シュトルマの嫉妬、北の山のカタギリ
一方、九条惟子は王の間で数度目の謁見を行っていた。
目的は主として畑中譲治の有罪の取り消しである。
譲治が戻って来てから、何人も後輩が死ぬという目に遭いながらも、九条惟子は心を強く持つこととした。
譲治が生きて戻って来たのは恐ろしくもあったが、嬉しくもあった。
なのでなんとしても無実を勝ち取る。
そうでもしなければ、きっとフミヤも浮かばれないと。
しかし、真理亜が揃えた証拠と主犯である5人の逃亡の件を伝えるも、王は頑として首を縦に振らない。
あのときの不正判事もまた、自らの判決を覆そうとはしなかった。
「九条惟子。お主は我が国の英雄であることは、最早余だけでなく臣下や民草も認めていることだ。だが、これ以上の訴えは余とて我慢ならん。これが最後の通達だ。畑中譲治の有罪は確定である。これは未来永劫覆ることはない。よってこれ以上の上告は許さぬ」
「恐れながら国王陛下。こちらには証拠がすべて揃っております。畑中譲治に我々を裏切ることはおろか、その意思すらなかったのです。すべては、申し上げたかの5人が判事と友人に大金を握らせて仕組んだこと。情報によればその内のひとりは遺体で発見されましたが、依然として残り4人の行方はわかっていません。彼らを早急に捕らえ、自白させれば、畑中譲治が完全な無実の人であったことが証明できます! ですので────」
「くどいッ! 貴様、余のみならず、代々より続いてきた我が国の法までも侮辱するか! 異世界の英雄とて、それ以上は許さぬ!」
「くッ……」
怒鳴り散らす王の傍らで、臣下たちは申し訳なさそうに目を逸らしていた。
その多くが数々の証拠を聞いて、畑中譲治の無実を信じたからだ。
中でも大臣と姫君は譲治の無実を真っ先に信じた。
聡明なふたりは王へ説得を試みたが、それでも聞かなかったのだとか。
大臣は口惜しそうに九条惟子を見ながら目を伏せる。
自らの力量不足を悔い、心の中で懺悔していた。
そんな中、整列していた騎士たちの中からひとりの女性騎士がズカズカと九条惟子に歩み寄ってくる。
「ふん、何度も何度も訪れにくるかと思えば。戯言もたいがいにされてはいかがかな?」
騎士の名は『シュトルマ』といい、王に絶対の忠誠を誓う若き剣豪。
血気に逸る面が強く、忠誠のためならばと強引な手段を用いることもしばしば。
「シュトルマ殿、王の御前であるぞ!」
「黙らっしゃい! 我らが王がこの女の戯言に業を煮やしておられるのだ。であるのなら、臣下としてこの女の蛮行を止めるは至極当然の役目。……九条惟子。これ以上の狼藉はこのシュトルマが許さんぞ!」
シュトルマが黒い長髪を後ろでまとめたポニーテールを揺らしながら、柄に手を掛けた。
殿中にて刃を晒すなどご法度であるが、シュトルマは王を守るためなら平気でそれをやろうとする節がある。
彼女のレベルもまた、九条惟子には断然届かない。
九条惟子が手加減をしても負けるのが難しいくらいに。
そのこともあって、九条惟子は比較的落ち着いた表情で諭す。
「シュトルマ殿。私は、大事な後輩が無実だったことを陛下に正式に認めてもらいたいだけです。けして敵対するためではない」
「黙れ! そもそもだ、その大事な後輩とやらに裁判のとき真っ先に斬りかかろうとしたのはどこのどいつだ? ……話は聞いているぞ? お前は、畑中譲治がフミヤとかいう奴を毒殺したと信じて疑わなかったらしいな?」
「……そ、それは。あのときは、気が動転して……。だ、だが、今は違う! 彼は無実で、私の大事な後輩で、大事な仲間なのです」
