いざ、異世界へ (1)
───長い、長い戦いだった。俺は、遂に成し遂げた。
「今夜はパーティだな。」
目の前のPCに目を傾けながら、そう呟いた。
時は1週間前に遡る。朝早くの混雑した電車に揺られながら、いつもの時間に出勤したときのことだ。会社に入ると、背中に悪寒が走った。嫌な予感がした。普段はしかめっ面の部長が、やけに笑顔で近付いてきたのだ。この時、俺は悟った。あぁ、今日は残業か、と。──部長が笑顔のときは、急用の仕事が入るときなのだ──。
「坂本君、君にして貰いたいことがあるのだが、引き受けて貰えるだろうか?」
「どうせ強制でしょ。わざわざ遠回りに聞かなくても、やりますよ。」
「いやぁ、話が早くて助かるよ。」
「それで、内容は?」
「実はだね、来週に取引先の方々が来るんだが、その時に使う資料をまとめておいて欲しいんだ。できるだけ分かりやすいように、ね。」
そう、まるで当たり前のように話されたもんだから、聞き逃しそうになったが、ある違和感に気付く。
「は、はぁ?え、来週って。いきなりすぎじゃないですか!?」
「しょうがないだろ。私だってさっき知ったんだ。それより、やってくれるんだろ?資料は君の机に置いておいたから、そいつをまとめるだけでいい。今やってるのは違うところに回してやるから、頼んだよ。」
部長はそう言うと、足早にその場から去っていった。
(1週間、ヤバいな…。取り敢えず早くやろう。)
そうして、席に着いたのはまだ良かった。正直、資料作成はそこまで嫌いじゃなかったし、まとめるだけなら案外すぐ終わるんじゃないかと、鷹を括っていたのだ。だが、現実はそう甘くもなかった。机に山積みにされた資料をみたら、やる気も何もあったもんじゃない。
「は?え、待って。嘘だろ…」
基本、この手の仕事は3冊くらいのファイルに入ったプリントをまとめるものだ。それなのに、机には、
「6、いや、7冊も!?」
流石にこれを1週間でどうこうしろってのは、ブラックが過ぎるんじゃないだろうか。
「あれ、坂本。それどうしたん?」
振り返ると、たった今出勤してきたばかりの同期、田中が居た。
「こいつを1週間以内にまとめて資料を作っとけだとよ。」
そう吐き捨てるように言った。
「うっひゃあ。それはそれは。ご愁傷さま。良かったぁ、俺じゃなくて…」
田中は、心底安堵したような顔でそう言い放ちやがったのだ。(本当に、なんで俺なんだよ…!!!まぁ、何言っても無駄なんだろうな…。やるか…。)
そして時は戻り、7日後の午後。終わった。遂に、「終わったぁぁぁ!!!良かった、終わった!!途中でデータが消えるという最悪のハプニングがあったけど、バックアップを取っておいて本当に良かった!」
「おー、お疲れさん。坂本、嬉しいのはよーく分かったから、ちょっと落ち着こうな?まだ仕事中なんだから。」
田中の忠告に我に帰った。
「さっさと提出してきちゃえよ。今日は1杯やんだろ?」
田中の提案に俺は乗ることにした。
「おお!良かった。終わったんだね。どれどれ…うん、素晴らしい。坂本君に頼んで良かったよ。」
俺が必死にやってるなか、何度も「終わるのかね?」と聞いてきてウザかったが、褒められたのは素直に嬉しかった。だから、素直にお礼を言った。
「ありがとうございます。」
「うんうん、次も頼んだよ。」
俺は悪魔の宣告を受けた気がした。一応、できるだけ早く教えて欲しいとの旨を伝えて、席に戻った。
「今夜はパーティだ」
そう呟いて、ウキウキな気分で帰りの支度を終わらせ、帰路についた。
(パーティって言ったって、酒とツマミぐらいしか食べないけどな。)自分の貧乏性には飽きれるが、正直酒とツマミがあれば良かった。1週間我慢してた酒と、ツマミに枝豆を買おうと、コンビニに寄ったのが、運の尽きだった。しゃあっせぇぇと、特徴のある店員を横目に早速酒を片手に、枝豆を探す。
「えーっと、枝豆は…」
その時だった。強盗が入ってきたのは。
「金だぁ。金を出せ!」
銃を片手に、店員を脅している。幸い俺のことは気づいてないようだ。(でも、どうする…?このままやり過ごすか…?でも、店員に何かあったら…。せめて銃が無ければ…)そう思った時、俺の手が青白く光ったのだ。(なんだ?何が起こった?)同時に、強盗の声が響く。
「は?じ、銃が…」
何かと思って強盗の方を見ると、銃が無くなって居た。(ますます意味が分からん。でも、今は好機だ!)
俺は、強盗の後ろから、なるべく音を出さないように近付き、タックルを喰らわせてやった。そのまま床に倒れたのだが、衝撃で強盗は気絶していた。俺はすぐさま警察を呼ぶように店員に指示し、強盗はもしもの時に備えて、コンビニにあったガムテープで縛っておいた。数分後、警察が駆け寄り、事情を説明して強盗を引き取って貰った。
「飛んだ災難に巻き込まれた。何はともあれ、怪我しなくて良かった。でも、どうして銃が消えたんだ?あの時俺の手が光ったのと、何か関係があるのだろうか。」
そんなことを考えていたら、いつの間にか家に着いていた。(まぁ、いいや。多分疲れてるんだろ。酒飲も。)早速買ってきた酒と枝豆を開け、もう何本酒を飲んだだろうか?もう外は真っ暗で、時計をみたら1時をとうに過ぎていた。それなのに、部屋が異様に明るい。寝室の方から変な明るさを感じた。
(な、なんだ…?)
そぉーっと扉を開けると、そこには見知らぬ女が居た。(だ、誰だ?少なくとも、俺の知り合いにあんなやつは居ないぞ。)そんなことを考えていると、俺の気配に気付いたのか、女が振り向いて言った。
「誰!!?」
「いや、お前が誰だよ!!」
思わず突っ込んでしまったが、今はそれどころじゃない。
「強盗か?また強盗なのか?俺の家には高価なものはない。枝豆の残り食わせてやるから、さっさと消えろ。」
「ちょっと!私そんなに安くないんですけど!それより、あなたがサカモトユウヤさんですか?」
流石に枝豆じゃ釣れなかったか。ん?ちょっと待て。こいつ…。
「おい!なんで俺の名前を知ってる?まさかストーカーか?」
急に知らない奴が部屋に居て、そいつが自分の名前知っていたら、怖い以外のなんでもない。膝の震えも止まらないし、冷や汗も止まらない。
「はっ、私は別に好きであなたを追ったわけじゃかの。あなたみたいな男追うくらいならもっとイケメンがいいわよ。」
「初対面に失礼な物言いだな!?しかも、やっぱりストーカーじゃねぇか!!」
「うるさいわね。取り敢えず、私は急いでるの。今から異世界に飛ぶわよ。負荷がかかるから、意識が持ってかれないように強く自分を保って!」
(ん?今異世界って言ったか?こいつ。)
「は?」
「あー、頭悪いなぁ!まぁ向こう着いたら詳しく説明するわ!行くわよ!」
「お、おい。俺は行くなんて言ってないだろ!!俺の意見は無視か!?」
そう問うと、女はごめん、と仕草をしてきた。(こいつ。よく見るとかなり可愛いぞ。美少女って感じだ。けど、結局なんなんだ?俺は、大丈夫、なの…か?)
不意に、後ろから頭を殴られたような衝撃をうけた。俺の記憶はここで終わった。