アルマンドの来訪、真理亜の情念
譲治は真っ先に砦の入り口のほうへと向かう。
騒ぎを聞いて真理亜と九条惟子も出てきた。
「おい~っす、譲治ィ~。いるかぁ~」
突然訪問してきた褐色肌の美女であるアルマンドに誰もが目を奪われる。
なにより譲治のことを知っていて、彼の名を呼ぶことに様々な想像を膨らませていた。
「すっごい美人……もしかして畑中君の知り合い?」
「もしかして、命の恩人とか?」
「うわぁ~マジかよ。畑中あんな美女に助けてもらったのかよ」
しばらくアルマンドのほうに注目していたが、後方からの独特な足音に皆道を開ける。
譲治は杖を動かしながら、驚きの顔でアルマンドのほうへと歩み寄った。
「へ~い、譲治ィ。元気そうじゃん。ん~」
そう言って譲治に熱烈なハグをするアルマンド。
久々の心地に人がいることを忘れたかのように、腕を回す譲治。
まるで感動的なワンシーンに、多くの者が目を奪われる中、真理亜と九条惟子がやってきた。
「こ、これは一体。彼女は一体何者なんだ?」
九条惟子が呟く中、真理亜は瞳孔を収縮させながらその場に佇む。
想い人である人が、突然現れた女性に抱きしめられているのだ。
それだけならまだ我慢できたが、それ以上のものまで見てしまった。
アルマンドは愛おしそうに譲治の面頬を外すと、優しい口づけをしたのだ。
周りから黄色い声が響く。
誰もがその場に愛を感じた。
────ズキン!
真理亜の胸が一瞬痛んだ。
しかしとりあえずそれを飲み込んで、真理亜は九条惟子とアルマンドへ歩み寄り話を聞くことにした。
「あの、私はこの子たちのリーダーをやらせてもらっている九条惟子という者です」
「ボクは大久保真理亜。畑中君のクラスメイトです」
「おーおー、アンタらがそうか。オレの名はアルマンド。ちょいとそれなりに名の知れた商人兼魔術師だ。オレの可愛い譲治が世話になったな。無実の罪を晴らしたそうじゃないか」
────ズキンズキン!
「いえ、畑中君はボクの大事な友達ですので。それで、アナタと畑中君の関係は? ……あと、いつまで彼をハグをしているんですか人と話してるときにそれは失礼じゃないですか?」
「お、おい大久保さん……」
今まで抱いたことがない感情に蝕まれながら、半ば睨みつけるような態度をとる真理亜。
普段見ない彼女の表情に困惑の色を浮かべる九条惟子だったが、アルマンドは特に気にする様子もなく、譲治を放して真理亜と向き合う。
「あーいいよ。そうだな。失礼だったな。オレはコイツの命の恩人さ。瀕死の状態の譲治をオレが助けて世話をしてやった」
「へぇ、そうなんですか。でしたらお礼を言わなければなりませんね。ありがとうございます。畑中君はボクの大事なクラスメイトですので、もしもあのまま彼が助からなかったと思うと」
「アッハッハッハッ! 礼には及ばんよ。……さて、リーダーさんよ。いきなりで申し訳ないんだがよ。オレ今日から譲治といたいからよ。譲治の部屋貸してくんない?」
「え? は、畑中君といたいって……し、しかも今日から!?」
「大丈夫だ。金なら払うし、金銭的な支援も物資の支援もしてやるからよぉ。久々に譲治と暮らしたいんだよぉ」
「あ~、いいっスねぇ~アルマンドさん」
「だろぉ~? 久々に夜に燃え上がるってのはどうだい譲治ィ?」
「でもその前に部屋燃え上がっちゃったんスよ。燃えたというか、爆ぜた?」
「なにそれヤバいチョーウケる」
アルマンドと譲治の軽快なやり取りを皆して困惑して見ている中、真理亜はワナワナと小刻みに震えながら拳を握りしめていた。
────ズキンズキンズキンズキン!
アルマンドの言葉を聞くたびに、苛立ちを越えたドス黒い感情が芽生えてくる。
胸が張り裂けそうになり、感情を抑えることが難しくなっていた。
なにより譲治はアルマンドに対してはかなり親し気だ。
いや、親しいという関係を越えたなにかに見える。
ふたりの距離感は近く、アルマンドはその艶美な肉体をすり寄せ、豊満な胸を彼に押し付けていた。
譲治はそれに慣れているかのようでありながらも、嬉しそうにしている。
────彼らは肉体関係を持っているのではないか?
