6 病室の日常
人物の容姿を追加しました。内容は変わっていないので暇なときにでも読み返してみてください。
あの日から一週間ずっと眠っていたとアトスから教えて貰った。二週間後、ようやく動けるようになったセラは病室の端のほうにシーツを被って蹲っていた。ドアのほうから気配を感じ顔を上げるとアトスが扉を開けて近づいて来た。
「セラ、果物持ってきたぞ?すりおろしておるから食べやすいぞ?」
「たべていいんですか?」
「食べてええぞ」
器を受け取りスプーンで食べ始めた。起きて初めて食べたのが薬草が入ったお粥だった。その時初めてスプーンを使った。初めは使い方を知らず眺めていただけだったが、使い方を教えて貰い十日目には奇麗に食べることが出来た。しかし食事を出されても自分が食べて良いものかどうか聞いてからではないと絶対に食べることはなかった。
「おいしい」
「そうか……おいしいか。もうちょっと体力が戻れば色んなものが食べれるからの」
「ふしぎなあじ……たべたことない……」
「それはな、甘いというんじゃ」
「あまい?」
「そうじゃ。他にも色んな味があるからの楽しみにしておれ」
ニコッと笑うアトスにつられてセラも笑顔になる。アトスとこの場にはいない弟子のジェシカには慣れてきて表情を出すようになったが、初めて会う人には二人の後ろに隠れて怯えた。なので、緊急の場合を除き二人に許可を得られないとセラの病室には入って来られないようにドアに魔術を施していた。
アトスと少し話をしながらリンゴのすりおろしを食べていると用事を終えたジェシカが入って来た。
「あら?セラちゃん。今日はリンゴ食べているの?この二週間味気無いものだったものね。おいしい?」
「ジェシカさま。はい、おいしいです」
「もう……様はいらないって言っているのに。まぁそのうちね!」
ジェシカは燃えるような赤いウェーブの髪、赤褐色の瞳をしている。肩までの短い髪だが彼女のはつらつとした雰囲気にとても良く似合う。
「ジェシカ薬草をちゃんと届けてきたか?」
「ちゃんと届けてきましたよ!あっそうだ!今日は良いものがあるんだ。セラちゃんの暇つぶしになるかなって」
「?」
ジェシカが取り出したのはチェス盤だった。折り畳み式の収納ができるタイプのものだ。これなら、どこでも好きな時に出来、持ち運びも出来るからだった。
「なんですか……?」
「これはねチェスというボードゲームよ。ちょっと難しいけどセラちゃんならすぐ覚えられるわ。ちなみに老師はね、この国で一番チェスが強いのよ?今はどうか分からないけど」
「言ってくれるのジェシカ。儂はまだ強いぞ!」
「じゃあ勝負してよ。勝ったらマーカデゥーサのケーキ買って」
「勝てたらの。セラに教えながらやるから、ゆっくり打てな」
「分かっているわ。さっ!セラちゃん私の膝の上においで」
持っていたチェス盤を近くのテーブルに置き駒を並べた。ゆっくり駒を動かし相手の陣地へと入って行く。駒を奪い奪われていく様子にセラは心躍らせた。
「チェックじゃ」
「っ!ならこれでどうだ!」
「甘いの。チェックメイトじゃ」
「あぁ!」
ジェシカが別の手で打つもアトスはものともせず、すぐに取り返す。あっという間にアトスが勝利し勝負が終わってしまったことを残念に感じた。
「どれ次はセラと勝負じゃ。分らんことがあればジェシカに聞くと良い」
「やっていいんですか?」
「おぉ良いとも。セラはチェスをやりたくないか?」
「やってみたいです」
「なら決まりじゃな。ジェシカそのまま教えてやれ」
「もちろん!セラちゃん、分からなければすぐに教えてあげるから言ってね」
「はい」
セラは先行で打たせて貰い駒を進めて行く、初めは優勢だったのにいつの間にか形勢が逆転して負けてしまった。その後も何度か打たせて貰ったがアトスには敵わなかった。
「またまけた」
「ほほ、まだまだじゃの。じゃが筋は良いぞ。ジェシカを超す日も早いの」
「ちょっと、老師!ひどい!」
その次の日から、時間があればアトスとジェシカと一緒にチェスをするようになった。
◇ ◇ ◇
その一週間後いつも通りチェスを楽しんでいると、アトスともう一人男性が入って来た。セラはびっくりして椅子から飛び降りジェシカの後ろに隠れその男性の様子を窺った。
男性はすらりとしていて紫がかった暗い青髪に紫の瞳をしている。何の用だろうと言葉を待っているとアトスが話し始めた。
「驚かせてすまんのセラ。この方はな、この国の宰相を務めておられるローファス・ノルディス様じゃ。若いがとても優秀でな、陛下の右腕として活躍しておるよ。それでこう呼ばれとる。れい……」
「それは良いでしょう。その名は好きませんし、何より何勝手に言おうとしているんですか。はぁ……君がセラですね。初めまして。ローファスと言います。君にある提案を持ってきたのですが聞いて貰えますか?」
「てい……あん?」
ローファスという男性の言葉に不思議に思いながら、ジェシカの陰から顔を覗かせた。