それぞれの疑惑
執務室で九条惟子と大久保真理亜が向き合うようにソファーに座り話し合う。
先ほどまで、爆発した建物の始末でてんやわんやとなっていた。
その作業を終えてから、九条惟子は神妙な顔つきで、不安を押し殺した無表情をしながら足を組んでいる真理亜に、ずっと溜め込んでいた疑問も投げかける。
「大久保さん。ここ数日で何人も死んでる」
「そうですね」
「彼が戻って来てからだ」
「……畑中君がやったとでも?」
「信じたくはない。だけど、彼のあの不気味な変わりようと、この現状を見るとだな……」
「ボクは畑中君を信じています。人の心は、そう簡単に闇に落ちたりなんかしません。彼が帰って来てからのはきっと不幸な事故です」
「そうだといいが」
九条惟子の心は沈んでいた。
彼女の精神状態は悪いほうへと向かっており、戦いにおいても格下に苦戦することも珍しくなくなっている。
「九条先輩。アナタはここ数日ロクに休んでいません。任務へ向かったり、城へ赴いたり、夜にもなれば無数の書類に目を向けたり。……いくらアナタが上級生だからって、こんなのまだ成人してない女子がやるような仕事量じゃないですよ」
「成人してもやる量でもなさそうだけどな」
「今日と、明日丸一日。休んでください。それからまたゆっくり考えましょう」
「そうか、わかった。そうさせてもらうよ。……君はこれからどこへ?」
「彼のお見舞いに行きます。あの爆発で転倒したそうで、今個室の治療室にいるんです。差し入れがなにもないのが残念ですが」
「行ってやれ。私なんかが行くより、君が行くほうが彼は喜ぶ」
九条惟子は力なく笑いながら、執務室の続きにある自室へと入っていった。
真理亜の提案を吞んで、しばらく休むことに。
真理亜は早速、治療室のほうへと向かった。
譲治に大した怪我はないようだが、一応安静にということで寝ているらしい。
「ここか……」
真理亜は髪の毛を直したり身なりを整えたりしてから、ドアをノックする。
「畑中君、大久保です。入ってもいいかな?」
「どうぞー」
ドアを開けると、譲治はベッドに座り、いつの間にか来ていたクランの相手をしていた。
「あれ、クランも一緒だったんだ」
「俺のお見舞い第一号」
「じゃあボクは第二号だね。座っていいかな?」
譲治に許可を取り、向かい合うようにイスを持って来て座る。
足を組んで、首を少し傾けながら譲治に微笑んだ。
「こりゃ嬉しいね。幼女にクラスメイトの美少女っていうハーレム。世の男子からのやっかみは免れないな」
「フフフ、そうかもね。もうひとりくらい女子を呼んでこようか?」
「遠慮しとこう。節度は必要だからな。……それで?」
「それでって?」
「見舞いってのはただの口実だろ」
「いいや、ボクはただのお見舞いだよ。まぁ、見てのとおり、お見舞いの品のひとつも持ってないから、疑われて当然かもね」
「今度運ばれたときはリンゴかケーキを用意してくれ。アンタとなら、そういう時間も悪くないだろ」
「考えとくよ。でも、今はそういうのがないから、そうだなー……。ボクとお話するっていうのはどう?」
「お話? 尋問だってんなら黙秘権と幼女と戯れる権利を行使するぞ。俺にはその権利がある」
そう言いながら譲治はクランの頭を撫でる。
彼女を助けた真理亜と、なぜかは不明だが譲治には心を開いているのだ。
クランは譲治の右足に身を寄せてながら、撫でられる頭の心地良さに目を細める。
「うん、後者の権利は後々議論しよう。徹底的な追及をさせてもらうから。あ、勘違いしないで? 別に君が幼女趣味かを疑っているわけじゃないんだ。ただ真実が知りたいだけなんだよ」
「すみません冗談でした」
「わかればよろしい」
「ハァ~、クラン、おーくぼとの話が終わったらまた話そう。ちょっと外してくれ」
「わかっ、た」
クランが小走りで部屋を出たのを軽く手を振って見送ったあと、譲治は真理亜の顔を覗き込むような角度で見る。
「で、俺はなにを吐けばいい? アンタの狙いはわかってるよ。あのことだろ? ウチの担任のあの、ナントカっていう女教師、この世界の男とデキてるって話だろ?」
「いや、別に情報が知りたいってわけじゃ……え、マジで? 初耳なんだけど?」