「それで命からがら戻って来た奴をずっと砦に入れて保護しているのか? フン、我々が知らないとでも思ったか? いいか、罪人を匿っておきながらもそれに対しなんのお咎めもないのは、お前たちのこれまでの働きに免じてという、我らが王の寛大な御心あってのことだ」
「わかっています」
「フン、どうだかな。それに、砦の中ではなにやら不審死が続いているようではないか。その誰もが、畑中譲治と関わりを持つ者たち。……もしかして、奴が復讐などという蛮行をしているのではあるまいな?」
「それはありえません。彼は左足を失い、杖なしでは歩行もできない状態です。それに、惨状の現場を見てもなんらかの術が使われた形跡は一切見られませんでした。……この情報も、そちらに伝わっているはずでは?」
「ぐ……」
シュトルマは言葉に詰まる。
彼女はこの場で九条惟子を言葉で畳みかけてやろうかと思っていたのだが、失敗に終わった。
それを見ていた王は呆れたように溜め息を漏らしながらも、熱くなった感情を冷やしていく。
「もうよいシュトルマ。貴様は黙っておれ」
「あ、……ハハッ」
シュトルマは下がると同時に悔しそうに歯ぎしりを行う。
周りの騎士や文官たちはシュトルマを冷ややかに見ていた。
猪武者のでしゃばりで、場がシラケたようになり、中には舌打ちをする者も。
城内での彼女の評判はあまり良くないらしいと九条惟子は察した。
「九条惟子、砦に戻るがよい。お主たちのお陰で魔王討伐、そして周辺諸国の完全征服は近いものとなった。即ち、お主らの世界への帰還はもはや目前であると同義。これからも励むがよい」
「ハッ」
九条惟子が踵を返し去っていく姿を誰もが敬意を以て見守る中、シュトルマだけが敵意を剥き出しにして見ていた。
(王に盾突こうとしただけでなく、この私にまで恥をかかせたな……)
王が玉座から立ち上がり、この場を去ったときだった。
「……シュトルマめ、出過ぎたことを」
「えぇ、まったくですわ」
「英雄殿たちから手柄を奪われて僻んでるって噂だぞ」
「なるほど。それで陛下にわざわざ媚びを売るような真似を」
「見ました? 陛下の鬱陶しそうなお顔を」
「ホントに。昔から陛下のことになるとすぐに身を乗り出して場を無茶苦茶にしようとなさるんですものあの人。どうして自制ができないのかしらね」
小さな声でシュトルマを中傷するような言葉が様々に飛び交う。
シュトルマはその中で拳を握りしめ、歯を食いしばった。
(馬鹿に……しやがって……ッ!!)
シュトルマは確かに嫉妬していた。
王に対する忠誠は本物でありながらも、突然異世界からやってきた忠誠心もなにもない人間に手柄を横取りされてしまったことがなによりも屈辱であった。
戦場へ出れば最前線へ飛び出て、どんな苦境にも負けない精神で乗り越えてきたにも関わらず、その評価は『猪武者』だ。
王もまた、彼女に対してはあまり良いイメージは持っていない。
彼女より優れた騎士や魔術師は山ほどいる。
それが逆にみじめだった。
「くそ……」
やりきれない思いを抱えたままで見る日の光は、心に濃い影を宿すほどに眩しかった。
『譲治、九条惟子の説得は失敗だ』
『でしょうねぇ。で、ほかにはなにか面白そうなのありました?』
『まぁ、ひとりだけな。それよりも譲治。北の山にいるクラスメイトがわかったぞ。死霊術師のカタギリって奴だ。山に魔力を張り巡らせてゾンビ兵やら悪霊を召喚して守らせてる。まぁ、お前さんのホーリー・クイーンならまるで問題ないな』
『カタギリ? あぁ、あの見るからにがり勉の。へぇ、そりゃすぐにでも赴きたいですねぇ。でも今ちょいと厄介事があって。……終わったらすぐに行ける準備します。それじゃ!』