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次々と現れるお客様



 通称は湯編み場、平たく言えば風呂場、畏まって言えば湯殿の入り口には一切の表記はない。そもそも王宮には表札も何も必要ないし、侵入者対策で固有名詞は使われない慣習なのだ。


 間違っても「王様専用の湯編み場」なんて札をぶら下げたりはしないけど、わざと衛兵の詰め所にそんな表札付けておいたら良い侵入者対策になるんじゃないか? いや、そもそもそんな間抜けに殺られる方が悪いかもしれないか。


 だからこそ、俺は目の前にある見慣れぬ【スナック~ま・ほ・ろ・ば・♪~】の表札が付いたピンク色の扉と、殺風景な湯編み場の扉を交互に見ながら考えていた。


 ……これ、何のドッキリなの? ……と。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 「おーい! 誰か居ないかぁ? 居ないか……レミのおバカはこーゆー時だけは【若い婦女子に裸を見せるつもりなんですかっ!?】とか言うからなぁ……」


 俺は独り言を言いながら、既に服を脱いで脱衣籠に入れてしまっていたので、手拭いで局所を隠したまま困惑していた。そりゃそーだ。目の前にあるピンク色の扉はどう見ても罠……しかも手の込んだ周到なイタズラにしか見えないし。


 扉の足元には律儀にも足拭きマットが敷かれていて、《いらっしゃいませ!!》等と色柄で書いてある。うーん、ますます怪しい。



 ……だが、抗えない……俺の中の何かが叫ぶのだっ!!【……押すなよ?】って……いや、この場合は引くなよ、か? ドアノブだから回すのか?


 そんな懐かしい言葉を反芻しながら、俺は流れるような動作でドアノブを掴むと回して引いていた。そう……何かに取り憑かれたかのように……


 ……そして俺は、予想通りに扉の奥の暗がりへと転がり込んでいった……あーあ、言わんこっちゃないや……




 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 ……ふと気がつくと、目の前にはお花畑が広がっていた。いや、比喩的にだけど。


 その空間へは慣れない不可思議な落下感を伴いながら出現し、湯編み場ではなく清潔そうな室内へと転送されたようだ。


 そして、その室内には空腹を刺激するような香辛料と郷愁感を誘う温かな料理の香りが充満していたが、それよりも気になったのは居合わせている人々の顔ぶれである。




 一番近くには黒髪ショートヘアーのエプロン姿の女性(ぴっちりとした黒いタートルネックとジーンズだ!)が驚きの表情で硬直していた。


 その先にはテーブルが有り、料理や飲み物のグラスが置かれている周りに、セミロングの金髪女性(いかにも冒険者風)のキリッとした感じの美人、そしてその横には紺色の厚手のローブを纏った(袖捲りしてますが)長い髪の毛を一つ纏めにした柔和そうな顔立ちの若い女性、そしてその前には……ジョッキを傾けてながら停止している幼女が居た。




 ……うん、ここはお花畑である。しかし、俺の今の姿は……


 「きぃやぁああああああぁ~っ!!? 裸一貫ですわっ!?」

 「あわわわわわぁ~っ!? ……って、あれ?」

 「あの、えと……お客様……ですよね?」


 うん、地雷を踏み抜く格好だったね! 手拭いしか巻いてないし。


 ……しかし、幼女の発した言葉に俺は救われもしたし、死にたくもなった。


 「……なんじゃ、ゴルダレオスか……お主の貧相な裸なぞ見たくもないわ……はよう粗相を隠せ!」


 うわぁ……粗相かよ、ってか、こいつノジャじゃん!!




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 「あー、隠せと言われたら直ぐにそうしたいんだが……何せ手拭いしかなくて……話すと長いんだけど、聞く?」


 「アホかお主は! 今はそれどころでは無かろうに……ハルカ、何かこの破廉恥極まりない粗沈に布を与えてやってくれぬか?」


 俺はノジャに罵倒されながら周囲に身をくるむような物は無いかと探していたが、傍らからハルカと呼ばれる女性に(俯き加減で)身に付けていたエプロンを差し出され、人生初の裸エプロンを敢行する羽目になった……ほんのり彼女の温もりを感じられ、そこはかとなく胸の鼓動が高まった気もするが、たぶん羞恥心からかもしれないけども……まぁ、いいや。



 「……成る程のぅ。つまり、妾が設けた【次元門(ゲート)】がそちの湯殿の扉の脇に繋がっていた、という訳じゃな?」


 「あぁ、そーいうこと。で、あれはいつか消えるのか?」


 俺はノジャに自分の疑問を投げ掛けると、やれやれ……といった風情で呆れながら答えてくれた……いちいちムカつくんだが。


 「お主は昔から魔導の初歩もまともに理解出来ん()()()()()じゃったが、少しは頭を使って物申せ……」


 言いながら出来の悪い生徒に教え諭す先生のように話し出す。ムカつくがコイツは昔からこうだったな……だが、言い方にいちいちトゲは有るが、ヒトを卑下するような言葉は使わない所は尊敬に値するけど。


 「【次元門(ゲート)】とは、二ヵ所の間に存在しとる『近道』を繋げる事象の一つじゃ。妾が無作為に選んだ場所同士を並列化して同次元の扉を同じように設けると、互いの存在が重なって一つに成りて融合するのじゃ。つまり消えずに……何処でも繋がる扉になる訳じゃな? 略して【どこでもド「あー! あー! そーなんだ判りましたー判りましたー!! 成る程さすがはノジャだな凄いなー!!」


 俺はノジャの言葉を遮り危うく面倒になる所をギリギリセーフにしながら切り抜けたが、周囲の面々はポカーンとしていた。ま、そうなるなぁ。


 「……あ、あの! ゴルダレオス王様!!私は宮廷魔導士のクュビラレス・アミラリアです! 流石の御明察で御座います!」


 いきなり名前を呼ばれてびくつく俺を他所に、名乗りながら誉める紺のローブ姿の女性……クュビラレス? もしかしてケビイシ爺の孫の一人か? あの一族は似たような名前を名乗るから判り易いが、舌を噛みそうな名前で呼びにくいんだよね……アミラリアちゃんか? 和名なら佐藤ちゃん、みたいだけど。


 「うーんと、アミラリアさんでいい? 何せクュビ……って呼び難くてさ……」


 「はい! 仰せのままで結構で御座います! それでですが、ここはひとまず御所にお戻りになられた方が宜しいかと存じますが……如何でしょうか?」


 ……まぁ、そうだろうね。今頃は城内は蜂の巣を突っついたような騒ぎになってるかもしれないけど。


 ……だからこそ、俺は言いたい!




 「……嫌だね! ここで飲まずに帰れるか!! お酒くださいっ!!」


 あはは、アミラリアさんの目が死んだ魚みたいに濁って生気を失なっていくぞ……それとさっきから無言の冒険者風の女性(フィルティ)が一生懸命笑いを堪えているのが、手に取るように判る。俺……何か覚醒しちゃったのかな?



……裸エプロンだけどな。




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