第74話 パンクラチオン 其の参
セレネまで数cmの距離まで迫っていた拳は結界に阻まれ制止していた。
すかさず、セレネの顬に渾身の蹴りを放つが強固な結界に阻まれ、やはり数cmの距離で勢いを完全に殺されてしまう。
ほんの数cm…しかし、その数cmどころか、その先には1mmも押し込めないのだ。
《くっ…バリ堅いし!!》
グルナの予想通り、ジーノの固有スキルは【武神降臨】というスキル。
しかし、このスキルは闘神化の下位。
武の神の力を拝借するスキルであって、武神と化す訳では無いのだ。
《ジーノ選手の攻撃が全く通用しない!!何という防御力だー!!》
セレネは開始直後から1歩たりとも動いていない。それどころか構えさえ取っていないのだ。
ジーノからすれば、かなりの屈辱だろうが残念ながらセレネに衝撃波や振動は一切伝わっていない。
全ては最強防御結界によって遮断されてしまっているのだ。
《もーー!いきなりラスボスと当たった感パないし!しわいわー!》
とにかく、ラッシュを続けるジーノは不思議な感覚に襲われていた。
まるで、オイルの中で戦っている様な感覚…それは次第に増していき、まるで空気が粘土の様な重さで纏わり付く様な感覚にまで変化し動きを制限されていったのだ。
(あれ?バリ体が重たい??)
アイギスは、意志を持つ結界である。
防ぐだけでは無い、動きを封じて制圧する事も可能なのだ。
「ジーノちゃん、ごめんね」
この試合、初めてセレネが攻撃を開始した。
セレネの掌はゆっくりとジーノに近付き、その視界を遮る…
そしてジーノは崩れ落ち、起き上がる気配は無い。
ムックが両手を振っている…どうやらTKOの様だ。
《ジーノ選手動きません!勝負ありです!!一体何が起こったのでしょうか!?
ムックからメッセージです!ジーノ選手は眠っているとの事です!!
防御だけでは無い!セレネ選手は幻術も扱う様です!》
観客は、そのまま幻術と信じ込んでいるが…幻術ではないな。
恐らく、ザントマンの砂だろう。
破壊する事も出来ただろうが、セレネはそんな残酷な性格では無い。いい子なのだ。
森の国最強の盾として、圧倒的な力を見せ付けたセレネは見事準決勝進出を決めたのであった。
《続きまして第2試合を行います!》
第2試合はカラVSディミトリスだ。
《クククッ。お前が森の国の飛行部隊長か…地上での戦闘は得意かな?》
ディミトリス…止めておけ死ぬぞ。と言いたい。
お前が挑発している相手は、北の連邦国が送り込んだ数十隻の大艦隊を1人で壊滅させた攻撃特化の化け物だ。
《怖気て声も出ないか?3秒だ。この茶番は3秒で終わらせる》
まだ挑発を続けるディミトリス。
カラは相手にしていないが、3秒は言い過ぎだろ。兎にも角にもディミトリスは早く死にたいらしい。
ディミトリスも魔王種なのだが、攻撃特化では無い抜けてる魔王種ディーテや、ネジが大量に外れてる魔王種アレスを見ているからだろうか、どうも魔王種=強いというイメージが沸かない。
カラの装備は魔物糸を使った防刃魔防服に小狐丸シリーズのライトアーマー、フェレットが試作した太刀だ。
ディミトリスは特に防具は装備せず、大き目のウォーハンマーのみ。
《始めっ!!》
試合が始まってしまった。
ディミトリスが仕掛ける。大振りの一撃は当たれば大ダメージだ。
勿論カラは難無く躱し、引き斬りで致命傷を与えるべく、懐に飛び込む。
《遅過ぎて眠ってしまうわ!!》
このまま、カラの斬撃が決まり試合終了かと思われたが、異変が起こった。
《え?…どうして?》
カラが見たのは、迫り来る”地面”
では無く、カラが地面にダイブしたのだ。カラの意識と体は分断されていた。
《地上での戦闘は苦手な様だな。クククッ》
ディミトリスの蹴りがカラを襲う。
《ガバッ!…》
カラは防御さえも出来ない状態。
ディミトリスがウォーハンマーを振り翳した瞬間、すかさずムックは間に入りカラを保護する。大きな毛の塊になりカラを包み込んだのだ。
《ディミトリス選手!試合終了です!!》
しかし、ディミトリスの攻撃は止まない。
攻撃型では無いムックではカラを守りながら耐えるしか出来ない。
ダウンを取るまで予告通り3秒以内か…もう充分だ。
申し訳ないが、止めさせてもらうとしよう。
ディミトリスの前に移動しショルダータックルで場外まで吹き飛ばす。
「…終わりの合図が聞こえなかったか?」
《クククッ、部下が弱いと上司も大変だな》
「……………」
ディミトリスは、そのまま退場し試合は終了した。俺はカラとムックを医務室に連れて行ったが、カラは暫く動けない状態だった。
しかし、何なんだ?ディミトリスの攻撃をカラは確かに躱していた…
次、ディミトリスと当たるのはセレネだ。
ディミトリスの能力だろうが、かなり厄介だ。
大丈夫だろうか…あの時ムックが守らなければ…
《グルナ様…申し訳ありません…》
「気にする事はない、ゆっくり休むんだ」
《グルナよ!妾のカラは無事か!?》
「アルトミア、何時からカラを私物化したんだ?カラは俺の大事な部下だ」
《……//》
《巨神族との戦いが終わった後からじゃ。そんな事より、彼奴は何者なのだ?》
「アイツはエルミア国から来た魔王種だ。アルトミアこそ近所だろ?何か知らないのか?」
アルトミアもディミトリスの事は何も知らない様だ。
セレネが敗れるとは思えないが、万が一の時は失格覚悟で俺が叩き潰すしかないな。
しかし、ムックは可哀想だ。誰も心配してくれない。
《ご主人様…》
大袈裟にびっこ引いている所が何とも可愛らしい。
「ムック、引き続きレフェリーよろしくな」
《!?》
《それでは第3試合を行います!!》
次はケルベロスVSマリア
ディミトリスの監視にはムックの分裂体が当たっている。
この試合の勝者。2人の内どちらかと当たる可能性があるのだ。一応見ておくとしよう。