「うん、こないだ砦の裏で見張りの兵士と昼間からよろしくヤッてたの見たぞ。……あれ、これを聞きに来たんじゃないのか?」
怪訝そうな表情をする譲治と顔を赤くしながら咳払いをする真理亜。
真理亜としてはこのまま気まずくなって沈黙するのは避けたかった。
静かにしていると、本当に窓の外から、"そういった声"が幻聴でも現実でも聞こえてきそうだったから。
「クランには話さないように」
「アイツ多分もう知ってるんじゃないか?」
「止めなよ!」
「すばしっこく走り回る子供に俺が追い付けるとでも?」
「ぐ……ご、ごめん」
「いいって。それじゃあ、なんだ? 俺と話って」
「別に、本当に他愛のない話がしたいだけなんだ。学校の昼休みとか、休日に遊びに行くときみたいに、普通の高校生のような会話がさ」
「……なぜ俺に?」
「ボクがそうしたいからだよ。それに、君自身にもそういう時間は必要だと思う。……ボクとじゃ、嫌?」
伏し目がちに悲し気な表情をして見せる真理亜に、譲治は頭を掻きながら軽く下を向く。
軽く息を漏らし、譲治は再び真理亜の顔を見ると、肩を竦めながらも頷いた。
「まぁたまにはいいだろう。で、なにを話せばいい?」
「なんでもいいよ。漫画でもアニメでもゲームでも……ボクもそういう話好きだし。ボク、君のそういう好みとか知りたいな。あ、でもエッチなのはダメだからね?」
「なるほど。でも俺は誰かに語れるほどアニメとかには詳しくない」
「好きな話題でいい。ボクは君の話を聞いていたいんだ」
「じゃあ、そうだな。いっそ、人間の心について話してみるか?」
「心?」
「あぁそうだ。よく漫画やアニメとかでも"心が壊れた"とかよくそういう描写あるよな? 俺はあれに異議を唱える」
「ほう、それは面白そうだね」
しかし、ここで譲治の表情にドス黒い陰りが見えたのに気付く。
地雷を踏んだかと一瞬焦ったが、譲治は淡々と語り始めた。
「これは俺があの冤罪裁判のあとに学んだことだ。結論から言おう。"心が壊れる"なんて嘘っぱちだ。心は簡単には壊れない。────簡単に壊れてはくれないんだ」
面頬の奥からくぐもった声が響いた。
真理亜の意識はその面頬の奥へと吸い込まれていくかのような錯覚に陥る。
「上からガラスを落としてカチ割るみたいに、簡単に壊れてくれるなら、人間はさほど苦労しない。壊れちまえば好きに狂って現実から逃げられるからな。……どんなに叩きつけられても中々壊れないから、苦しいんだ。心に傷はついても、ずっと正気を保ったままだ。正気を保ったまま苦痛と恐怖に耐えることがどんなに地獄かわかるかアンタに?」
譲治の問いに真理亜は答えられないかわりに、口を閉じて憂いの目で彼を見つめる。
譲治が少しでも自分の中に溜め込んだ辛い思いを吐き出せるのならと、真理亜はずっと耳を傾けた。
「いきなり暗い話をしてすまない。ここからが俺の本題だ。俺はね、そういう気持ちを味わう人間の話を聞いて、ソイツの力になれたらなって思うわけよ」
「え?」
「俺の経験は確かに悲しい。だが、この経験をもとに誰かの役に立てるのなら、それはプラスだろう? そうじゃないか?」
「そ、そうだね。そうだよ! できるよ畑中君なら! ボク応援するから!」
真理亜は嬉しさのあまり思わず立ち上がる。
拳を握り、希望を宿した瞳で彼を映しながら少し涙ぐんだ。
「よかった。……暗くなってるのかなって思ったけど、うん、畑中君は畑中君で頑張ろうとしてるんだね」
「ご理解いただけて感謝しやす」
「ううん、いいんだよ。ボクにできることがあったら言ってね? 力になるから」
「わかった。じゃあ……あー……折角盛り上がってるところ申し訳ないんだが、そろそろクランと交代していいか? ホラ、待ちかねてドアの隙間からむくれてる」
「あ、うん。ごめんね。ありがとう畑中君。……また、お話しにきてもいいかな?」
「今度はなにを話す?」
「ボクたちの課題にしようか。お互いテーマを決めておこう」
「あいよ」
こうして真理亜は上機嫌で治療室をあとにした。
クランがゆっくりと譲治に歩み寄り、譲治の隣に飛び乗るように座る。
「さて、クラン……。さっきの話の続きだ」
「うん……いいよ。じょーじ、には、わたしの、こと、知ってて、ほしい」
「じゃあ、クラン。……────」
お前、ガチで何者だ────?