ハルカ、狼狽える。
久々に更新、そして久々に主人公が主人公します!! そんな感じです。
春も迫った或る夜の事……
恙無く一日も終わり、閉店を迎えた異世界スナックの店内には三人の姿があった。
ビスケットはエネルギー効率の為、作業終了と同時に待機モードになり、店内の椅子に腰掛けたまま不動の姿勢を貫く。話し掛けられたり、或いは侵入者等が現れたら動き出すが、それまでは情報整理以外の機能は最低限のセンシング機能のみ作動させて、スリープ状態を維持していた。
ハルカは帳簿を睨みながら、常連客のみで運営する事への危機感を募らせつつも、経営者の意向を汲んで現状維持するべきか、自発的に経営変革を行うべきかを考えながら、ブツブツと呟いている。
そしてもう一人、フィオーラはと言えば……居候らしく、ハルカのおさがりのジャージ(今日はピンク色)の胸元を窮屈そうに開き気味にしながら、コタツの中でモゾモゾと身をくねらせて寝入る体勢を探していた。ちなみに九本の尻尾がウネクネとコタツの中にひしめいているので、見た目以上に中はみっちりモフモフだったりするのだが……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
コタツの中で尻尾に紛れながら、うつらうつらし始めたフィオーラは、コタツの中にひんやりとした外気と、柔らかな肌触りの布地を感じて目を覚ました。
「……うにゃ……? あれ、ハルカちゃん……まだ帰らないの?」
「……うん、そう……」
見ればいつの間にか色違いのジャージに着替えたハルカが、コタツに腰まで入りながら天板に顎を載せ、ボーッとしているようだった。
「……店に泊まってくぅ?」
「……うん……そーするかもしれない……」
……答えるハルカのやや愁いを帯びた目許、少しだけへの字に歪ませた唇が物語る心情を見てとったフィオーラは……酒が飲めそうな状況を予想してほくそ笑んだ……! ……だが、心中とは裏腹に表情は冷静を維持し、何気無い素振りで傍らの私物入れ(腰掛けの形をした収納箱)から、そっと呼び水用の四合瓶を取り出しつつ……
「いつも帰るのに……珍しいんじゃない? ノジャちゃんと上手くいってないの?」
「そうよ! それよそれ!! ……ケビンが戻って来てからノジャったらずーっとくっつき放しよ!? やれ腹は空いてないか喉は渇いてないかってさぁ~!? ……まぁ、長い間離れ離れだったみたいだから、仕方無いのは判るけどさぁ……」
ハルカが心情を吐露し始めたのを契機に、天板に載っている御猪口入れから新しい器を一組出すと、四合瓶からトトトと御猪口に注ぎ入れ、ハルカに無言で差し出す。
ハルカもこれまた無言で手を出して、一瞬だけ見つめてから一気に流し込む。本醸造が艶やかな口当たりを残しながら胃の腑へと滑り落ち、ほぅ、と一息ついてから、
「……ありがとぅ。……それでねっ!? ……ノジャったら……」
舌の滑らかさを得たハルカが愚痴り始め、曖昧に相槌を打ちながら彼女のペースに合わせて四合瓶を傾ける作業に没頭するフィオーラは、見事に釣り針に乗ったハルカに見えるように、にこやかな笑顔で……店内奥の不思議な箱(冷蔵ケース)に仕舞われた様々な日本酒の数々を眺めてから、
「ありゃ? もう空になっちゃったなぁ~、ううぅん、どうしたもんやら……?」
指先で空の瓶を摘まみながら、左右に振っておどけてみせるフィオーラの前で、無言のまま立ち上がったハルカが躊躇せずに【限定大吟醸】と力強く筆書きされたラベルの付いた瓶を手に取り、スタスタとコタツに戻る姿を目で捉えつつ、未開封のスルメイカの袋をしびりと開けたのだった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「でね!! ……私は言ったんだけどさぁ……ノジャったら上の空でさ……『店の方はそなたに任せておるから、好きにやって構わぬぞ?』なぁ~んて言う訳なんですよ!! だったらもぅ好きにやらせてもらうってんですよ! ねぇ!?」
「うんうん、そうだよねぇ、好きにやらせてもらってもいいよね~、で……ハルカちゃんは好きにするならどうしたいの?」
コタツの脇には空になった一升瓶が転がり、天板の上にはスルメイカが散乱する中、ハルカが次の酒を出すべきか止めるべきか迷いながら、しかし話は止まらずに愚痴る所に……フィオーラが鋭く切り込む。
「ふぅ……んぅ? 私? うーん、そうだなぁ……店の事は、うん……新しい業態も興味あるかなぁ……」
「新しい……業態? 何それ……」
「……んとね、スナックも良いんだけど……もう少し客単価の高い店舗もいいかなぁ……なんて、思ってるんだよねぇ」
そこまで話しながら、ハルカは頭の中でそんな店舗の様子を夢想する。
……屋号が記された暖簾をくぐり抜け、格子の引き戸をがらりと開ける。すると藍の作務衣に身を包んだハルカが出迎える。店のカウンターに案内された客が彼女からおしぼりを手渡されると、厨房に立つ主人に向かって、
「いやぁ、美人女将だと商売繁盛でしょ? 大将!」
「……そうですね、妻には色々と助けられてますから……ホント有り難いですよ……」
……みたいに切り返されてさぁ……それでこっちをチラッとか見るんだよねぇ~手元から一瞬だけ、眼を離してさ……うふ、うふふ、うふふふひ……♪
「……うん、そうなんだ……ハルカちゃん、妄想が口から漏れてるよ?」
「はひっ!? や、いやウソッ!? あ、あははは……まぁ、それはあれですよ、理想であってそうなるかは判らないけど……」
そこまで聞いていたフィオーラは、釣り針をしっかりと飲み込んだハルカを引き抜くべく……一気に巻き上げた!!
「うん、そうなんだ~、でさ……そんな未来設計があるんならさ……ハルカちゃんも彼氏探して付き合えば? 例えばキタカワさんとかさ~?」
「な、何でそこでキタカワさんの名前が出るんですかっ!? 別に彼氏とかそーゆー感じを望んでる訳じゃないし……まぁ、同じ世界の人だからその……なんと言うか……」
「……あらそう? 別に彼氏じゃなくていーの? じゃ、私が頂いてもいーってことかな? あんな感じの頼り甲斐のあるタイプってそうそう居ないからなぁ~♪ ハルカちゃんがそう言うなら『お友達』として付き合えればいーってことかなぁ? そーゆーことかなぁ?」
「……もう!! 片付けて寝ますよ!! ……まったく……」
ハルカはそう言いながら強引に話を切り上げると、手際よく周りを片付けてコタツの中にさっさと身体を潜り込ませる。
……だがしかし、照明を落とした店内に、フィオーラの金色の瞳と呼応するように、ビスケットの眼が緑色の光を妖しく放っていた……。
続きは未定ですが、暫しお待ちください……。ではまた次回!!




