1 奴隷少女
よろしくお願いします
「何故言われた事が出来ない!」
バシッ
少女は殴られた頬に手を当てながら無言で俯いていた。少女の名はセラ。この伯爵邸の奴隷だ。ずっとお風呂に入っていない為、髪の色は艶をなくし無造作に伸ばされ、食事も殆ど貰えない為、骨も浮いていた。その桃色の瞳からは生気が失われていた。今頬を叩いたのは、この邸の主であるマカロフ・ローディン。少し伸ばされたくすんだ青緑色の髪をうしろで縛っており深緑色の瞳をしていた。セラは物心つく前からこの邸におり、いつも魔術の勉強と称して朝から晩まで魔力が尽きるまで練習させられていた。ことあるごとにマカロフから難癖をつけられ日々暴力を振るわれていたが、痛みを感じなくなるほど、心が疲弊していた。
「役立たずのお前を邸においてやっているのは、お前の持つ化け物じみた魔力を使う為だ!何故こんな簡単な事も出来ないんだ!」
セラは魔術を使用する上で優秀だった。術式を理解しそれを応用する事も出来る。だがマカロフはそんなセラに自信をつけさせないように、セラ自身を家畜以下だと思い込ませる事で自分の思い通りになる駒として扱っていた。
「もう良い!今日はもう終わりだ!」
そう言うとマカロフはセラの腕を強引に引っ張り地下室へと向かった。そこにあったのは地下牢で、その部屋の中には動物用の檻が入れられていた。地下牢は昔、悪さをした使用人に罰を与える為に使用されていたが、現在では使用される事がなくなっていた。今はセラを閉じ込める場所として、地下牢に動物用の檻を入れてその中で暮らさせていた。
「今日も飯は抜きだ!出来るまでは食べられると思わない事だな」
そう言うとマカロフは地下室から出て行った。いつもご飯が食べられるとは限らない。マカロフの気分次第でその日食べられるか食べられないかが決まる。いつもの事なので、セラはあまり気にしていなかった。
マカロフが扉を閉める音を聞くと暗闇になった。魔術でマカロフが入ると電気がつき、出て行くと電気が消える仕組みだった。セラの世界はこの暗闇とマカロフの執務室だけだった。セラは首元にある首輪に触れた。この首輪は奴隷印とともにつけられ、逆らうと身体中に痛みが走り意識がなくなるまでその痛みが続く。ずっと前に全てが嫌になり逆らった事があった。そして魔術を使用する事を拒否したら首輪が反応した。首輪が反応するとすぐに激痛が走った。その痛みは自分が死ぬのではないかと恐れる程、気を失うまで続いた。それ以来逆らう事はせず、ただ従順にマカロフの奴隷として生きてきた。
「ちゃんとできるようにならなくちゃ……あしたはたべられるかな……」
檻の中で丸くなりながら魔力を回復させる為に眠りについた。
何かの気配を感じ、眼を覚ますと周りにふよふよと光が漂っている。偶に見かける小さな光はセラにとって、唯一の心の拠り所だった。小さな光に触れると小さな光たちはより大きく瞬いた。まるでセラに触れられて嬉しいと言っているみたいだった。
――これにふれると、むねのあたりがぽかぽかする……ずっとつづけばいいな……
それに応えるように小さな光たちはセラの周りに集まり魔力を回復させていった。
「すごい……そうだ、ごしゅじんさまがくるまえにまじゅつのれんしゅうがしたいな……れんしゅうにつきあってくれる?」
たどたどしく小さな光に向かって言うと『いいよ』と言ってくれるみたいに大きく瞬いた。
「ありがとう。セラね……ぜんぜんだめだから、いつもおこられちゃうの……だからね、もっとがんばらないといけないの……」
小さな光たちはそれを聞くと慰めるようにセラの周辺を飛び回った。それから暫くの間、その光たちとともに魔術の練習をした。魔力が切れるとまた小さな光に触れる。それは明け方近くまで続いた。
◇ ◇ ◇
「いつまで寝ているんだ!早く起きろっ!」
マカロフの怒鳴り声で目を覚ましたセラは目を擦った。いつの間にか寝ていたらしい。あの小さな光たちもそばから消えていた。
「早くしろ!お前に今からやって貰う事がある!」
そう言うと檻から出され無理やり腕をひかれ地下牢のすぐ傍の扉へと向かう。その扉は近づくなと言われていて、初めて入る部屋だった。クモの巣だらけでロウソクが何本かあるだけの部屋だった。初めての部屋に戸惑っていると、床に叩きつけられた。
「っ……」
身体を叩きつけられたが、何事もなかったかのように起き上がる。見下ろしているマカロフを見てみると、いつもとは違う様子に戸惑った。
「私から解放されたいか?」
「……えっ?」
「奴隷から解放されたいかと聞いているんだ」
初め何を言っているのか分からなかった。だけどその言葉を理解すると、驚きで目を開いた。
「かい……ほう……?」
「そうだ、但しある男を殺せたらな」




