第75話 パンクラチオン 其の四
《第3試合、間もなく始まります!!》
第3試合は、魔王オルフェの側近ケルベロス対コルヌコピア王国の女盗賊マリア。
マリアは紛れも無く単なる人間だ。
方や、冥界の番犬であるケルベロスの戦闘力は下位の巨神族相手なら無双出来る程だ。
ケルベロスの装備は胸当と具足のみだが、毛皮自体の防御力が高い。下手な防具は邪魔なだけだろう。
マリアも軽装備だ。
盗賊らしく動き易いレザーアーマーにダガーを装備している。鑑定の結界、ダガーはアダマス鋼の高級品だと分かった。おそらくケルベロスを侮っている訳では無いと思うが、正直心許ない。
《始めっ!!》
開始の合図と同時にマリアが仕掛ける。
怖気る事無く仕掛けて来たマリアに面食らったのか、反応が遅れたケルベロスは3つの頭の内の1つの両目を切り裂かれてしまった。
《ケルベロス選手!予想外の速攻で動揺したか!?視力を3分の1失ってしまった!!》
そのまま背後に回り、力一杯ダガーを突き刺す。
渾身の一撃はケルベロスの毛皮を突き破り…
ケルベロスは背中にしがみついたマリアを振り落とそうと踠くが、それは叶わず…
ケルベロスは力尽きてしまった。
「…マリアは何をしているんだ!?」
マリアは闘技場の床にダガーをひたすら突き刺していた。
《あれはケルベロスの幻術だ。恐らくマリアはケルベロスにダガーを突き刺し、圧倒的に有利に戦いを進めている幻覚を見ているのだろう》
「オルフェ、あれはケルベロスの能力か?」
《いや、ただの幻術だ。同等以上の者には全く効果の無い瞞し…しかし、格下相手には効果は絶大》
ドカッ!!
ケルベロスが地面を蹴ると幻術が解かれた。
《人間よ…十分楽しんだだろう。そろそろ死ぬがよい》
ケルベロスが次に仕掛けた幻術は、死のイメージ。
マリアの動きが止まり、次第に震え始めた。その時、マリアが観ていたのは食いちぎられる自分の手足。そして踏み潰される顔、引きずり出される心臓…餌?いや、餌以下だった。
遊び盛りの仔犬に徹底的に引き裂かれる玩具の成れの果ての様な自分だったのだ。
血の気が引き、すっかり生気のなくなったマリアは微かに低い声で呟いた。
《………参りました…》
会場は騒然としている。
そりゃそうだ。地獄を見ているのはマリアと、見せたケルベロスのみ。
《マリア選手突然の降参です!!一体何が起こったのでしょうか!!ムックからメッセージです!マリア選手は心が折れてしまった様だ!との事です!!
よく分かりませんが、続行は不可能の様です!!第3試合ケルベロス選手勝利!!》
強烈な幻術を使うのはいいが、一生引きこもりになってしまったらどうするんだか…
《グルナ様、マリアさんを預かっても宜しいでしょうか?》
刹那先生だ。
マリアの折れた心を修復出来るのは彼女しか居ないだろう。
是非、助けてやってくれ。
これで、次の試合勝利すれば俺はケルベロスと戦う事になる。そこで幻術を使われなければ同格か格上という事だ。使われた時は…その時点でかなりのショックを受けるだろうな。
刹那はマリアを抱きしめヨシヨシしている…癒し効果があると信じよう。
《間もなく第4試合を行います!!》
漸く俺の番がやって来た。
コイツとディミトリスにだけは負ける訳にはいかない。
因みに、ニキアスは純人間だ。時の運も有るだろうがマリアにしてもニキアスにしても、よくここまで残ったと正直関心している。
固有スキルや強力な精霊の加護は持ってるかも知れない。だが、すまない。
俺は瞬殺する気満々なのだ。
《グルナ殿、この勝負が事実上の決勝戦だと思っている》
「………………」
(おや?身体強化スキルか?)
《女王は俺が生涯守り抜く、グルナ殿は住民からの信頼も厚い。国王になり民を守がいい!》
「…それは勝ってから言うもんだぞ、ニキアス」
《おーっと!試合開始前からバチバチだー!!グルナ国王が誕生してしまうのか!将又、女王の婚約者は俺様だと世界に知らしめるのか!!グルナ選手負けられない1戦だ!!》
ニキアスはロングソードにフルプレートアーマー。
俺は普段着だ。
《それでは第4試合始めっ!!》
《グルナ殿、防具と武器を忘れているぞ》
「いや、これでいい。お前の剣は中々の品だな」
《分かるか?コレはエトリア国一の名工が鍛えた逸品!斬れ味、耐久性共に最高峰だ》
「そうだったのか…すまない、てっきり木で出来てると思っていた」
ギュゥゥゥ…
ベキンッ!!……チャリン…
ギュゥゥゥ…
ベキンッ!!……チャリン…
《グルナ選手、ニキアス選手の剣を鷲掴みしたかと思ったら握力だけでへし折ってしまった!!化け物だ!!》
「剣が使い物にならなくなったら…次は何を魅せてくれるんだ?ニキアス…」
《くっ!》
ニキアスのガントレットに仕込まれていた鉤爪が姿を現す。
(暗器か…)
迫る爪をスルーし、拳を掴む。
《ぐあぁぁぁ!!》
「お前の利き手…一生使い物にならなくしてやるよ」
《剣をへし折った握力がニキアス選手の拳を襲う!!これは危険だ!!グルナ選手壊しに掛かった!!》
『グルナ!その辺にしておいてやるのだ!
ニキアスよ!グルナ程度に片手でねじ伏せられる者が私を守る事など出来んぞ!出直すがいい!』
(程度って……)
《…はぁ…はぁ…どうやら女王の言う通りだ…まさか…ここまでとは》
「ふん!興醒めだな!4年後、もう一度上がって来い!ニキアス」
《おーっと!TKOか!?ムックが両手を振っています!TKOです!!圧倒的過ぎます!!ニキアス選手の剣と心をへし折り、グルナ選手見事準決勝に駒を進めました!》
『グルナ!お前は普段冷めてるくせに、私の事になるとムキになるな♡かわいいやつか!♡』
「俺がディーテを守るってのが世界の意思だ」
『フフフッ//かわいいヤツめ♡』
「……………」
ディーテは喜んだが、会場は違った。
一部始終を目撃した観客達は後に語る。
森の国の総司令官はマジで怖ぇ…
こうして、準決勝の組み合せが確定した。
全ての選手が無傷。強者のみが出揃ったのだ。