第43話 北からの刺客
俺はこの世界の頂点の一角、魔王の座に君臨するヘルモス王国の王オルフェだ。
森の国とは超友好国だ。
今日も森の国へやって来たのだ。
「お前また来たのかよ!?最近来過ぎじゃねぇか?」
グルナよ、勘違いするな。
貴様などに用は無い、目的はただ1つ。
オーガ族の姫 刹那に逢いに来ているのだ。
《オルフェ様、ようこそお越しくださいました》ニコッ
この笑顔を見る為、遠路遥々やって来ているのだ。
森を案内してもらう約束をしていたので早速、出掛けるとしよう。
「夕方までには帰って来いよ?」
(今日はサプライズを用意してあるぞ…)ボソッ
少々五月蝿いが…グルナはそれなりに気を使ってくれる。
楽しみにしようではないか!そのサプライズとやらを!!
暫く森を散策していると、腰を掛けるのに丁度いい倒木を見付けた。休憩するとしよう。
《オルフェ様、今日は私のお誘いに応じて下さりありがとうございます。しかし、1つ気になっている事があるのです》
《ん?何だ?申すがよい》
《森の散策は退屈ではありませんか?私はオルフェ様につまらぬ時間を過ごさせてしまっていませんか?》
つまらぬ時間?とんでもない!人生の中で、これ程詰まりに詰まりまくる時間が有っただろうか?と言うぐらいにつまる時間なのだ
《刹那よ、俺は時間とはこんなに早く流れてしまうものなのかと今思っているのだ。グルナめは夕方までには帰って来いと申しておったが、夕方までなど一瞬ではないか。
それ程、良い時間を過ごさせてもらっていると思っているぞ》
《良かった…そう言っていただけて嬉しいです//
オルフェたん》
!?
《オルフェたん?》
《グルナ様がヘルモス王国では王の名前の後に”たん”を付けるのが最上級だと申しておりました》
いいか?名前の後に”たん”を付けるのは最上級だが、ヘルモス王国のトップシークレットだ。2人きりの時だけオルフェたんと呼ぶんだ。とグルナから聞いていたのだ。
オルフェたん…オルフェたん…オルフェたん…
なんと甘美な響きだ…ましてや腰掛けている状態だと全てが上目遣いなのだ。
キュン死を免れるなど不可能…即死なのだ。
くっ…グルナめ…お前はホントに出来る男だ!
《もしかして間違った情報でしたか?》
《いや、正しい情報だとも。側近のケルベロスさえ知らない事だが…流石はグルナという事だ》
《オルフェたん顔が真っ赤…どこかお加減でも!?》
ピタッ…
《オルフェたんすごい熱!》
《だ、大丈夫だ!基礎体温が高いだけだ!》
(グルナよ、褒美を取らすぞ…)
………………………………………
オルフェ達が森へ行った後、街では
«グルナ様!オピオタウロスが街に迫っています!»
«なんじゃと!封印が解けたのか!?»
オピオタウロスとは猛牛と猛毒を持つ巨大な蛇を合わせた様な化物だ。甚内の話では大昔アルトミアに封印され、海に捨てられたらしいが…
「セレネ!街を頼んだぞ!カラ!一緒に来い!」
50t程有るだろうか…とんでもないサイズの化物が街に迫っていた。
この怪物はアルトミアも始末出来ずに封印するしかなったのだろう。
カラの殲滅魔法も効いてない様だ。攻撃を意に介さずオピオタウロスは街を目指している。兵士達は総攻撃しているが、恐らく敵とも思われていない。
「コイツは殴り甲斐があるな…」
カラは対多数、俺はどちらかと言えば単体特化だ。
ビトラス製の武具もある。勝利の魔狼と名付けたこの武具はビトラスの結晶。
超高純度のビトラスは所有者の潜在的な属性を帯びる。
俺の属性は【雷】だ。
「全員退避しろ!」
先ずは小手調べだ。
最も骨の分厚い眉間に拳を打ち込む。
オピオタウロスの動きが止まり、体毛の色が黒から虹色へ変化した。
どうやら敵として認識してくれた様だ。
次の瞬間、巨大な蛇の尻尾が襲いかかる。
直径3m、長さ25m以上有ろうかという尻尾の一撃、速く重く…意識を持っていかれそうな衝撃。
(ぐっ…束ねた鉄筋で殴られてるみたいだ…)
更に、猛毒が仕込まれている巨大な角が迫る。ダメージは尻尾の比では無いだろう。
しかし、この攻撃は直線的で途中に軌道を変える事は出来ない様だ。
攻撃を躱しつつ腹部、下顎の比較的柔らかな部分を徹底的に狙う。
(ダメージは有るようだが致命傷にはならないか!)
