第73話 パンクラチオン 其の弐
今大会最終種目、パンクラチオン本戦の日。
王族達も直に見守る闘技場は、セレネの最強結界に覆われた直径200mの特設リング。
会場は熱気に包まれていた。
この種目に限り、実況有りなのだ。
ハイエルフのお姫様エルミアだ。
《いよいよ最終種目!パンクラチオンが間もなくスタート致します!
実況は私、エルミア。そして、レフェリーは森の国一等書記官ムックが務めさせていただきます!》
エルミアは普段、首都には余り訪れない。
その為、冒険者や商人達でも知ってる者は少ない。エルミアが喋りだした途端、会場がざわめき始めた。
俺も参加すればよかった…と残念がる者や記録魔法を発動させる者まで様々だ。
美形揃いのエルフ族だが、ハイエルフは一線を画しているのだ。
明るく元気で性格もいい。そして美しくスタイルも抜群のエルミアは皆に愛されるお姫様なのだ。
4年後の大会はエルミアの色香にあてられた者が大量参加しそうな予感だ。
ムックはというと、一部の女性達やマニアから熱狂的な人気を集めていた。
街をさ迷っている分裂体は誘拐されてしまうかも知れない。
《それでは、各国から集いし戦士達の入場ですッッ!!》
1回戦目の選手から順番に入場して行く。
俺は1番最後だ。
《この子は危険だ!小柄な体躯に騙されるな!脱いだら凄いぞ♡見たいか?ん?ん? 脱がせたい者は勝利して森の国に命令させろー!!マカリオス王国ジーーーノ!!》
マジやめてー!!やれんわ!!と叫んでいるが最早手遅れだ。観客には脱いだら凄い少女として認知されている。
《やって参りました!森の国最強の盾!その結界の前には超高出力の魔導兵器も玩具同然!!果して鉄壁の防御を崩せる者は現れるのか!我が妹にして森の守護神!セーレーネーー!!》
«セレネ様ー俺も守ってー!»
流石は美人姉妹だ。早くも変な虫が付いてしまっている。
《今まで何処で何をしていたんだー!?エトリア国からやって来ました魔王種!ディミトーリースーー!!孤高の狼の目的は何なのか…また勝利した時、何を望むのか!乞うご期待です!!》
まさにその通りだ。コイツの目的が暗殺でないことを祈るしかないな。
《もう見た目が悪いなんて言わせない!!元ガーゴイルの戦士は強く美しく進化したー!ネモフィラ連邦国飛行部隊長カーラーー!!
司令官の右腕として素晴らしい戦いを魅せてくれるでしょう!》
カラはディミトリスと初戦だが、まぁ問題無く勝ち上がるだろう。
《魔王オルフェの右腕にして、今種目唯一の獣型!冥界の番犬に魂を刈り取られたい奴は前に出ろッ!!ヘルモス王国ケルベロスーーー!!》
ケルベロスの一騎打ちは中々見れるものでは無い。ムックはライバル視していたが勝ち目は無いだろう。とにかく楽しみである。
《盗賊家業に手を染めてしまったが後悔の日々!染めたのは手なのに足を洗いたい!足だけではダメだ!温泉に浸かって全身清めなさい!!この激戦を制し、見事森の国の永住権を手に入れる事は出来るのかー!!コルヌコピア王国最凶の女盗賊マーリーアー!!》
疲れてきたのだろうか?エルミアが選手を弄り始めている…。
《北の国からやって来た謎の男!高い身体能力を武器に狙うは森の国の女王ディーテ!!初戦の相手は恋敵にしてネモフィラ連邦国の軍司令官グルナ!まさに運命でしょう!英雄の地位と女王を手に祖国に戻れるかーー!!エトリア国二ーキーアース!!》
ニキアスは握った拳を高く掲げている…まさに予告ホームランだ。おかげで注目度抜群の一戦になってしまったな。
《最後の選手は我々の上司!ネモフィラ連邦国軍総司令官グールーナーー!!
森の国の兵力、その全てを指揮する権限を持つ総司令官!以前カラ選手の顎を打ち抜きKOしております!今日も女子の顔面を殴るんでしょうか?え?殴る?殴るそうですッ!!親の顔が見てみたい!!最初の餌食は恋敵ニキアス!お前だ!!》
(何も言ってねぇぞ!!やめろーーーー!!)
会場がどよめいてる…今の紹介で邪悪なイメージが定着してしまっただろう…終わった。
《1回戦の選手以外は控室にお戻りください!準備が整い次第、試合開始です!!》
控室に戻るとディーテがやって来た。
『悪い虫が付かないように変な紹介する様に頼んどいたぞ!どうだ!』
それは最初に言っておいてもらいたかったな…悪い虫は付かないだろうが森の印象が悪くなるぞ…
第1試合はジーノVSセレネ。
セレネは神威シリーズのフルアーマーではなく、ソフトレザーアーマーと言えば聞こえがいいが、単なる鎧下と殺傷力の低そうなグレイブを装備している。本気を出すまでもないといった感じか?完全に舐めている。
一方、ジーノは小烏丸シリーズの軽装鎧に鉄甲を装備している。
ジーノの武装は初めて見たが俺と似た様なファイトスタイルなのだろうか?
《それでは第1試合スタートです!始めっ!!》
試合開始の合図と同時に、ジーノの姿が揺らめき、立っていた部分の床が陥没した。
次の瞬間、ジーノの拳はセレネの眼前に迫っていた。
「ッッッ!!?」
とんでもない踏込みだ。
単純な脚力だけでは無い、恐らく俺と同じ固有スキル【闘神化】の様なものだろう。
固有スキルの強弱は使用者の意志の強さで程度が決まる。
あくまで俺の見立てだが、ジーノの練度はかなりの域に達している様だ。
分からない者が見れば単なる超高速の打拳だ。凄まじい速さで動いているのでジーノの質量以上の破壊力を秘めてはいるだろうが、期待以上の威力は無い。しかし、実際には固有スキルの能力が何かしら上乗せされているのだ。音速以上で迫る小さな拳の運動エネルギーは2万kg・m/s^2程か?
当たったらどうなるか考えるのが馬鹿らしい。
即死だ。
流石のセレネも、その速度に一瞬驚いていたが目前で結界が展開し、ぶつかり合うエネルギーは閃光を放った。会場は眩い光に包まれたのだった。