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復讐者としての覚醒、そして懐かしの砦へ

次話は27日となります

 ワープホールを抜けたところは、今は懐かしき砦の近く。

 その丘の手前で譲治は立ち止まり、呼吸を整えていた。


 これから皆と出会うにあたって、これまであの砦で起こったことを思い出す。

 仕事に打ち込み、ただ我武者羅に治療にあたったあの日々。


 そして、突如訪れたあのときの苦痛と恐怖。

 誰も助けてくれなかったあの絶望。


 譲治の中で、憎しみが増幅する。

 腹の中が熱湯でかき回されているかのような、どうにもならない激情が譲治を支配していった。


 どこかで浮かれていたのではないか……。

 アルマンドに優しくされ、さらには復讐をするのに相応しい力を得る。


 その結果ジュンヤへの復讐をやりとげ、さっきまで良い気分で歩いていた。

 だが本当にそれでいいのかと、譲治は自らに投げかける。


 さらに過激な復讐を行うほうがいいのではないか。

 もっと狂気に染まることに、精神的なリミッターをかけているのではないかと。


(そうだよなぁ。あれだけのことをされて、このまま淡々とやるってのも違うよなぁ?)


 ジュンヤの復讐は云わばチュートリアルだ。

 チュートリアルの段階で満足していてはいけない。


 譲治は手鏡を取り出し、面頬を外した状態で顔を映す。

 そこには涙を流す情けない少年じぶんの顔があった。


 目を細め、映った自分の顔を睨みつけるようにして譲治は心を入れ替える。

 指で口角を上げてみせ、笑っているような表情にした。


 その上から面頬を取り付け、もう一度手鏡を覗き込む。

 涙は止まり、笑った髑髏じぶんが映っていた。


「綺麗な髑髏、笑った髑髏……折角笑っていられるんだ。もっともっと狂って、踊らないと。滑稽に、残酷にッ!」


 砦に向かって再び歩き始める。

 これまでにない高揚感が譲治の腹を捩り、つんざくような笑い声に変えた。


 丘を越えると、砦の外観が美しい光景とともに現れ、優しく吹き抜ける風が譲治を包み込む。

 肩風切るように進めば、もうすぐで門のところまで辿り着くだろうという距離で、懐かしい顔ぶれに出会った。


「おい、誰か来るぞ?」


「松葉杖突いてるな……どこから来たんだ?」


 数人のクラスメイトたちだ。

 遠目からでこの格好ではきっとわからなかったのだろう。


 だが近づくにつれて、クラスメイトたちの表情は怪訝なものになり、最終的には顔面蒼白になっていった。

 

「よう元気だったか皆ァ。あのときの裁判ショーは楽しめたか? 主演男優の俺が帰って来たぞ」


「は、畑中……」


「なんだよオイ随分冷たいなぁ。ただのくだらないジョークだろ? ん? それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 譲治は知った上でクラスメイトのひとりの顔を覗き込み、吐き捨てるように聞いた。

 面頬から響くくぐもった声に、クラスメイトたちは言葉が詰まる。


 彼らの表情にあるのは圧し掛かるほどに重い罪悪感。

 譲治から目を逸らし、沈黙の中で譲治の左足を見た。


 かの冤罪裁判でひとりの人間が死にかけ、左足を失うという立場に置かれている。

 あの事件の真相が明らかになったとき、誰もがショックを隠し切れなかった。


 そして、こうして目の前に現れたことで、生きていたという安心とこんな目に合わせてしまったという自分たちの行いを恥じている。


「……なんて薄情な奴らだ。砦の中に案内するでもなく、"おかえり"の一言もなしか! もういい、どけ」


 譲治は乱暴にクラスメイトを押しのけ、砦の中へ入っていく。

 彼らは裏切りには加担しなかったが、やはり許せない部分が心の中にあった。

 

