第6話 森の住人
王都を出発した俺達は北上し森を目指した。
地図で見る限りかなりの広さだ。
森の先には人間の国、コルヌコピア王国がある。
コルヌコピア王国に行くには森を突っ切るか、大きく迂回するしかない。
道中は、パルムとパマスに立ち寄り、ジークとも再会した。
「よ!久しぶりー」
《おー!久しぶりじゃねぇか!元気にしてたか?》
「お陰様でな!」
《何よりだ。挨拶はこの辺で十分!俺が聞きてぇのは1つだ!その子とはどう言う関係なんだ?》
ニヤニヤしている。
ジークと別れてまだひと月程か…王都から帰ってきたと思ったら女連れ。
《おめぇも隅に置けねぇな》クスクス
「…実は、王都に向かう途中で出会ったんだ。名はディーテ。この子も記憶を失ってしまっている。」
『ディーテです!グルナのお嫁さん候補です!』
「ちょ!!」
《記憶が無くて苦労する事も多いだろうが頑張れ!応援してるぜ。それと式の日取りが決まったら教えてくれ》
(ダメだ…完全に勘違いされちまってる)
「あ!俺達これからコルヌコピアに向かうんだが森を突っ切るルートは危険かな?」
《!?》
《森を突っ切るルートはオススメ出来ねぇな…あの森は魔物の巣窟だ。日中は森の中も明るいし最短ルートだがな》
《商人達はヴィエンやコルヌコピアのギルドで警備の為の冒険者を雇ってはいるが西側を迂回してる。片道20日ぐらいだ》
「…そうか、各国の騎士団は魔物を討伐しようとしたりしないのか?」
《たまにやってるが成果は出てないみたいだぞ。国が抱えてる問題は魔物の事だけじゃないからな。それに森は何処の国の領土でも無いんだ》
「時間が掛かるが仕方無い。俺達も迂回してコルヌコピアを目指すよ」
《気を付けてな。式には呼べよ?ガハハハ!》
揶揄われてるな…
結婚式か…実は俺には1つ年上の兄貴が居た。
社畜と化していた俺は式に出席出来なかったのだ。
仕事と兄弟の晴舞台どっちが大事だ?仕事なんか無視して有休取ったらよかったんだ!
今はそう客観的に判断出来るが、社畜の神の拘束力は判断を誤らせる。責任感の強い性格も災いしたが…。
翌朝、街を出て歩くこと2時間程、森が見えて来た。
しかし、所有者無しの広大な 土地があるなんて…
しかも、こんなに身近に…
いかんいかん、森を散策したい衝動に襲われてしまったが、ディーテを危険に晒す訳にはいかない。
「ちょっと遠回りだけど西側ルートを進むぞ」
『ちょっとってどれだけだ?』
「20日だ」
『えーー!!』
コルヌコピア王国を目指して2日目、商隊と遭遇した。正確には魔物の群れに襲われている商隊だ。
《ひー!高い金払ってるんだ!何とかしろ!!》
《ダメだ!数が多過ぎる!》
『グルナ!ヤバいぞ!ちっちゃいけど20匹は居るぞ!』
(小さい鬼みたいな奴らだな…ゴブリンという奴か?)
