被告その②:死霊術師カタギリ
『どうせ歩くくらいしかやることねぇんだから、ちょいと話をしてやろう。蘭法院綾香とカタギリについてだ』
────北の山。
かつての美しい緑はすべて枯れ果て、岩肌がむき出しになっていた。
山を包み込むように、陽の光すらも漏らさぬほどの分厚い灰色の雲が天を覆っている。
無数の浮かばれぬ霊魂が彷徨い、魔術によって腐った肉体が山を守るように徘徊する。
怪しげな灰色の靄がかかる中、譲治はひとり、緩やかな山の坂を歩いていた。
『まず、蘭法院綾香はカタギリに惚れていた』
『え゛!? うわ~、マジかぁ~。そういや、カタギリって医者かなんかの息子だっけ? なるほど、金持ちの家同士か』
『蘭法院綾香には姉がいる。教育に厳しい両親は綾香よりも、すべてにおいて高いスペックを持つ姉のほうをずっと可愛がっていたようだ。それでも誇りをと、孤独の中学校内で気品ぶっていた。そのときに、カタギリと出会い、恋に落ちた。いいねぇ~ロマンティックだねぇ』
『家庭事情も知ってるとかアンタマジですごいな。しかしなるほど、それで俺に当てつけと言わんばかりに犯人扱いしてたのかねぇ』
『さぁねぇ~、そこは帰ったら本人にでも聞いてみな』
『話したくないんスよねぇ~。まぁいいや、どうせまともに喋れなくなるし』
聖杖『ホーリー・クイーン』の効果で、アンデット系が寄り付かないどころか、下手に近づこうものなら強制的に浄化させられる。
そのため譲治は安全に山を登ることができたのだが、如何せん、左足がないままでの山登りはキツいどころのものではない。
トレーニングを積んできたとは言え、そろそろ音を上げそうになったころだった。
「おぉ、ようやく内部へ入れるってわけか。入り口が分かりやすくて助かる」
中はいくつもの松明で照らされ明るい。
長い一本道の途中ににいくつもの部屋が容易されている。
奥へと進むと、譲治はある部屋の前に辿り着いた。
「ここだけなんか違うな。ドアの作りっていうかなんていうか。匂いがするな……フローラルな、こう……ハイ、お邪魔しまーす」
譲治はドアを開けると内部の様子に目を軽く見開く。
山の中にこしらえたとは思えないほどに豪勢な内装で、ベッドやソファーなどがいくつもあった。
その上でまるでくつろぐようにして、死んでいる美女美少女たち。
それぞれの着ている衣装は違い、その誰も彼もが生前の綺麗なままでいた。
死んだ直後でまだ残っている肉体の温かさを、カタギリの術により保持したまま、彼女らはこの空間を埋め尽くしていた。
美しい蝋燭の光に照らされながら広がるこの光景に、冒涜的な美を感じる譲治。
村娘は勿論、貴婦人や武人まで、生前の様々な特徴を持った女たち。
中にはベッドの上で衣服や体勢が乱れた状態で放置されているものもあった。
すべてカタギリが集めて、魔術で死んだ直後を保てるよう保護したのだろう。
「あー、アイツ、そういう系? そういうの好きなタイプ? あーあー、花京院、じゃなかった蘭ほー院ちゃん残念だったねこりゃ。気になる異性の性癖でドン引くパターンって辛いやなホント」
譲治はそのまま奥まで歩いてソファーに座る。
しばらくここで休憩という以前の自分ならあり得ない選択をした。
ソファーでくつろいでいると、隣に座っていた美少女の死体が彼の肩にしなだれかかるようにして崩れてきた。
「お、おぉ。いきなりそんなことするなんて大胆だな。……君、名前は? 死んでどれくらい経つの? え、教えたくないって? オイオイオイ、君って案外焦らし上手?」
死体と謎の会話を始める譲治。
まるで、大人の店に来ているかのような高揚感に似た感情を覚えた。
「へー……へー……、あらそー。でもこの業界って結構厳しいんじゃないの? 見ろよ君の先輩皆死んでるぜ? もう口もききたくないって感じ。君のところのオーナーくらいしか話す人いなくて寂しくなぁい? 聞き上手って解釈もできるけど、それじゃあねぇ」
ケラケラとひとり笑う譲治は、この空間に一種の居心地の良さを感じていた。
しかしこれ以上休憩すると居眠りを始めてしまいそうだと、譲治は立ち上がるために姿勢を整える。
「生前の君とも話したかった。きっとすっげぇイイ子だったんだろうなぁ。あ、勿論今の君と話してても楽しかったよ。いや、ホント。本当は周りのお姉さん方とも話してみたかったが、如何せん時間が押してる。……あ、ところで、ここのオーナーの居場所知ってる? いやなに、ここのオーナーとは、知り合いみたいなもんでさ。挨拶しときたいんだよ」
