次のターゲット、そして真理亜の実力
翌日、あのクラスメイトたちは凄惨な姿で発見された。
まるで恐ろしい幻覚かなにかを見たかのように顔を強張らせた者や、強力な力で捻られたように身体がグチャグチャな血塗れの者。
中には自らの血で壁に冒涜的な言葉を書き連ね息絶えた男子生徒や、窓から身を乗り出すようなブリッジ状態の女子生徒の遺体もあった。
この光景を見た九条惟子、担任教師、並びに真理亜は悲痛の表情を浮かべながら現場を見て回る。
何者かの襲撃や魔術の痕跡などを探ってみたが特にそのような形跡は一切見られなかった。
彼らは勝手に狂って、勝手に死んだということだろうか。
誰もが想像を膨らます中、蘭宝院綾香が勢いよく治療室に入ってきた。
「ホーッホッホッホッ! 皆様、犯人を連れてきましたわよ」
「あー……俺のモーニングが台無し」
襟首を掴まれて床に放り投げられる譲治。
右手には空っぽのティーカップを持っていた。
ぞんざいに扱われる譲治に心配そうな表情をしながら、ゆっくりと立たせる真理亜。
杖を上手く突いてバランスを取り、現場を一望する譲治は肩を竦めながらティーカップを後ろにいる蘭宝院綾香に投げつけるように放る。
「ひでぇな……はしゃぎすぎて途中からヤケクソになったパーティーの後みたいだ。ハハハ……、ごめん、ジョーク」
「もう。……で、蘭宝院さん。どうして彼が犯人なんだい?」
「フン、決まっていますわ。この男にとって、彼らは憎き存在。復讐を考えてもおかしくはありません。なんらかの方法で殺したに決まっていますわ!」
「その方法とは?」
「うぐッ……それは……」
蘭宝院綾香は言葉に詰まり、それをじっと見据える九条惟子と真理亜。
その傍らで譲治は内心爽快な気分だった。
そのとき、担任教師が話しかけてきた。
「畑中君、大丈夫? 怪我はない?」
「あ~先生、……やっべ、リアルで忘れてた。大丈夫大丈夫……疑われるのには慣れちまった」
「あの……ごめんなさいね。先生なんにもできなくて……その……」
「俺のことより現場の検証と清掃大事じゃない? じゃ、俺もっかいモーニングを……」
「ま、待ちなさい! アナタは容疑者ですのよ!」
「証拠不十分だ。いい加減俺につっかかるのやめろ」
「蘭宝院綾香、彼に犯行は無理だ。当てずっぽうで彼に迷惑をかけるのはやめてくれ」
「そういうこと、じゃ、そういうことで」
現場の惨状など興味なさげにそそくさと去っていく譲治を真理亜たちが見守る中、蘭宝院綾香がひとり睨みつけていた。
(馬鹿みてぇに鋭いなアイツ……────だが気に入った)
譲治は今後の作戦を練る。
何人かのクラスメイトたちが現場へと行って現場の処理を行おうと走っていくその脇で、譲治はひとり食堂へと戻った。
食事を終えてから譲治は部屋へ戻り、ドアに『面会謝絶』の札を付け鍵を掛ける。
そしてアルマンドと連絡を取り合った。
『アルマンドさん。見事に片付けましたよ』
『ご苦労さん。さすがは譲治だ』
『3日の間、連中を殺すまでにこちらでも情報を集めました。この砦から北のほうにある山に不穏な影があるとのこと。もしかしたら……』
『そこに4人の内のひとりがいるって? ……調べてやろうか? その砦の中じゃそれ以上の情報の取得は無理だろう』
『お願いします。あと、もうひとつお願いしたいんですが……』
『なんだ?』
『大久保真理亜の戦闘を見たい。俺の無実を証明した人間がどれくらい強いのか見てみたい。確か、今日の昼過ぎになにかの任務に出るはずですから。映像を繋ぐみたいなことができたら……』
『オッケー、いいだろう。いずれにせよ知っておかなくちゃならない事項だろうしな。任せておけ』
『お願いします』
『ところで、大久保真理亜の任務だが……中々に面白い結果が見れそうだぞ? このオレが言うんだ。間違いない。じゃあな』
そう言い残して念話は切れる。
譲治はそれまでこの薄暗い部屋のベッドで寝転ぶことにした。
今日にするべき仕事は特にない。
こうして寝転んでいる間に、あの惨劇の現場で忙しくしている忌々しいクラスメイトたちがいる。
真犯人である自分がこうしてのんびりできるのに、一種の快感を覚えた。
北の山の情報はアルマンドに任せて、譲治は一時の安息を得る。
ジュンヤやサオトメを殺したときとはまた別種の爽快感があった。
古い映画に出てくる殺人鬼のような無情さを心内に感じ取りながら、譲治は朝食後に寝るという贅沢を満喫する。
そして時間は過ぎ、大久保真理亜が任務へと向かった。
譲治は身を起こし、アルマンドに脳内映像として彼女の足跡を映して貰う。
『さぁ始まるぜ。よく見てろ』
『任務の場所は西の森の奥。そこにいる極悪盗賊の討伐か』
『レベルは35~40くらいまでかな。おう、お前さんよか強いな』
『……ソッスネ』
大久保真理亜が現場に辿り着く。
そこは森の中に佇む小さな屋敷。
下卑た声と、酒と肉の匂いがしていくる。
しかし厳密に言えば、ここは盗賊のアジトではない。
依頼によると、ここにはエルフと人間の夫婦がいた。
だが、異種間での婚姻によって異端扱いされ王都より逃げたふたりは、見つけたこの屋敷でひっそりと暮らしていたのだ。
女の子をひとり授かり、平穏な日々を送っていたらしいが、盗賊の目に止まってしまい、一気に地獄と化したのだとか。
それが30日前の出来事だった。
真理亜はそれを酷く悔やんでいた。
もっと気付くのが早ければと。
真理亜は覚悟を決めて、外道と立ち向かおうと、武器を空間から取り出し始める。
『────……へ?』
それを映像として見ていた譲治は思わず素っ頓狂な声を出す。
暗殺者クラスの武装が身体に取り付けられていくのだが、そこにはどう見てもこの世界には合わない物がある。
『暗殺者……っていうか、どっちかっていうと"ヒットマン"だなもう』
『レベル高すぎてこうなったのか?』
アルマンドが言うように、真理亜の武器は剣や暗器だけでなく、近代的なものまであった。
それこそハリウッド映画で見るような口径のでかい拳銃まで。
真理亜は二挺の銃を握りしめ、どす黒い殺意を瞳に宿す。
そして一気に屋敷のほうまで駆け抜けていった。
『アルマンドさん、やっぱりおかしい。ひとりだけ世界観が違う』
『異世界あるあるだな。いるんだよああいうの。生まれてくる時代間違えてる現地人だって中にはいるもんだぜ? それに世界観云々言ったらオレらも人のこと言えねぇぞ?』
『うぐ……まぁそうですけど』
『ドン引きしてる場合か。あの女の凄いところはここからだぜ? ────始まるぞ』