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憎悪と書いて"えがお"と読む

 譲治は杖を突きながら砦に設けられている牢獄へと赴く。

 牢獄には、囚人が力を振るえないように呪いが仕掛けてあり、個室もあれば、まとめて入れているのもあった。


 そんな牢獄を、特殊な僧衣をはためかせながら見ていく。

 何人か鉄格子の中から覗きこむ生徒がいた。


 全員最初譲治とは気づいていなかったようで、怪訝な表情が一変してすぐに恐怖に歪む。

 彼らへの処遇はあとにし、譲治は自分にフミヤの件で罪を着せたあの女子生徒の下へと歩いていった。


 最奥にある個室で、見張りをしていたクラスメイトを退かせて、ひとりで入る。

 護衛はいらない、いざとなればホーリー・クイーンの力を使うのだから。


 女子生徒の名は『サオトメ』と言い、譲治と同じ治療班に属していた。

 あの裁判の裏切りの原因となった調合のミスが発覚したことにより、サオトメは九条惟子を含む多くの者から弾劾を受け、一種の発狂状態へと陥ったのだ。


 最近はそれもやや治まりつつあったが、譲治の姿を見て心臓を悪くしたように縮み上がり、部屋の隅に怯えるようにして小さくなる。

 力が使えないように、特殊な術式を用いた手枷を取りつけていた。


「ようサオトメ」


「は、畑中……君。ど、どうし、て……? そ、その足は……あ、あぁ」


 だが譲治は彼女の言葉を無視して、用意してくれた木の丸椅子に座る。


「ここがお前の部屋か。中々いい部屋だな。詫び寂びを感じる」


「これは夢、そう、これは夢よ……だって、だって……アナタは処刑されて……そう、もういないの、畑中君はもういない。これは夢ヨ。こレはゆメなのヨ……ッ!」


「悪いが現実だ。俺は見てのとおり元気ハツラツの髑髏スマイルさ。左足は失くしちまったけど、以前よりずっと気分がいい」


「いったイ、なニがモクてきなノ? 来なイデ! 汚らワしイ! アンタのセいで、アンタのせいでッ! 私はッ!」


「おいおいおいそんなにビビるな。あと俺のせいにするなバカタレめ。見ろよ。この足でなにかできると思うか? グヘへ~ってお前を襲う? よせやい、気色悪ぃアンド胸糞悪ぃ。……"会話"だよ。俺はお前とおしゃべりがしたいんだよ。女子とふたりきりでおしゃべりできるなんて、世の男子生徒からすればもう羨望の眼差しを向けられて当然よ? ────胸がドキドキして、頭の中がグチャグチャになって……、もう、人生のなにもかもがおかしくなりそうで……たまらない気持ちになる」


 おちゃらけた口調とは裏腹に、眉間に皺がよるほどに鋭くした眼光には憎悪しか宿っていない。

 サオトメに宿る狂気よりも遥かに強い感情の渦は、彼女の視界に恐ろしい幻覚として現れる。

 

 間違いなく譲治は復讐をしにきたのだとわかるも、悠長に会話をしてくる彼にサオトメはずっと緊張していた。

 まるで真綿で首を締めるかのようにじっくりと時間をかけられているかのように。


「その様子だと、大分俺のことで参っちまったらしいな。今さら自分の"罪"を悔いてんのか?」

 

 サオトメはなにも答えなかった。

 俯いて視線を合わせようとしない彼女に苛立ちを感じ、譲治は立ち上がると睨むようにして歩み寄る。

 杖を使い器用にしゃがみ込み、無理矢理にでも視線を合わさせた。


「不思議だよなぁ人間って。お前みたいな普段はいい子ちゃんしてるような奴でもあんなことするんだからさ」


「ひっ……」


「怯えないでくれよぉ~。俺さ、今回のことで人間のことをたくさん発見したんだ。人間がなぜ罪を犯すのか謎が解けたかもしれない。なぜ悪いとわかっていても、その先に罰があるとわかっていても罪を犯すのかをな」


 そう言って右手でサオトメの顎を掴み、少し顔を近づける。


「もしかしたら、人間って『罪を犯す』ことに対して言うほど抵抗を感じてないのかもしれないってな。罪を犯しても、本来受けなければならないはずの罰がそこになければ、なんらかの方法で罰を回避できれば……人間はきっと誹謗中傷は勿論、殺人だって平気でやるだろう。お前だってそうだったんじゃないのか? あのときの俺はもう処刑確定寸前だった。その俺がもうひとつ罪を重ねてたってさほど代わりはないだろうし、罪を擦りつけて自分が生き残れるとわかったのなら……なりふり構わなかったんじゃないか?」


「────ッ!」


「俺の好きな言葉にこんなのがある。────"刑罰は人を手懐けはしても、人をより善くはしない"と。人が罪を犯すか否かは、結局のところ倫理だのモラルだのじゃなくて……最終的には刑罰への恐怖で決まると思うんだよ。罰を受けるのが怖いから悪いことをしない。倫理的に良くないとか、自分の魂がそれを拒むとかそういうんじゃなくてだ。……お前は、薬の調合ミスという罪への罰を恐れた。そしてそれを回避しようとした。その結果、不正とか隠ぺいとか責任転嫁とかだったな」