キリが無い…
頭部を攻撃出来ればいいが、体毛、脂肪、分厚い骨に守られている。
(骨の内部にダメージを与えるには毛と脂肪が邪魔過ぎる!)
みんなを避難させたのは、勿論俺の属性が雷だからだ。攻撃対象の細胞は超高温に加熱され、その周辺の空気は数万度にも達する。
加熱された空気は急激に膨張し、衝撃波を発生させるのだ。
しかし、脂肪が邪魔だ。
脂肪は絶縁体となり、強固な骨は衝撃を内部に伝えない。
(これでダメならコツコツ削るしかないな…)
【重ね打ち】
撃ち込んだ掌打に重ねて追撃の掌打を撃つ。
一撃目で邪魔な脂肪の層を押し分け、その掌の上から止めの一撃をお見舞いするのだ。
言うは易し、これはタイミング命の技だ。
周囲に轟音が響いた。
その音と衝撃波は落雷の比ではない。空気の加熱はプラズマを容易に発生させる程だ。
オピオタウロスは崩れ落ち、煙が出ている。
まさに丸焦げの状態だ。
《グルナ様!》
「何とか仕留めたよ」
みんなが集まって来た、避難していなかったら水蒸気爆発とジュール熱で大変な事になっていただろう。良かった。
《グルナ様!オルフェ様がピュトンと交戦中です!》
「何だって!?」
………………………………
数十分前
《オルフェたん、雷も鳴ってますしそろそろ街に戻りましょう》
《ふむ、もう少し散策したいがグルナも五月蝿いしな》
今日も一瞬で終わってしまった…
一体何度、時間が止まればいいのにと思った事か。
刹那は俺の事をどう思っているのか気になるが…聞けん。
それを聞くぐらいなら、いっその事想いを伝える方が潔い。
ガサッ!!
《ん?》
森の奥から巨大な蛇が迫っていた。
ピュトン…原初の神が創った大蛇、そのサイズは直径15m、長さ数百m。
《キャッ!!》
《刹那よ、安心するがいい。この命に代えても必ず護ってやる!》
グルナよ、こんな見せ場まで用意してくれるとは…感謝するぞ。
お前はどこまでも出来る男だな!!
【蒼き煉獄の鎌】
この鎌は魔王オルフェ最強の武器。
空を切り裂き、大地を切り裂き、魂をも切り裂く。
かつてヘルモス王国に進軍し、国境付近の村の民を皆殺しにした人間の国があった。
10万もの兵力で進軍した彼等は数分で壊滅する事となる。
当時オルフェは魔王種。配下のケルベロスやオルトロスが静かに暮れせる小さな国を作った。そして亜人や悪い奴ではないと知った人間が庇護を求め定住していった国だ。
平和は長続きしなかった、隣国の人間の国は欲深かったのだ。
民を殺されたオルフェは怒り狂い、魔王へと覚醒した。その時顕現したのが【蒼き煉獄の鎌】なのだ。
一振の斬撃は多くの敵兵の命を断ったが、それだけでは無かった。
敵意を持つ者、オルフェが敵と認識した者に疫病を齎したのだ。
生き残っていた9万以上の兵士は突如苦しみ始め、1分も持たずに全員死亡。
その即効性はトリカブトの如く数十秒で死に至る。
冥界の王になったのも、この時だ。
オルフェによって殺された者の魂は冥界を満たし、冥界はオルフェを統治者と認めたのだ。
そんなオルフェの鎌は一閃の斬撃で空間、大地諸共ピュトンを切り裂き地獄へ送ったのだった。
本来は斬られても再生するはずのピュトンだが、真っ二つに切断された部分はレーザーで斬られた様に焼け焦げていたのだ、再生のしようもない。
「オルフェ!無事か!?」
《ん?蛇など俺の敵ではない!だが、感謝するぞ》
「何の感謝か知らんが無事でよかったよ」
(オルフェたん…//)
この件から、刹那はオルフェに恋心を抱くようになったのである。
その後、ピュトンは解体され干し肉や串焼き肉になった。
毒袋はメデューサが貰って行ったが何に使うのだろうか?
夜はピュトンの焼き串をメインに宴が行われ、北の連邦国が放った神話級の怪物による襲撃は難無く退けられたのであった。