第98話 決着
サタンと対峙するパーシスとケルベロス。
上には上が居るとはよく言ったものだ。
目の前にいる化け物は格が違う。
正直、どれだけ時間稼ぎが出来るか分からない。しかし2人とも生きて部屋を出るつもりは更々無かった。
パーシスは、この世界に転生し500年以上だ。本当に色々あった。
だが、まるで昨日の事の様に思い出す。
やり残した事が無いかといえば、そんな事はないのだが…少なくとも500年以上で後悔した事は無い。
もし、後悔するとしたら…今、此処から逃げ出してしまった後だろう。
その思いは、ケルベロスも同じであった。
オルフェとは最初は敵同士だったが、何度となく争いを繰り返すうちに打ち解け、やがて行動を共にする仲になった。
オルフェはケルベロス達を迫害から守る為に国を興し、種族の違う自分を側近に引き立てて本当に良くしてくれた。
あんな性格だ。
色々我慢してきただろう。今回の件を責めるつもりなど無い。
今、ケルベロスの心にあるのは、側近ではなく友としてオルフェの願いを叶える事のみ。
転移装置のある部屋へ辿り着いたマリア。扉を開けると死闘を繰り広げるグルナとオルフェの姿があった。
2人ともボロボロになっているが、その闘志が衰える気配は無い。
『もう沢山だ…こんなのもう止めてよ!!』
部屋にディーテの声が虚しく響く。
その時。
《オルフェ様!グルナ様!!刹那様をお連れしました!!》
《!? 刹那!!》
オルフェは戦いを止め、刹那の元へ駆け寄る。
(ダメだ…心臓を撃ち抜かれている…)
しかし刹那は目を覚ます。
《オルフェたん…》
《刹那!》
心臓は破壊されてはいなかった。
サタンは心臓を撃ち抜いたつもりだったが、ペンダントに当たり軌道が逸れたのだろう。
これは森の国が少し落ち着いたタイミングで外遊をしたのだが、ヘルモス王国を出発する日にオルフェが刹那にプレゼントしたペンダントだ。
そのペンダントには、普段一緒に居る事の出来ないオルフェが刹那の身の守れればと、保護の祈りを込めていたのだ。
刹那は、オルフェからの愛の証であるペンダントを、肌身離さず身に付けていたのだ。
《オルフェたん…私はサタンに連れ去られた後もオルフェたんが必ず守ってくれるって信じてた…このペンダントのお陰で消えることのない”魔法”に包まれてた…》
刹那を抱きしめるオルフェの目からは涙が零れ落ちていた。
《ずっと、その手に抱き留めていて欲しい…もう何処にも行かないで…》
邪悪な気配が溢れ、建物が壊れる音が聞こえた。
サタンが迫っている様だ。
《どうやらサタンの罠に嵌っていた様だ…グルナすまない》
「何を見たかは言わなくていいぞ、俺も思い出したくもないもの見せられたからな」
《グルナ…》
「…オルフェ、刹那と転移装置に行け」
《お前達を置いて行けるか!!》
「何が正解かなんて分からないが…俺は、お前達を月の神殿へ送るべきだと思うんだ。オルフェ、信じる道を進む…それが未来だ!!」
『オルフェ、刹那。転移装置を稼働させるぞ』
オルフェは刹那を抱きかかえ転移装置に入る。
ディーテはエーテルを集め始めたが、不安が脳裏を過る。前回試した時は、水晶が微かに光る程度だった。それから密かに修行したが、正直自信がない。
しかし、やるしかないのだ。
ディーテは必死に転移装置を稼働させようとするが、やはり水晶が光るのみだ。
『何で動かないんだ!!動け…動いてくれ…動け!!』
ディーテは全てを出し切った。
そして、転移装置は稼働したのだ。
オルフェと刹那の姿は徐々に薄くなり、やがて消失した。
「ディーテ、よく頑張ったな。
俺はサタンを殺る。此処から避難するんだ」
『私は此処に残るぞ。グルナ…お前は私の全てだって言っただろ?