「ディーテは木陰に隠れてろ」
(グルナ、カッコイイぞ…)
《あんた旅人か!?早く逃げるんだ!》
「いや、助太刀するぜ!!」
ゴブリン共の武器はダガーや片手剣。
1匹の戦闘能力は低いが群れると厄介だ。鼠を思い出すな。
此方に気付いた1匹が襲いかかって来た。
全力?で助走し、全力?でジャンプ。
これでもかと言わんばかりに大振りで切りつけようとしている←今ココ
コイツらより素早く複数で襲いかかって来た鼠のおかげか、それとも身体能力が上がったおかげか…
まるで空中で静止している様に見える。
次の瞬間、ゴブリンは15m程弾け飛んだ。
「ジャブだ」
ジャブとは、前世の格闘技界最速の打撃の1つだ。
世界チャンピオンでさえ当てられる事を前提にする打撃。
地に足が着いていても避け難い打撃を空中で避ける事が出来る訳もなく、ノーモーションのジャブ直撃。
《!!!?》
「此処は引き受けるぞ!早く行くんだ!」
《すまねぇ!あんた名前は!?》
「グルナだ」
立ち去る商隊を他のゴブリンが追うことは無かった。
「お前ら言葉は通じるのか?」
《…………》
弾け飛んだゴブリンを残し、森の中へ消えてしまった。
ペシッペシッ
「おっ、気が付いたみたいだ」
『大丈夫か?また暴れるんじゃないのか?』
《!?助けて!みんな助けてー!》
「皆さんは森に帰っちまったぞ?此処にはお前しか居ない。言葉が話せるようでよかったよ」ニコッ
《ひーー!》
余程残酷な笑顔に見えたようだ。
「この森にはお前らしか住んでないのか?他にも色んな種類の魔物が住んでるのか?」
ゴブリンの話では、森には様々な種類の魔物が住んでいてテリトリーがあるらしい。
コイツらはオーガという魔物と共同生活しているらしく、商人や旅人を襲って食糧や布、武器に薬などを奪って生活してるそうだ。
魔王と人間の戦争があれば、魔王軍の傭兵として参戦したりもするらしい。
(金には興味無いみたいだし…コイツらの報酬って何だろ?)
「おい、そのオーガの家は近いのか?近かったら案内して欲しいんだが」
《2時間程で着きますが…行って何するんですか?》
「ん?道場破りだ!」
《え?》
ゴブリンに案内してもらい歩くこと2時間弱。
森の中に小さな村が見えてきた。
「此処がオーガの村か?」
《止めといた方がいいですよ!強さの桁が違いますから!》
「いきなり喧嘩するつもりはないよ、言葉が通じるなら話がしたいだけだ。呼んできてくれ」
待っていると、長老らしきオーガとその取り巻きがやって来た。
《お前が仕事の邪魔をしたという人間か…いや、人間ではなさそうだな》
「俺はグルナという。この子はディーテ、魔王と成るべく共に旅をしている」
《!?…魔王種か…見たところ目覚めて間もない様じゃな。話を聞こう、上がるがよい》
人間以外には寛容なのか?お茶まで出てきたぞ。
長老のオーガは1500年近く生きているそうだ。何度か魔王軍の傭兵として人魔戦争に参戦した経験も有り、魔王種に会うのも初めてではないらしい。
「俺達は此処から1番近い人間の街の近くで目覚めた。それ以前の記憶は無いんだ。ディーテが魔王種と知ったのは精霊の湖で世界の意思から教えられた。しかし、魔王種から魔王に覚醒する為の条件については知らされていない。どうやって魔王に覚醒するのか知ってる事が有れば教えて欲しい。」
《魔王種となる種族は様々じゃ、人間が選ばれた話だけは聞いた事が無いがな。故に条件も様々じゃ、殺した人間の数であったり他の魔王種を一掃したり…条件は様々じゃが全ての魔王種は魔王に成るための選択を意図せず行っておる。問題は邪魔が入るか入らないか。世界の意思が関与するのは”その”魔王種の行動に関してのみ、因果関係にはさほど影響を与えてはいないという事じゃろう》
なるほど。
「そういえば、傭兵として人間との戦いに参戦したんだよな?報酬って何なんだ?」
《報酬は衣食住と武具じゃな。働き次第では一族を正規の魔王軍に加えてもらえる事もある。強力な魔王の配下に加わる事は、魔王種ではない者にとってステータスなのじゃ》
『じゃあ私も配下を持たないといけないな!次期魔王として!』
