判決:死刑!!
表には牙を向く邪竜、裏には微笑みを浮かべる天使。
痛みを必死に堪え、涙で滲んだ目でそのコインを睨み、ジュンヤは歯を小刻みに鳴らしながら震える。
咄嗟にそのコインの正体を探ろうと、情報開示の魔術を使ったが。
(詳細、不明!? 馬鹿な! 呪いのアイテムとかそういうカテゴライズじゃないのか!? いや、そもそもな話……これってこの世界の物なのか?)
まるで強力なプロテクトが仕掛けられているかのように、そのコインの情報は一切読み取れなかった。
否、恐らくこの世界の理で作られた物ではないので、該当する情報がなにひとつとしてなかったのだろう。
未知の物質を目の当たりにし、緊張で止まらない汗をかくジュンヤに構わず、譲治は淡々とした口調で説明を続けた。
杖を使って器用にしゃがみ込み、ジュンヤと視線を合わせ、コインをじっくりと見せる。
「さて、今からコイントスをしてどういう死に方がいいかを決めるわけだが……安心しろ。キチッと丁寧に教えてやる」
「ぐ、ぐぅうッ!」
「そう睨むなよ。……この林のさらに奥になにがいるか知ってるか? そう、キラー・ビーだ。1匹のレベルはさほど高くはないが、集団でかかれば上位レベルの相手ですら殺すことができる。……さぞかし【苦痛】だろうな。死ぬまでずっとぶっ刺されまくるのは」
キラー・ビーの恐ろしさは皆知っている。
通常の蜂と同じ大きさでありながら、その殺傷能力は遥かに上だ。
以前自分の力に溺れ、キラー・ビーにちょっかいを出したクラスメイトがひとり死んでいる。
奴らは人間の皮膚など容易に食い破り、体内に侵入しては内臓すらも串刺しにするのだ。
最終的に遺体はキラー・ビーによってもうひとつの巣にされるらしい。
体中に蜂の巣特有のあの無数の六角形が、キラー・ビーの持つ魔力によって作られるのだとか。
譲治の言っていることが冗談に聞こえなかったジュンヤは、恐怖のあまり思わず息を吞み顔面蒼白になる。
「慌てるなよジュンヤ。まだ続きがある。邪竜が出れば、お前はキラー・ビーの餌食になる。……だが天使が出ればどうなるか。ちゃんと考えておいてやったぞ」
天使が出れば譲治はなにもしない。
なにかをするのはジュンヤ自身なのだ。
攻撃・防御・回復問わず、魔術を行使しようとすれば体内で魔力が暴走し、凄まじい激痛を伴いながら死に至る。
無論なにもしないのもありだが、左足の切断による出血多量で死ぬことになるだろう。
自身の回復もできないまま、死の【恐怖】がずっとまとわりつくことになるのだ。
「な、なんだよそれ……結局俺が死ぬじゃないか!」
「だから言ったろ。これはお前の末路を決めるコインだ」
「ふ、ふざけるな! 頼むやめてくれ! 俺は、俺は死にたくない!」
「もうここまでくればお前の運命を決めるのは俺じゃない。────このコインだ。コインがお前の死に様を決める。……自分に"許し"があると思ったか? まだ"希望"があるとでも? 残念。お前に与えられるのは【苦痛】か【恐怖】か。そのどちらかだ」
譲治は立ち上がり、数歩後ろに下がると、コイントスの準備をする。
その姿はまさに死刑執行人で、ジュンヤを裁こうとしているのだ。
右手を使う。
人差し指に親指を引っ掛けて、その上にコインを置いた。
「やめろォオ! 頼む待って……待ってくれッ!!」
「いいや! 今だ!」
コインが回転しながら真上に飛ぶ。
日の光で一瞬見えなくなるが、すぐに譲治の掌の上に返ってきた。
掴み取った際の乾いた音が響く。
譲治は無言のまま指を1本ずつゆっくり開いていった。
「ほぉ、これは……」
コインの裁定の結果、出た面は表。
邪竜が牙を向いていた。
譲治が聖霊兵を退かせた直後、ジュンヤにそれは訪れる。
