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恐るべき愛娘計画

「お前は人間とエルフの子供でもなけりゃ、モンスターでもない。モンスターだったら、俺には近づけないはずなんだ。でもこうして至近距離にいるってことはそうじゃないってことだ。正直に申せ」


「う、ん。わかった。教え、るね」


 クランはベッドから離れ、譲治と向き合うように立つ。

 その瞳には幼子が抱えていい量ではない絶望の色が映っていた。

 

 譲治は注意深く彼女を観察しながら、耳を傾ける。


「わた、しは……クランであって、クラン、じゃ、ない。わたし、は、死ん、だクランを、もと、に、作られ、た」


「……人造人間、いや、人造ハーフエルフか」


「わか、るの?」


「ほんのこれっぽっちだが」


 譲治は少し考えたあとに答えを出した。

 彼自身読書家といえるほどではないが、クランの話を聞きながらストーリーを編んでみると、以前読んだ『フランケンシュタイン』を思い出したのだ。


 クランは閉じ込められる前、母親から聞かされた話があった。


 ある女の子がいた。

 愛されるべき存在だったが、()()で死んだ。


 遺伝子上の問題なのか、それともなんらかの病が原因なのか。

 エルフが長命である以上、ハーフエルフもまた長命かと思われたのだが、その命はすぐに散った。


 必死の看病の甲斐も虚しく、その憐れな娘の姿を見た父親は狂いに狂った。



『そうだ……死なない娘を作ればいいんだ! 待ってろクラン。お前は無敵の存在になるんだ! 病気にも、外敵にも何物にも脅かされない身体にしてやるからな! ハーッハッハッハッハッハッ』



 だが、寝る間も惜しんだ研究も数百回に及ぶ実験もすべて無駄に終わった。

 できあがったのはかつての娘の姿をした化け物だったのだ。


 父親は彼女を完全に拒絶し、日々虐待を加え、それを庇う母親でさえも、クランのことを恐怖と絶望の眼差しでみていたのだ。


 クランに組み込まれたのは、エルフ族の持つ精霊術。


 その中でも最も凶暴な性質を持つ『妖狼』と『ウタウス』と言われる時間を操る精霊が、実験の最中に突然変異を起こしクランの中で融合した。

 

 彼女は未熟ながらも、超越した存在になったのだが……。


「わた、し……は、いらない子……に、なった。クラン、なの、に……クランじゃ、ないって。ねぇ、教えて。……わた、し、は、……なんの、ために、生まれて、きた、の? なんで、作られた、の?」


 クランは嗤っていたが、その瞳は一切の光を受け付けなかった。

 どこまでも赤黒く、譲治を見つめる姿は、彼を大いに惹きつける。


「難しい問いだな。人生ってなんだろうって問いが流行ってんのかこの世界」


「じょーじ、おし、えて……」


「教えられない」


「なん、で?」


「わからないから、というよりも誰も答えを正確に導き出してない。"なんで生まれてきたんだろう"って思う子供と同様、"なんのために子供が生きるのか"を知ってる大人はいない。……いない、と思う。多分。いないんじゃない? うん」


 曖昧な答えにクランはやや不満そうだったが、すぐに諦めて肩を落とす。

 対照的に譲治は目を歪ませて笑っているように見せた。


「ヒヒヒ、どうせ過去なんぞ、懐かしさと後悔の詰め合わせだ。俺にはもうそのほとんどがなくなってるが……こうして生きてる。言ったろ? 憎悪えがおだ。過去を持たなくても、未来がなくとも、人は現在いまに憎しみを抱ける。俺の中にはもう憎しみくらいしか残ってないんだ」


 クランの胸を指差す譲治の言葉に息が詰まったようになる。

 目の前にいる譲治はただのイカれた人間だ。


 だが、今の自分以上に化け物染みた狂気を孕んでいることはわかった。

 なにが彼をここまでさせるのだろうかと、クランはますます興味を抱く。


「憎しみを抱くことは悪じゃない。にもかかわらず、憎しみに囚われた奴や憎しみの感情を抱く奴を、まるで醜く卑しい下等生物のように見る。違う違う違う。憎しみなくして俺たちは存在し得ない。憎しみが、俺たちをここまで強くしたんだ。えぇ、そうだろ?」


「にく、しみ……」


 その言葉を聞いたとき、脳裏に浮かんできたのはまさにあの光景。

 自分のことを捨てた両親、そしてこんなにも自分が苦しんでいるのにのうのうと生きている周りの人間。


「けして見逃すな。もしも人生に意味があるとしたら、それはほんの一瞬のチャンスのことを言う。それを掴むか否か、お前次第だ」


 そう言うと譲治は立ち上がりアイテムボックスからあるものを取り出す。


「さて、改めて自己紹介。俺は譲治。これは、俺の名刺代わりだ。よ~く味わってくれ」


 それは真っ赤なリンゴ。

 クランに手渡すと彼女の両手にすっぽりと収まる。


「さっき、まりあに、リンゴって……」


「それはそれ、これはこれ。これは他人に手渡す用だ。俺のスキルで特別に作り上げたんだ。年がら年中甘くてジューシー。……さて、俺はもう行くぜ。楽しいお仕事のことを考えなくちゃいけないんだ。ヒッヒヒ」


 譲治は杖を突いて治療室から去っていく。

 振り向きざまに彼を見送りながら、クランはリンゴを軽く握った。


 それは譲治からのプレゼントのように思えて、愛おしい。

 そしてゆっくりと口に運び、味を堪能する。


「あむ……んはぁ……はぁ……ん、む」


 果汁に舌を絡ませながら果肉の甘みに恍惚の気分を得ていく。

 食べれば食べるほどに、頭の中がぼんやりとしていき、味覚に身を委ねるようになっていった。


 食べ終わったときには、これまでにない満足感を得ると、視覚がはっきりとしたような感覚を覚える。


「憎しみ……でも誰を? ……あ、そう、か。ぜ~んぶ、壊しちゃ、えば、いいん、だ」


 クランの目にはもう、あの絶望の色はなかった。

 代わりにあるのはこれまで抑え込んできた憎しみの輝き。


 彼女にもまた憎悪えがおが張り付いた。



(そう、憎くて憎くて仕方がない。そういう奴の力になれたら、そりゃいいことだ。クランには見込みがある……蘭ほーなんぞよりもずっとな。まったくおーくぼには感謝だぜ)


 譲治が廊下をひとり歩いているときだった。

 外に人が集まっているのを見て、窓から覗いてみると目を見開かんばかりにギョッとした。




 なんとアルマンドが砦に来訪していたのだから。

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