私には、お前が居ない世界で叶う願いなんて何もないんだ。だから、最後の”その時”まで一緒にいたいぞ』
「……ムック、神殿からみんなを避難させろ」
ムックに指示を出した直後、遂にサタンが部屋にやって来てしまう。
ディーテは避難出来なかった…ならば、守るのみ。
《君達は邪魔ばかりしてくれるな…
お陰でオーガの姫を逃がしてしまったではないか!!》
姿はニキアスだが、その威圧感は別物。
こいつが刹那の身体に受肉していたらと思うとゾッとする。
「お前には此処で死んでもらうぞ」
《身の程知らずが…私の前に立つのは、そのチンケな魔力をコントロール出来るようになってからだ》
「!!!?」
サタンが指を動かすと、グルナの身体を重圧が襲った。
(……重い!?岩!?まるで巨大な岩を背負わされている様な…)
《神の直系とはいえ、神そのものでは無い。だが、そんな未熟な君でも役に立つ事が出来る…オーガの姫の代わりに、その身体を私に捧げるのだ!!》
「世の中は広い…ミダスの事を最低なカス野郎だと思っていたが、お前は更に上を行ってる」
《………》
「大勢死んでしまった…お前に勝っても負けても、この後どうしたらいいか正直分からない…」
《愚かな…人間共が植物や小動物を食らい、我々悪魔が人間共の魂を食らう。自然な営みだと何故分からん?》
サタンは更に圧力を上げようとしているが、雷霆のエネルギーは、のしかかる圧力を少しづつ押し返しグルナを解放していた。
攻勢に出たいがグルナは躊躇していた、雷霆の破壊力は対象とその周囲に及ぶ、ディーテが無事では済まないのだ。
『グルナ!やっちまえ!!もし死んでしまっても、私は、また生まれ変わるんだ!そしたら私はもう一度グルナを探すぞ!だからグルナ、お前も私を探してくれ!』
「…。相変らず面白い奴だな…あぁ見つけてやるよ!」
雷霆はグルナの意思に従い力を解放する。
リミッターをカットし、一気に最大値を振り切る。
この世界では、心の強さが全てに影響する。
小さな1歩を積み重ね、自分を信じる”心”が遠く…決して届かないと思っていた空を越える力になるのだ。
想いを握る…
打ち込む拳に想いを載せる…
サタンは全魔力を使い、防御を試みる
「…お前に世界は渡さない!!」
放たれた拳を全力で受け止めるサタンは、過去に経験した事を思い出していた。
《…!…まさか…この力はゼウスの…》
ぶつかり合った強大なエネルギーは、その接点に向かって収縮を始め、超新星爆発を引き起こした。
そして、重力崩壊により発生した極小規模のブラックホールにサタンは飲み込まれ消滅したのだ。
神殿は跡形も無く消失し、超新星爆発の衝撃波は周囲の国々を破壊し尽くしていた。
最早ディーテは生きていないだろう…サタンに勝つ事は出来たが全てを失ってしまった…
「…虚しいな」
見渡す限り瓦礫の山…
しかし、何かが動いている…現れたのはクレイオスとディーテだった。
《何とか間に合ったが…凄まじかったな…》
クレイオスは超新星爆発が発生する瞬間、部屋に辿り着きディーテを衝撃波から守ってくれたのだ。
可哀想に全身ボロボロになっている。
「クレイオス…大丈夫なのか?」
《儂らは不死だからな!しかし…かなり効いたぞ…》
『グルナ…お前の仕事は終わりだ!後は私がやるぞ!』
「……?」
ディーテは魔王へと覚醒していた。
そして、その力は世界を包み込むのだ。
『”無垢なる救済”』
ディーテの足元に発生した眩く優しい光は、やがて世界を包み込み悪魔によって命を失った者達を生き返らせる。
その光が消えた時、魔物の森には空色の小さな花が咲き乱れた。