第77話 パンクラチオン 其の六
《グルナ!森の国の守護神はチート過ぎだろ!格闘教官としてドワーフ国に招待したいな!ハハハッ》
「俺もセレネの棒術は初めて見たけど、急所への打撃が的確過ぎてむごかったな」
《次は相手、ケルベロスは立場的にはお前と同じだな。それにオルフェが圧力掛けまくってたぞ?負けるなよ?》
(圧力?…まさか…)
魔王の右腕ケルベロス。
勝利したら何を要求してくるのだろうか。
俺の予想では、刹那を魔王オルフェの嫁に寄越せと言って来ると思っている。
それはさせない。自分の口でディーテに”刹那をくれ”と言いに来いって話だ。今回は防具必須だろう阻止してやる!
《間もなく第6試合が始まります!!》
対峙するケルベロスと俺。
尋常ではない威圧だ。
マリアを褒めるべきだろう。相手にされなかったが、この化け物の前に立ったのだ。
俺は初対面では無い。だが戦うのは初めてだ、いざ向き合うと威圧感が凄い。
《グルナ殿、刹那姫を頂戴しますぞ》
「だと思ってたよ。何が何でも勝ちたいよな。かなり圧力掛けられてるって聞いてるぞ?」
《仰る通り、敗退すれば3日間ゴハン抜きだと脅されております》
「俺は負けるつもりはないぞ!3日間断食確定だ。帰る前に焼肉いっぱい食べとけよ?」
(ゴハンで脅されるとか意外と可愛いな)
《始めっ!!》
ガシュ!!
吹き飛ぶケルベロス。
会場は水を打った様に静かだ。
《開始の合図と同時にケルベロス選手吹き飛びました!!グルナ選手神速の右ストレートが炸裂したようです!!》
右ストレートでは無い。
開始の合図と同時に、0から最高速まで瞬間的に加速。
ケルベロスの3つの頭全ての鼻に刻み突き…ジャブを叩き込んだのだ。
見えていたのは、ごく一部の者だけだろう。
《グッ…何という速さ…我と同等とは》
起き上がったケルベロスの姿は掻き消え、次の瞬間、胸当が大きく抉られた。
ケルベロスは大きな犬だ。
キマイラの2回りは大きい。しかし、そのサイズからは想像も出来ない程の速度で動き回る魔獣。破壊されたのは小狐丸シリーズの防具だがビトラス製の胸当だ。防御力も攻撃力も規格外。しかし、捉えられない程では無い。
(しかし、なんて威力だ)
《強烈な一撃です!グルナ選手の胸当に大きな傷跡が付いている!!まともに食らったらヤバそうだ!!ケルベロス選手は更に速度を上げグルナ選手を狙っている!まさに捕食者だ!!》
闘技場内を休む事無く動き回るケルベロス。
その速度は更に上がっていた。
《接近戦は分が悪い!遠距離から仕留めさせてもらいますぞ!!》
”滅びの業火!!”
円形の闘技場を覆う結界は直径200m、高さ100mをカバーしている。
ケルベロスは、その結界の中を目にも留まらぬ速さで移動しながら無数の火球を撃ち出し始めた。
まるで火球の雨だ。
全方位から迫る火球で手一杯になる様なら、ケルベロスの引き裂きの餌食となる。
(魔物糸の防刃服まで引き裂きやがる…)
《万事休すです!全方位から火の玉が押し寄せグルナ選手を狙う!!》
何とか躱すが、何時までも避け続ける事は出来ない。ちらほら切り傷が出来始めているのだ。
《グルナ殿!刹那姫とゴハンは頂きますぞ!!》
「ケルベロスすまん!やっぱりゴハン抜きだ!!」
《!?》
正直、魔法の類は苦手だ!使いたくなかったが、止むを得ん!!
”雷牙!!”
結界内に突如発生した落雷は秒速300kmでケルベロスを難無く捕捉し撃墜。
俺の属性は雷。これを魔法と呼んでいいのかは分からないが威力は絶大だ。
無力化出来ればいいので手加減している。しかし、直撃したのだ暫く起きる事は出来ないだろう。
《ケルベロス選手!落雷が直撃だー!!果たして生きているのか!?》
しかし、流石は冥界の番犬。
丸焦げになったがケルベロスは立ち上がって来たのだ。
《ハァ…ハァ…まだ…終わってはいま…》
「知ってるよ!!」
(ケルベロス…何か言いかけてたけど遮ってごめん。それと…尻尾掴んでごめん!!)
俺はケルベロスの言葉を遮り、そして鋼の尻尾を掴み取り、力の限り、全力で地面に叩きつけた。
闘技場の床にめり込み、泡を吹いて意識不明になったケルベロスはピクリとも動かない。
またしても、会場は水を打ったように静まり返ってしまった…
《……申し訳ありません!実況を忘れてしまう程衝撃的な瞬間を目撃してしまいました!これは酷い!残酷物語です!!グルナ選手、弱っていたケルベロス選手に躊躇なくトドメを刺しましたー!!サディストです!血も涙も無いサディストが誕生しました!!》
一応、勝ち名乗りしてみたが聞こえて来るのは歓声では無い。
食べカスや罵声が飛び交っている…
俺は勝利した。
そう、確かに勝利したのだ。しかし…俺の頭の中は、”勝利って何?”その思考で埋め尽くされた。
会場を後にした俺は控室に向かっていた。
その途中でディーテが待っていたのだが
『グルナ!ナイスファイトだったぞ♡』
ディーテ…
何時も俺の味方をしてくれるのはディーテだけだ…
弱った俺の心は容易く手のひらの上で転がされてしまう。