死の聖母は一撃で
その戦いはまさに鬼神が如しだった。
ハリウッド映画のアクションシーンばりに弾丸を急所に撃ち込んでいく真理亜。
アクロバティックな動きで翻弄しながら銃と剣を使い分ける姿に譲治は唖然とした。
まず彼女はノールックでヘッドショットを何発も成功させている。
続いて直刀を背中から二振り引き抜くと、斬りかかってくる盗賊たちの攻撃を躱しながら、屋敷内の薄暗闇に刀身の煌めきを宙に走らせた。
閃光が軌道を描くたびに、噴血が迸る。
自信満々の下卑た声が、悲痛を交えた断末魔へと変わっていった。
そのほかにも、徒手の体術や手裏剣、苦無による投擲、ワイヤーを使った攻撃、そして闇属性の魔力で作ったトラップなどを使い分け、敵を殲滅していく。
まさに一方的な虐殺に等しく、あれだけいた盗賊は瞬く間に減っていった。
『見ろ。あらゆる方位からの気配を読み取り、射程圏内に入った敵には、最早必中と言えるくらい精度の高い容赦なしの死の一撃を与える』
『俺の無実を証明した女子がすでに人間をやめていた件』
『だな。……お、今度は逃げた敵を窓から攻撃するらしい』
真理亜が次に取り出したのはゴツいスナイパーライフル。
構えてスコープを覗いた直後にはすでに引き金を引いてひとりを射殺していた。
『速ぇ……』
『遠距離も射程に含む武器を持つのなら、それも奴の"スキル"の範囲内となる』
『スキル? これはアイツのスキルの効果ってことッスか?』
『そうだ。No.2の実力に相応しい強者が持つにはうってつけの代物だ。暗殺系特殊スキル、その名も【死の聖母】だ』
『……死と同等の絶対者か。ワァオ、アイツにゃピッタリだ』
『成人してたら、セニョーラ・デ・ラス・ソンブラス。……"影の貴婦人"だな。死を司るだけでなく自らに降りかかる死すらも容易に弾き返すほどの加護を宿すのがこのスキルだ。ぶっちゃけ現地の人間で大久保真理亜を殺せる奴はいないんじゃないか?』
『死が効かない、これぞまさに違法行為だ』
『んなこと言ったらオレもお前さんもそうだって』
『そりゃあ、まぁ?』
その後も一方的な射撃が続き、逃げた盗賊は全員頭を撃ち抜かれて地面に転がる。
ライフルを空間にしまうと、真理亜は大きく息を吸ってゆっくり目を閉じた。
殺しの力を以て悪人を裁く。
これまで何人も殺してきたが、真理亜の中にある良心はいつも痛みに悶えていた。
死んで当然の悪人とわかっていても、この手を染めることにどうしようもない無常観を感じている。
しかし気持ちを切り替えて、真理亜はそのまま屋敷を探索し始めた。
国からの任務は盗賊の討伐だけなのだが、真理亜はここにいた家族を探すことにする。
もしも生きているのなら助け出して保護したい、死んでいるのなら供養が必要だ。
真理亜の独断による探索が始まって数分後、ようやく見つけ出した。
夫である人間は、物置で白骨死体となっていた。
そして妻であるエルフは寝室のベッドで発見される。
衣服が乱れた状態で、死後3日といったところか。
夫を殺されてなお、盗賊たちに生かされていたのだろう。
その凄惨さに真理亜が目を背けた直後。
────ゴトン。
寝室の奥のほうで物音がしたので行ってみる。
タンスの裏側に、隠し部屋が存在した。
中は真っ暗で異臭が漂っていたため、手で鼻を覆う。
真理亜が目を凝らして奥を見てみると、部屋の隅っこでなにかが動いた。
「君は……」
白銀の長い髪から伸びでる尖った耳。
弱々しく赤い瞳を前髪の間から覗かせ真理亜を見据える、やせ細った幼い少女がひとり。
「……もしかして、この屋敷の子? ボクは大久保真理亜。君を助けに来たんだ」
少女は喋らない。
瞳の中に一種のドス黒さを宿したように、目を細めて真理亜を見ている。
「ごめんなさい。君のお父さんお母さんだけど……助けられなかった。もっと早くに来ていればこんなことには……」
そう言いかけたとき、少女は獣のような四つん這いで真理亜に迫ってくる。
歯をカチカチと鳴らしながら小さく唸り、急に飛び掛かってきた。
「────ッ!」
腕に噛みつこうとしてきたので、すかさず対応する。
とはいえ、幼女を組み伏せるわけにもいかないので、捕縛用に作った薬品を使用した。
後ろに回り込み、事前に薬品を染み込ませた布を少女の鼻に押し当てる。
かなり暴れたが、ものの数秒で眠りにつく少女に安息の溜め息を漏らした。
「この子、ずっとこんな暗い場所で……。砦に連れて行こう。王都に戻っても、きっと居場所なんてない」
まずは母親父親の供養だ。
真理亜はふたりの墓を庭に作る。
そして少女を布で包み、優しく抱き上げて砦までの帰路につくことにした。
今後この少女をどうするかはまだ決めていない。
もしかしたら反対する者も現れるかも知れない。
だが見捨てることはできなかった。
真理亜は思案に暮れながらも、砦まで少女を背負って、なるべく揺らさぬよう駆け抜けていった。
『────と、ここまでが大久保真理亜の活躍だ』
『ガチじゃねぇかアイツ。てか、それより強い九条惟子ってなんなの? もしかしてウチのクラスって化け物レベル?』
『それだけ適性のある連中だってことだよお前のクラスは。……ところで、どうだった? 随分と大久保真理亜を警戒してるみたいだが』
『アイツは俺が考えてるよりもずっと手強い。戦闘能力の面じゃなくて精神的なところでです。復讐に加担しろと言ってもアイツは断る。むしろ、全力で俺を止めるでしょう。その良心が俺の無実を勝ち取った』
『……なるほど』
『それに、もしもこのまま大久保と対峙する羽目になったらまず勝ち目はない。アイツにコインによる決定は効かない。俺を恨んでいるわけでもないし、なにより俺自身が奴に恩を感じている。戦闘面でも精神面でも圧倒的に不利だ。しかし……』
『手立てはある、と?』
『はい。多少順序がバラつく可能性はありますが、まぁ大丈夫でしょう。……アンタのお陰で、俺は今最高に頭が冴えてる』
『なるほどねぇ』
アルマンドは念話越しに頷きながら、譲治と真理亜の間には食い違う思いがあることを察していた。
(初恋相手に警戒対象として見られるとはな。大久保真理亜の片思いかぁ……)
それに譲治は今自分に好意を向けていることも当然アルマンドは知っている。
アルマンドは命の恩人であり、2回もベッドで夜をともにした間柄となっているのだ。
『ありがとうございました。北の山の情報待ってます』
『おう、任せておけ』
念話が切れ、映像も譲治の脳内から消える。
再び現実に戻ったような気分を身に感じながら、譲治は部屋を出た。
もうすぐで大久保真理亜が帰ってくる。
────あの幼女を連れて。