そう言って立ち上がると、死体はスルスルと譲治が座っていたところに寝転がる。
左の人差し指がほんの少しだけ立っており、その方向を見ると、ドアを見つけることができた。
「マジか。ありがとう君。わかってる、チップだろう? 死んでてもチップは欲しいんかいやしんぼめ。おーっし、待ってろ、こういうのテレビでしか見たことないから上手くできるかなっと」
譲治は金貨を3枚、死体の胸の谷間に挟むように入れた。
我ながらイカれてる行動だとは思ったが、軽いジョークとして受け流す。
なぜなら、今からもっと笑える復讐を展開するのだから。
「さて、行きますか。じゃあな皆様方、そのままずっとイイ子に死んでてくれ。死んでてくれぇッ! HAーHAHAHAHAHAHAHAHAッ!」
ドアを開くと奥のほうに光が見える。
譲治は半ば踊るように回りながら通路を進んでいった。
元の世界にいたころは、イズミとふざけて廊下で踊ったり、自分で独自にダンスの練習をやってみた経験がある。
左足がないといえども、杖を巧みに使い、華麗なステップを踏みながら意気揚々と進み、階段を昇っていくと、そこは山の頂上に設けられた展望台についた。
石造りの簡素なデザインの像で円状に囲んでいるその奥に、カタギリはいた。
最高に気分がいい譲治に背を向けるように、ワナワナと肩を震わせている。
「まさか、生きていたとはな。畑中譲治」
「おう生きてたとも。途中で蟹の餌になりかけたがね」
「ジュンヤと連絡がつかない。まさか、お前が?」
「俺が就職先を探してやったんだ。やりがいのある仕事だって泣いて喚いてたよ。キラー・ビーとハチミツ作りだ。そういやハニートースト好きなんだってお前? 今から行ってくるか?」
「黙れ!」
マントをひるがえし、カタギリは眼鏡の奥で怒りに燃えた眼光を譲治に向ける。
死霊術師の使う魔杖を持ち、天候を急変させるほどの魔力を宿した。
「くふふ、なんだお前。見るからに満身創痍じゃないか。えぇ? 左足なしであの布陣をどうやって切り抜けたかは知らないが、ここでお前は終わる」
「終わる? いいや俺は終わらない。俺が笑っている内はけしてな」
「ふん、お前、現実がわかっていないな? 僕は【レベル270】の死霊術師。対するお前はレベルたった25の僧侶。どうあがいてもお前が勝てる道理はない」
レベルはジュンヤより高い。
しかし、聖杖『ホーリー・クイーン』の力を以てすれば、死霊術など敵ではない。
ましてや、カタギリは近接戦闘が苦手なタイプの職業だ。
こちらの聖霊兵を数人出せば、そのまま取り押さえるなど造作もない。
カタギリにとって譲治は最悪の相性の持ち主なのだ。
「さぁ果たしてそうかな? 死体のカワイ子ちゃんとイチャコラし過ぎて頭鈍ってるんじゃないか?」
「……お前、僕のコレクションに触ったんじゃないだろうな?」
「触ったって言うか、あっちから接待してきてくれたんだホント。お礼にチップ弾んどいたぜ」
青筋を立てたカタギリは術を行使した。
悪霊や死霊が慟哭を上げて、譲治に喰い掛かってくる。
だがどれもが譲治には届かず、浄化されて消えていった。
攻撃の手を緩めず、アンデット系のモンスターをひと通り召喚するが、どれも譲治には当たらない。
この光景にカタギリは冷や汗を流す。
「な、なん、だと? そんな、僕の力が無力化されるなんて……ありえない」
「いや、ありえるんだなこれが。お前の今持ってる手段と、俺が今持ってる手段との相性は最高に悪い。俺は見ての通り戦えない。だが、お前が戦闘に持ち込んでも勝てる自信はある」
譲治の言葉に心臓の鼓動が早まり、嫌な考えがずっとよぎる。
貶めたはずの相手に、ましてや遥かに格下の相手に負けるのではないかという屈辱への不安がカタギリの冷静さを失わせた。
「ふざけるな! そんなの認めない! 畑中譲治、お前は犠牲になるんだ。僕の尊い理想のためのな! お前は世界のために、僕の夢のために死ななければならないんだ!」
「……オーケイ、遺言として聞いてやろう。聞かせろよ。お前の理想とやらを」
「いいだろう。語ってやるよ。そして思い知れ。僕の理想がどれほど高貴かをな!!」
内容に関して然程興味を持っていない譲治は、カタギリが話す間に復讐の内容を考えていた。