 なにより、譲治はあのクラスメイトたちの表情を見た瞬間、イライラが止まらなかった。

 あの憐憫の眼差しと罪悪感の雰囲気が癇に障る。


 砦の中のクラスメイトはあまりにも少ない。

 戦死した者の墓が脇に作られており、すでにクラスの半数近くが亡くなっていた。


 しかし譲治は墓にすら目もくれず、杖を突いて懸命に歩く。

 まず出会おうとしたのは九条惟子。


 室内に入ると何人かのクラスメイトに出会う。

 皆幽霊でも見たように顔面蒼白になり、女子の中には両手で口を覆って泣き出す者もいた。


 譲治の痛々しい姿を見て、誰もが絶句する。


「あれってもしかして……」


「嘘、畑中君?」


「い、生きて戻って来た。魔女の方舟って確か現世の地獄って聞いたぞ? そこからどうやって」


「なんか、雰囲気すっごく変わったね」


「変わったっていうか、なんか……怖い」


 譲治は舌打ちしながらも進む。

 その中でたまたま通りかかった男子が、譲治の後ろ姿を見て不審に思ったのか、歩み寄り彼の肩を掴んで動きを止めた。


「オイ、見かけない顔だが、誰だよお前!」


 乱暴な言葉遣いで肩を掴まれた譲治は後ろをゆっくり振り向く。

 最初は怪訝な表情を浮かべていたが、その男子はすぐに譲治であると気づいたのかすぐに手を放した。


「見かけない顔、か。そうだよな。皆を裏切った犯罪者のツラなんざ覚える価値ねぇもんな」


「畑中、生きて、いたのか。その、悪い。戻ってきてるとは知らなくて」


「謝罪はいい。九条パイセンいるぅ? 話してぇのよ。ホラ、色々とあるだろ? 冤罪とか冤罪とか、あと冤罪とか」


「あ、あぁ、執務室にいるよ。でも、かなり気が立ってるみたいで……その……」


「あー、いいよ別に。逆にそのほうが話しやすい」


 そう言って譲治はひとり執務室へと歩いていった。

 扉の前に辿り着くと、中からビリビリと殺気めいた空気が漂ってくる。


「はいボンソワ~」


 気の抜けた声で、こんちわーとでもいうようなイントネーションの挨拶とともに扉をノックする。

 すると中から足音が近づいてきて、乱暴に扉が開かれるや。


「こんなときに人をからかうな!! なんだ今のノック……は……」


 怒鳴り散らしたかと思いきや、譲治の姿を見て唖然とする。

 最初誰かわからなかったようだが、徐々に記憶と照合し彼を本人と認識した。


「は、畑中……君?」


「ドーモ、九条パイセン。畑中譲治、です」


 ワナワナと震え、怯えるようにして後退る九条惟子。

 この世の恐ろしいものを見たかのように瞳孔が開き、その姿にかつての凛々しい姿はなかった。


 ふざけた口調で話しかけながら、後退る九条惟子に歩み寄る譲治の目には怒りと憎しみの炎が宿っている。

 猛禽が獲物を見つめるが如し、殺伐とした雰囲気を醸し出しながら譲治はくぐもった声で語り掛けた。


「随分と顔色が悪いケド、どうしたんで?」


「ひ、ひぃいいッ!!」


 九条惟子は譲治の左足の状態を見てさらに怯えだす。

 冤罪で処刑されたはずの本人が今こうして戻って来たというのは、一種のホラーもしくはサスペンスめいたものを感じずにはいられない。


 尻餅をついてさらに後退る九条惟子を譲治はゆっくりとした足取りで近寄ってく。


「被告人、畑中譲治。恥ずかしながら帰ってまいりました」


「違う。君は……君は……」


「なにが違う? あれは公正な判決だったんだろ? だったら俺は犯罪者だ裏切り者だ。アンタらがそう判断したんだ。……そ・れ・と・も~? 今さら"ゴッメ~ン、あれ超間違いでした~ゆ・る・し・て"なんて言うんじゃねぇだろうな。お?」


「あ、ぅぅ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」


 精神的に九条惟子を抉っていく。

 あのとき、心が病んでいたとはいえ、譲治に対して確かに"殺さないとダメだ"と発言した。


 無実が証明されてからというもの、九条惟子はずっと自責の念に囚われ、より精神を病んでいる状態だった。

 罪を悔いているのはわかる。

 だが、それで許すほど譲治の宿す憎悪と狂気は最早軽くはない。


 縮こまるようにして震える九条惟子の脇を通り抜け、近くにあったティーセットに手を伸ばす。

 ティーカップに注いだ紅茶を一口、面頬ずらして下からすすり、かなり温くなっているのを確認すると、ティーポットを持って、瓶の一気飲みのように口の中へ入れていった。


 ドバドバと譲治の衣装と床を濡らす紅茶は、どこか血のように赤く見え、九条惟子の精神をさらに追い込ませた。

 

「九条パイセ~ン……」


「ひっ、な、なにか?」


 九条惟子が優しく聞いた直後、譲治はこれまでの苛立ちをぶつけるように、空になったティーポットを思いっきり床に叩きつける。

 硬くも乾いた音が室内に鳴り響き、窓から差し込む陽光に破片が照らされ、綺麗な光を反射させながら飛び散った。


 突然冗談を言ったり突然怒り出したりするという、以前では見られなかった横暴な態度を取る譲治に肩を震わせ、壁に沿うように立ち上がる。

 九条惟子には、畑中譲治が別のものに見えていた。


 ────かつての後輩の姿をした、"化け物"に。


 後輩バケモノはゆっくりと振り向きながら、怒気を含んだ眼光で睨みつけて問う。


「フミヤの件で俺に罪を擦り付けたあの女子……今どこ?」


 ガタガタと強風で窓が揺れる。

 気づくと空に暗雲が立ち込めて始めていた。


 まるであの日のような天気模様だった。

 雷が鳴り、閃光が走る。


 そんな中で、譲治ドクロは嗤っていた。

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