(まさか、そんなことはない。あるはずがない。畑中君は節制のある人間だ。いくら恩人に気に入られているからって、そんな軽はずみなことをするはずがない。そうだ。思春期だから異性への感情はあるにしても、手を出すなんてことはしない! 畑中君が、そんなことするはずがないッ!!)
胸の内で繰り返せば繰り返すほどに、それを否定するかのような痛みが襲う。
気付けばアルマンドは譲治の横に並び、歩き出そうとしていた。
「あの……ッ!」
真理亜がすかさず止める。
前髪で隠れたその目には確かな焦りと不安が宿っていて、声も若干うわずっていた。
「あの、今日からここに滞在されるのはわかりました。彼と積もる話もあるでしょう。でも、同じ部屋というのは承服できません。別の部屋を用意しますのでそこを利用してください」
「やだ。オレは譲治と同じ部屋で一緒に寝るんだ」
「……ッ! あの、青少年にそういうことをするのは教育上よろしくないので」
「お前らンとこの世界のルールなんぞ知らん。この世界では、こういうことをしてもオッケーなんだ。オレの肌の温もりがそろそろ恋しいだろうと思ってよぉ」
「やめてください。彼嫌がってます。ねぇ畑中君、迷惑だよね? 困っちゃうよね? 命の恩人でもこんなことされたら、ね?」
「え、俺ぇ!?」
「嫌なのか譲治?」
「いや、全然嫌じゃ────……」
譲治がそう言おうとしたとき、真理亜と目が合った。
とても少女がしていい眼光ではない。
大きく見開いた目に、極限まで収縮した瞳孔。
片思いゆえに鬼となった化生の怨念と悲哀に満ちた視線が、譲治に向けられている。
────嫌ト言ウンダ。
そう語りかけるように。
これにはさすがの譲治は少したじろいた。
しかしすかさずアルマンドは譲治を抱き寄せるような仕草を、まるで見せつけるようにやって見せる。
「オイオイオイオイオイ、オレの譲治を困らせちゃいけねぇよなぁ~? 別にさぁ~、お前譲治の彼女ってワケでもないんだろ? じゃあいいじゃん」
「────ッ!!」
アルマンドは真理亜が譲治に恋心抱いているのを知っていて、こうも搔き乱しているのだ。
なんのために? ────自分が面白いからだ。
「アルマンドさん、行こう。部屋でちょいとゆっくりしようや」
「おーう、行こう行こう! カッハッハッハッ!」
ふたりの歩く姿を見ながら佇む真理亜を見て、男子ふたりがコソコソと話す。
「おいおい、もしかしてドロドロの展開来た? これは後ろから包丁グッサリのルートじゃねぇか?」
「だな。愛憎劇の始まりだ。大久保って畑中に気があったみたいだし────」
そのふたりの間を投げナイフが超速で飛ぶ。
凍り付く空気の中でふたりが飛んできたほうへ視線を向けると、真理亜が恐ろしい形相でそちらを睨んでいた。
「君たちをまず先にグッサリしてやろうか────?」
この一言にすべてが込められていた。
そしてそのまま静かに歩き去っていく真理亜を見ながら誰もが背筋を凍らせる。
今日のアルマンドと真理亜のことは禁句となった。
九条惟子も話そうとはせず、休息へと戻るが落ち着かず、細々とした仕事へと戻る。
(……────あぁ、こんなにも感情的になるなんて。しかも、クラスメイトにまで当たるなんて……ダメだな、ボクって。最悪だ……最低だよ)
自己嫌悪に陥りながら真理亜は自室へと赴き、ピンク色の音楽プレーヤーを起動させる。
悲しいときによく聴く音楽を音量を少し大きめにして部屋に響かせながら、ベッドに三角座りして、心を落ち着かせた。
「それで、アルマンドさん。ここへ来た理由は? オレに会いにきたなんてただの口実か、そうしたほうが面白そうだからでしょう?」
「お、わかってるね。まぁそういうことだ。部屋に行って話そう。……次の復讐相手のことだ」
「なるほど。じゃあ俺も新しい仲間を紹介しましょうかね」
「お、いいね。紹介してくれ」