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謎の少女、クラン

 大久保真理亜が砦へ帰ってきた。

 皆が出迎えする中、少女が目を覚ます。


 たくさんの人に囲まれているのと、陽の光に照らされていることでパニックを起こし、真理亜の背中から降りようと暴れまわった。


「あ、ちょっとッ!」


 少女は包まれた布をマントのように羽織りながら、木の陰に隠れてそこにいる全員を睨みつけながら獣のように唸る。

 幼女とは思えないほど機敏な動きだった。


「おいおい、なんだあの子は?」


「大久保さん、どうしたのあの子?」


「任務へ行ったときにね。保護したんだけど、どうも心を開いてくれなくて」


 真理亜は申し訳なさそうに頭を掻いた。

 そこへ蘭宝院綾香と取り巻きがやってきて、少女ともども真理亜を嘲笑する。


「あらあら、なにやら異臭がすると思ったら……。とうとう奴隷買収にでも手を出したのかしら?」


「やだぁ、大久保さんってそういう趣味持ってんの?」


「クスクス……」


「……この子は盗賊に占拠されていた屋敷から保護しただけだよ。両親も殺されて、暗い中でずっとひとりぼっちだった」


「────ッ!」


 その言葉を聞いた蘭宝院綾香の反応が変化した。

 それを見逃さなかった真理亜はどうしたのかを問おうとしたそのとき、杖が地面を突く音と、引きずるような足音が聞こえる。


「畑中君。ごめん、騒がしかった?」


「いんやぁ。なんか面白いモンねぇかなぁって思って歩いてたら、案の定面白そうなのがあっただけだ」


 そう言って、譲治は木の陰にいる少女に目を向け、そのまま歩み寄っていく。

 アルマンドとともに遠視で見たあの現場にいた少女だ。

 

「お待ちなさい。アナタのような犯罪者が近づいていいわけないでしょう」


「蘭宝院さん、いい加減に……」


 またしても衝突しそうになる蘭宝院綾香と真理亜を余所に、譲治は近くまで近づきしゃがむ。

 片足のない男が近づいてきたことで、困惑した表情を見せる少女。


 唸り声を出すのはやめてはいるが、依然眼光鋭く睨みつける少女に、譲治は面頬越しに笑いかけた。

 特に意味などは考えていない軽いコミュニケーションのつもりだ。


「ハァイ、女児ィ」


「……」


「なんか喋ってくれよ。やってる俺がバカじゃないか。俺は畑中譲治だ。君を助けたあのねーちゃんとは知り合い。で、君は?」


「……」


「マジで反応なしか。よぉし、お近付きの印に手品をしてやろう」


 そう言って取り出したのは例のコイン。

 手先が器用な譲治は簡単なものを見せていく。


 握りしめられたコインが瞬く間に手の甲に移動している手品や、両の指先で弄ぶコインが突然消える手品などに興味を示したのか、こちらへの警戒をしながらも若干表情が柔らかくなる。


 咄嗟の発想で手品をやってみたが、手応えはあったことに譲治は安堵した。

 これでもしもまた反応がなければ、さすがに心が折れていたかもしれない。


 その中で譲治は直に感じ取っていた。

 彼女の瞳の奥に宿る憎悪の渦を。


 布から覗く腕などを見ると、火傷の跡や内出血痕、そして注射のような針を刺した痕などが見られた。

 真理亜が彼女を保護したとき、かなり暗い場所だったので見えなかった可能性もあるが、やはりかなり訳ありの少女と見える。


 手品を終えると、少女の目線がコインのほうに向いているのに気付いた。

 掌に乗せているコインをよく見ようと、木から身を乗り出し顔を近づける。


「……コインが気になるか?」


「……う、ん」


 ぎこちない発音で、ゆっくりとコインに手を伸ばして手に取ってみる。

 表の邪竜と裏の天使を見ながら、細い指で感触を確かめるように凹凸をなぞった。


 赤黒い瞳に一瞬不気味な光が宿る。

 コインを返すと、今度は譲治の顔を無遠慮に触り始めた。


「お面、つけ、てぁ、る」


「これがないとダメなんだ。上手く笑えない。外すとすぐに泣いちゃうんだ。可笑しいだろ?」


「なくの?」


「そう、でもこれを付けていると笑顔でいられる」


 そう言って譲治は両の人差し指で口角を押し上げるような動作をして見せた。

 それに合わせるように、少女も慣れない手付きで行う。


「ここは夢や希望のなんてない世界だ。だが、俺は憎悪えがおのパワーを知っている。憎悪えがおがあればヒトは夢や希望なんかがなくても頑張って生きていけるんだ。凄いだろ?」


 その話を聞いた少女の銀色の髪が風に揺れて、木漏れ日とともに光る。

 赤黒い瞳は譲治の顔を真っ直ぐ映し出し、譲治の瞳もまた目の前の少女を映し出した。


「みえ、る」


「あん?」


「アナタの中、すごく、ある。にくしみ……たくさん、グルグル、ぐるぐる」


「ほう」


「そのおくに、誰か、いる……綺麗な、ひと、だけど……モンスターなんかより、ずっと、こわ、いヒト」


 この少女の能力に興味を持った。

 明らかに隠されたなにかを秘めている目の前の子供に、譲治は目を細める。


 目の前の少女は四つん這いに近い体勢で、不気味な笑みを浮かべていたのだ。

 まるで自分と同類の存在を見つけたかのように、その赤黒い瞳には人外の狂気を孕んでいることがわかる。


 淡々と話す少女を見ながら、譲治はシンパシーに近いものを感じた。

 譲治もまた、少女の中の渦巻く無数の憎しみが見えている。


 きっとそれはスキル【魔女の叡智】によるものなのだろうが、少女の場合は違った。


(俺はアルマンドさんと出会ってこのスキルを得たが……コイツはコイツでそれに類似するようなスキルを持っているのか?)


 試しに【魔女の叡智】による情報看破でステータスを見てみたが、文字化けしたように乱れたものが映し出されるだけで、正確なものは見られない。


 アルマンドなら完璧に見れるかもしれないと考えた譲治は、彼女と会わせてみることも念頭に置いた。

 そして少女の過去も気になったのだ。


(大久保め、とんでもない化け物を連れてきやがって。賑やかになっちまうな)


 少女が譲治に敵意を見せていないのはまさに天啓とも言える。

 子供の無邪気さは獣の獰猛さと狂気を宿し、日の照らす大地へと足を踏み出した。


 この事実に譲治は面頬の中で密かに笑う。


「改めて聞く。名前は?」


「クラン」


「クランか。いい名前だ。また会おう……」


 そう言って譲治は立ち上がり踵を返す。

 

「おい、いつまで言い争いしてんだ。この女の子、風呂に入れるなり飯食わせるなりしろよ。保護するんだったらな」


「あ、うん。ごめんね畑中君」


 真理亜がクランに駆け寄る。

 クランは真理亜に連れられながらも、ひとり歩いていく譲治を視線で追った。


 そして、その譲治を追う蘭宝院綾香とその取り巻きの姿も。


 一方、城では惨劇の現場の処理を終えた九条惟子が赴いていた。

 そこでもまた一悶着起こることに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ハァイ、女児ィ」はだからズルいです。 あと何発弾があるんだ... 保護したのが怪物とは、また一味違う波乱を呼びそうな怖さが出てきました。ゾクゾクしたいので先が楽しみです
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