 罪を犯したことを恐れる以上に、罰を受けることへの恐怖が上回った。

 罪を犯す以前に、その恐怖が抑止になることもあれば、逆も然り。


 恐怖を迂回するために別の道を探る。

 罪を犯しても罰を回避する方法を見つけるのだ。

 たとえその方法が新たな罪であったとしても。


 もしも罰に力がなければ、きっと人間はさらに罪を犯すだろう。

 罰なき罪など、悪いジョークにほかならないと譲治はせせら笑いながら続けた。

 

「難しいよなぁ? 罰が力を持ちすぎるとそれは独裁や圧政の類だ。逆に罰に力がなさすぎりゃ腐敗する。バランスだな、うん。こういうのはバランスが大事よ。────で、お前に質問だサオトメ」


「な、なニ?」


「お前が背負ってる"罪"と、今請け負っている"罰"は、果たしてちゃんと吊り合いはとれているのかな?」


「つりあい? まだ足りないっていうの?」


「ホラ、元の世界の裁判でもさ。刑罰の内容って大抵被害者やその家族からすれば納得のいかないものばかりだろ? ホントに犯した罪に対して、それに相応しい罰をサオトメは受けているのかな~って? そう思ってさ。……だがどう見ても、罰は軽そうだな。いつか元の世界に戻るまでずっと閉じ込められることになるだろうな」


「な、なに、よ……どレだけ、ワたしガ、悔いていると……ッ!」


「ストップ。おしゃべりも飽きた。そろそろ復讐メインイベントに移ろう。ヒュー!」


 譲治は立ち上がり、また椅子のほうまで戻る。

 取り出したのは1枚のコインだ。


 そのコインを見たとき、サオトメの心の中で恐ろしいものを感じた。

 この異世界へ来たことで芽生えた奇怪な現象への直感めいたものが警鐘を鳴らしたのだ。


「お前が選ぶのは救済か断罪かじゃない。苦痛か恐怖かのどちらかだ。苦痛に悶えながら死ぬのか、それとも恐怖に狂いながら死ぬのか。ふたつにひとつしかないんだ」


 そう言って譲治はコイントスを行う。

 それを止めようとするも、サオトメの身体がまるで金縛りにあったかのように動かなかった。


 コイントスを始めた直後からなんらかのパワーが働いている。

 それはこの世界には存在しない未知なる力場めいたものだった。


 宙で回転するコインは右の掌に舞い降りて、掴んだ際の乾いた音を部屋に鳴り響かせる。


「あ、絵柄見せてなかったっけ? 邪竜が出れば苦痛を、天使が出れば恐怖を与えようって考えてる。どんな内容かは出てのお楽しみ」


 そうして掌を開いてサオトメに見せる。

 コインに描かれた『天使』が微笑みを見せていた。


「ぎゃああああああああああッ!!」


 サオトメに突如として見えたのは、譲治のときよりもずっと強烈な幻覚。


 譲治の怒りの渦を中心に様々な化物が這い出してくる。

 中でも一番鳥肌が立ったのは、細々とした虫の数々。


「ヤダァあ! ヤァアァアダぁアァアアァッ!」


 虫が身体を伝い登る。

 化物が、追い詰めるように迫ってくる。


 サオトメは発狂しながら何度も身体を壁に打ちつけ、首を掻きむしっていた。

 

「ハハハ、ハハハハハハッ!」


 突如譲治がサオトメを睨みならが笑い出す。

 彼と目があったサオトメもまたつられて笑い出した。


「アハ、あはは……アハハハ……ッ」


「HAHAHAHAHAHA,HAHAHAHAHAHAHAHAッ!!」


「アハハハハハハハ……アハハハ」


 サオトメの目からはとめどない涙が出るが、笑いが治まることはない。

 次第に弱りはて、掻きむしった首からは大量の血が噴き出す。


 それでもなお身体を打ちつけ、頭を何度も壁に当てる行為を続けた。


 ────サオトメは、満面の笑みで涙を零しながら死んだ。

 

 異変を感じたクラスメイト数人が駆けつける。

 譲治は椅子に腰かけたまま死んだサオトメを見ている状態だった。


 サオトメと譲治が出会って5分にも満たない時間の出来事。

 譲治がなにか術を使った形跡もなかったため、この1件はサオトメの自殺として処理された。


 たった1日でふたりも殺せた。

 とても良いスタートであると、譲治は内心健やかだった。

 

 帰り際、壁に取りつけてあった鏡を見る。

 白銀の髑髏の面頬をかぶった自分の顔があった。


 面頬の笑っているようなデザインのお陰で、自分の顔が笑っているようにも見える。


「ん〜、いい憎悪(えがお)だ。そうだ、どんな辛いときも憎悪(えがお)を忘れちゃいけない。憎悪(えがお)のない人生なんて、子供騙しのつまらない嘘っぱちだ」


 譲治は晴れやかに外へ出る。

 暗雲が立ち込める天候の中でも、彼にとっては日の光を浴びる以上に心地良かった。

 

 

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