゃ。アナ、タも、むちゃ、くちゃに、……なる?」
先ほどクランが発動した能力は、『触れたものすべての時間を速め、灰塵になる瞬間にまで変化させる』という時間系のものだ。
恐らく時間を操る精霊『ウタウス』の力の名残なのだろうが、幼女が持つには極めて凶悪なもの。
まさしくハーフエルフの姿をした化け物である。
その気になれば、その身に来る攻撃を無数に受けても無傷でいられるだろう。
今は手という範囲だが、コントロールできればさらに範囲を広げられるし、それらしい芸当もできるのではないか。
「わ、たしの、前に、……永遠は、ない。すべては、きえ、る。永遠す、らも、灰になる、の」
「ひ、ひぃいッ!」
クミコがクランの未知の能力に恐れ戦く。
穂先のなくなったため棒術に移行し戦うべきか、それとも逃げるべきか。
これまで戦ってきた敵とは別次元の存在だった。
なにせ彼女の存在は、この世界の常識から外れてしまっている忌まわしいものだったから。
目の前の幼女の姿をした化け物相手に勝てるヴィジョンが浮かばないまま、クミコの中にある戦意が失われた。
その隙にクミコは譲治に一手取られる。
一気に聖霊兵をこの場に召喚し、囲むようにして刃を向けさせた。
周りには【レベル250】の兵が8人とクラン、そして後方でずっとその様子を見据えていた譲治。
「く、くそぉ……なんでよ。なんでこんな目に合わなくちゃ……この私がぁ!! なんでこんな嫌な目に合わなくちゃいけないのよ! おかしいじゃない!」
地団駄を踏むクミコに、譲治は溜め息交じりに一定の距離まで近づき、武器を捨てるよう言う。
だがヒステリックを起こしたようにクミコは金切り声で喚き始めた。
「なんで! なんでアンタ死ななかったのよ! アンタがキチッと死んでりゃこんなことにならなかったのに! あーもう、イズミとかの話に乗った私がバカだったわッ! 私は……私は……ッ!」
「はぁ~いそこまでぇ~。残念だがこれ以上は聞く気はない。俺は、お前に復讐を抱く両面宿儺、コトリバコ、きさらぎ駅、くねくね……お前が大好きな恐怖そのものだ」
「ひ、ひぃいッ! ま、待って、待ってよぉ! 教える! 教えるからぁ!!」
「なにをだ?」
「イズミとナナの居場所よ! 元はと言えばイズミが悪いんだから! ナナはずっと一緒にいるってさ。その場所を教えるから……お、お、お願い! 見逃してぇ!」
譲治は面頬の中でほくそ笑む。
まさかここでイズミとナナの情報が聴けるとは思えなかった。
しかも、イズミとナナはずっと一緒にいるので一気に復讐がしやすい。
これは最高の情報だ。
「じょーじ、どう、するの……?」
「────クミコ、話してみろ。そうすれば、命を奪わないことも思慮に入れてやる」
「ほ、ホントぉ!?」
「あぁホントだとも。……さぁ話してごらん? あの元親友と彼女はどこにいるッ!!」