モツ煮と聞いて喜ぶヒトは酔っぱらい
だんだんとカオスになっていきます。
……現世日本各地に点在するモツ煮込みの名店、それぞれが趣向を凝らしながら過去、現在、そして未来もモツ煮込みを作って提供してくれているだろう。
勿論、私はそんな名店の技法に精通してる訳でもなく、ただ検索して調べた方法で作って試してみた結果である。鳥だろうと豚だろうと牛だろうと何だろうとあまり関係はない。結局は仕込みのやり方と味付け次第だ。
ざっと説明すれば、モツを下茹でしてお湯を二回程替えて、野菜と煮込んでから味付けするだけ。
……そこに、入れる香味野菜(捨てる前提で香りの強い葉物を入れる)は?とか滲み出る脂は捨てるか?等、目指す出来に向かって様々な過程を経て、千差万別の煮込み料理が完成するのだけれど……
でも、まさかこうなるなんて、誰が予想出来るのやら……?
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「ハムッ!!ハムハム!!むもー!!」
「いや~なんでしょう何なんでしょうかこの食感!!」
「お肉なのにお肉じゃない……」
目の前では、幼女と若い女性(私も若いが)、そしてもう一人のお客様が揃って貪っていた。そう……貪っているのだ! それも『モツ味噌煮込み』と『秘密の一品』を交互に。
……思い起こせば、始まり方は誠に悲しい程の食い付きの悪さだったのに……しかし、転機は文字通り、予測も出来ない方向から始まる訳で……
……遡る事、三十分前。
「えええぇ~!? 牛とか豚とかのハラワタなんですかっ!? 気は確かなんですか!?」
口に手を宛ててフィルティさんが絶句する。そこまで言うことないじゃん……あとハラワタって言われると、グロくて私だって嫌だぞ? ……食べる側として。
「……正気の沙汰とは思えません。ウ○コが通過してた所なんですよね? 解体時に裏返して洗う際は臭うと聞きます……無理です」
アリタリアさんも身を捩りながら逃げるように背もたれの後ろに隠れている。そこまで……嫌がるかなぁ? ……悲しくなるぞ。あと乙女が衆人環視の中でウ○コとか言わないの。
「ハルカ……妾は気にはしていないぞ? ……柔らかそうに煮えているではないか! ニンジンやダイコンとかが……」
お行儀悪くお箸の先でツンツンしてるノジャ。そう言えば彼女は箸が使える。過去に感心したら「お主が特訓したではないか!!」とキレられたっけ。悪いとは思うけど何も覚えていないんだもん……仕方ないじゃん。それにしてもモツ以外を評価するのは止めてほしい。肉を食えよ身内なんだから!
私は説得するのを諦めて、奥の手を出すことにした……と言うか、ただのバリエーション違いなんだけどね~。
「いやぁ~残念ですなぁ……いくら何でも三回も茹でこぼして梅干しの種もどっさり入れてモツだけ下茹でをして、味付け時には野菜ガラと一緒に煮込んでアク抜きを徹底的にやって臭み抜きを重ねた上に……こうやって色々な味付けもしているのは、美味しく食べて貰いたいだけなんですけどねぇ~」
私はそう言いながら、手にした土鍋(まぁ普通の家庭用かな)をミトン越しに持つと、ノジャに頼んでテーブルの真ん中に鍋敷きを出して貰い、そこに土鍋を置いた。
その土鍋の蓋には蒸気抜きの小穴が開いていて、そこから湯気が立ち上っている。勿論、【あの独特な匂い】が激しく自己主張してるけど、目の前の三人は知る由もない筈だ(ノジャは怪しいが)。
「……のぅ、ハルカよ……この刺激臭は何なんじゃ?鼻の奥がツンツンするんじゃが……」
デリケートな嗅覚をお持ちのノジャからの刺激臭……は、かなり斜め上な表現!! 身内転じて首斬り職人と呼びたいノジャだが……まぁ中身はおばーちゃんなんだから仕方ないよね?
「私……まだ結婚もしてないのに……せっかく迷宮から生還出来たのに、寸前で命を落とすなんて……虚しいです!」
フィルティさんの悲しげな眼差しが痛い……でも、心なしか目線は蒸気の先を追っている気配もあって……本当に嫌なら見るのも嫌だろうから、興味はありそうだけど。
「……先程は取り乱して申し訳有りません……。改めてお訊ね致しますが、こちらは香辛料が多く使われているようですね?……ええっと、クミン、カルダモン……」
アリタリアさん、あなたの分析能力は素晴らしいですが、手品の種明かしをしたがる子供じゃないんですからね? ……まぁ、それを聞いている残りの二人はハニワみたいなポケーっとした顔です。ポケラーッとして意味の理解出来てない顔です。
「……それじゃ、お待たせいたしました! 『カレーモツ煮込み』で御座います!」
パカッ!!
……あ、あれ? ……反応ないよ?
「……う、うわああああぁ~ん!! もういやぁ~!!」
「えええええぇっ!!? 香辛料使ってなにしてまんねん!?」
「なんじゃこれはっ!? ハルカっ!! 一体何がどーなっておるんじゃ!?」
……あ、見た目だけなら『動物のハラワタ』から連想する物としては最悪の繋がりだったのかなぁ……? 私にとっては好きなものを並べたみたいなもんだけど……。
各自の絶叫(一人何故か関西弁だったような?)を聞き、私の調理に対する自信と誇りがグラグラと揺らぐ最中、予期せぬ来訪者の意外な支援を得て、事態は思わぬ方向へ急展開することになるとは……その時は思いもしなかった。
……チリリリリリリ……ン♪
(……何だ? この匂いは……久しく忘れてた、懐かしい香りだ……おっ!?)
「……おおおっ!! な、何なんだここは!?」
……ベルの音、そして呟きながら扉の向こう側から現れた男性は、ほぼ全裸だった……。