「ディーテ?配下は気が早いぞ。配下が増えたら食事や住む場所だって配下の数だけ必要になるんだぞ?配下を持つのは住むのに適した土地を見つけてからだな」
『地図見たけど、魔王と人間の国でキレイに区切られてたぞ?そこに勝手に住み着いたら魔王か人間と喧嘩になる』
そうだ。流石ディーテ、よく解っている。
可能な限り人間と揉めるつもりはないのだ。
《傭兵としてなら手を貸してやってもよいぞ。報酬が払えるならな》
「有難いが今の処、あんた達を長期間雇える蓄えは無いんだ。緊急の時だけお願いするよ」
《良い剣を持っているな…力で言うことを聞かせてもいいのだぞ?》
殺気が漂ってる…部屋には長老と側近数名。
表には何人居るか分からないがゴブリンも合わせて200名は下らないだろう。
とてもじゃないが、ディーテを守りながら無事にお暇出来る気がしない。
「今始めたら、俺達は生きて此処から出れるか解らない。が、あんたらの被害も相当なものになるだろう。」
「俺は魔王種ディーテの最強の側近を自負している。あんたらの最強の戦士と一騎討ちで見極めてもらいたい。」
《良いだろう。ただし相討ち程度では認められんぞ、圧倒的強者にしか我々は忠誠を誓わん…暫し待たれよ。半刻程で狩りから戻るだろう》
『グルナ…』
待つこと20分程、蒼い髪の若い鬼が帰ってきた。
身長は190cm以上、体重は120kg以上といったところだろうか…瞳の色は暗めの緋。
鎧を着ているので何とも言えないが、かなり鍛え込んでいる。
武器は身の丈程もありそうな大太刀。
(相当ヤバそうだ…)
《貴様が我々を配下に欲しがっているという愚か者か?貴様が俺に圧倒的に勝利すれば忠誠を誓おう…しかし、貴様が敗れた時は、貴様諸共、魔王種も冥府に送ってやるぞ?》
「引き分けみたいになった時はどうなるんだ?」
《敗北と同じ事、剣を抜くがよい》
「要らん」
《………?》
「剣を使っちゃ圧倒的を通り越して弱い者虐めになっちまうからな」
(剣術苦手ですなんて言えない状況だ!!)
ギリッ
《後悔するがいいッ!!》
爪先が動いたと思った瞬間、10m以上有った距離を一気に潰され、首筋に刃が迫る。
(躊躇なく斬首!?)
水平横薙ぎ…必殺の一閃を躱し、何とか懐に入る。
相手の武器は大太刀。懐に入り込まれたら無力だ。
此方の打撃も威力が半減してしまう距離だが策はある!
鬼の鎧に拳の小指側が触れた瞬間、オーガの戦士は宙を舞い長老宅の塀に激突した。
吐血もしているし起き上がる気配はない。
『グルナ!』
ディーテが抱き着いて来た。
『私が余計な事を言ったせいでグルナを危険な目に合わせてしまった…ウグッ…無事でよかった…ヒック…』
魔王候補らしからぬ発言だが、その話は後だ。
《…き、貴様、今のはなんだ!ゲフッ!ハァハァ…》
答えは”寸勁”だ。
相手との距離が近過ぎて普通の打撃ではダメージが通らない。
踏込みの力を伝える事が出来ないからだ。
その点、寸勁は相手に触れた状態から3つの力を利用し攻撃する。
開く力・回転力・落ちる力だ。
この3つの力を同時に発揮する事で、振りかぶって放ったストレートとほぼ同等の破壊力が発生する。
更に拳の小指側のみを相手に当てる…つまり人差し指側は数センチの隙間が出来た状態になる、この隙間は破壊力を更に高めるのだ。
《丸腰の相手に不覚を取るとはオーガの名折れ…殺すが良い…》
ん?コイツは何を言っているんだ?
「お前は一族最強の戦士なんだろ?これから一緒に頑張ろうってのに殺したら意味無いだろう?」
『おいグルナ、私の精霊は傷を癒すぞ』ニヤリ
「ん?」
ディーテが水の精霊を召喚した。
見た目は30cm程、かわいい妖精と言った方がピンと来る見た目だ。
精霊はオーガの方へ歩いて行くと手に持っていたコップで”何か”を無理矢理飲ませている…大丈夫だろうか?
《…!!?…ゲホッ!》
あーあ、死んだな…
《痛みが消えた…呼吸も楽になっていく》
「!?」
ディーテを見るとドヤっという顔をしている…
「初めてディーテの精霊見たよ…あんな凄いの使えるなら早めに教えてくれよ」
『ん?毎回準備はしていたぞ?でも毎回無傷で帰ってくるから出番が無かっただけだ!』
《勝負有りじゃな》
長老の一声で場の緊張は一気に解けた。
こうして俺達は危機を乗り越えたのだった。