羽音を響かせ、異形の目で睨みつけるようにして飛び回る魔物、キラー・ビーの存在が。
「い、いやだ……お、おいやめろ! 来るな! やめろ!」
1匹から2匹、2匹から3匹、4匹と数が増え、ついには千を超える群れがジュンヤの肉体を包むように襲い掛かってきた
鋭い針が肉を貫き、牙は傷口から肉を食い破り体内への攻撃を仕掛けようと穴を掘り始める。
想像を絶する痛みがジュンヤを支配し、身悶えさせた。
キラー・ビーを追い払おうと必死に暴れるが、それが逆にキラー・ビーを興奮させ攻撃性を増す。
「うわぁああッ!! う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!?」
天に向かって絶叫した直後、ジュンヤの口と鼻、そして右目から大量のキラー・ビーが湧き出てくる。
それ以降は完全に覆われて姿が見えなくなった。
譲治はずっとその様子を観察していた。
聖杖『ホーリー・クイーン』の効果で、キラー・ビーが寄ってこない。
無数の羽音の渦の中で、ジュンヤは今まさにそのままの意味で蜂の巣にされていた。
すでに死に絶えた肉体はキラー・ビーの毒により硬直し、魔力によって巣が生成される。
「泣きっ面に蜂たぁこのことだなジュンヤ。そこでずっとキラー・ビーと一緒にハチミツでも作っててくれ。俺はいらん」
踵を返し、譲治はその場を離れていく。
────まずはひとり。
白銀の髑髏の面頬の中で譲治の口元は大きく歪んでいた。
本来ならやり遂げた者の報酬として、大きく息を吸ってスッキリとした気分を味わいたいところだが、これを外すとすぐに涙が出てしまい台無しになってしまう。
(まだだ。まだ気持ちを緩めちゃいけない。……それにしても、復讐をして人を殺したってのに全然罪悪感というか……良心が痛まないなぁ。自分の中にある憎しみを完全に肯定するって、こんなにもスカッとするもんなのか? うん、これならいけるな。主犯メンバーはあと4人。そして砦にいる連中……さぁて、誰をどんな風に殺してやろうかねぇ)
念話にてアルマンドに結果報告をする。
彼女は彼女で遠くから見ていたようで、ジュンヤへの復讐には良い評価を出してくれた。
『アルマンドさん。俺、4人より前に一度砦のほうに行きたいんですが……』
『ん、それだとまたワープしたほうがいいな。オッケー待ってろ』
『あ、ちょっとその前に……。あの~、やっぱりこの格好で行かないとダメですかね?』
『あたぼうよ』
今さら恥ずかしがるなと言わんばかりにアルマンドは強く言い張る。
『自分の見た目に自信を持て譲治よォ~。ビビんな。お前は連中をビビらせなきゃいけない側なんだ。今のお前を見れば皆ビビる。ジュンヤもビビってたろ?』
『ま、まぁそうッスけど』
『大丈夫だ譲治。お前は賢い。力がなくてもちゃんとこうして復讐できてる。オレが保証してやる』
『あ、ありがとうございます』
『よし、じゃあワープホールを開けるからそのまま進んでくれ。────頑張れよ、愛してるぜ譲治ィ』
念話の終わりに投げキッスでもしてくれたのか、艶やかな唇の音がした。
譲治は憧れの女性に対する気持ちを落ち着かせながら、前へと進む。
(さぁて、どうしようかねぇ。俺に罪を着せやがったあの女子、主犯メンバーに加担しやがった連中……。まぁそこまで多くはねぇだろ。……皆、ビックリするだろうなぁ。待っててくださいよぉ九条パイセン、アンタとも話したいことがあるんだ)
こうして胸を躍らせながらも、ひとつの疑問をずっと抱いている。
譲治の無実を証明したとされるクラスメイト。
譲治は過去の記憶を探るも、心当たりはいなかった。
イズミのほかにも友だちはいたが、その中にいるのだろうかと。
(まぁ実際に会えばわかるか。────さぁ、久々の対面だ。歓迎してくれよ)