フィオーラとビスケット。
久々の更新になりました。異世界スナックの主役達がなかなか出てきませんねぇ。
「ところでフィオーラ様、お食事の後は何かご予定は御座いますか?」
カチャカチャと食器を下げて片付けながら、ビスケットがフィオーラに訊ねると、彼女は暫く考えてから、
「……う~ん、今んとこ無いよ?」
「ご予定が有るかのように御振舞いですが、本当は無いんですよね?」
…………、
「……うん!ないよ!!」
「でしょうね……さて、これを片付けたらお買い物に行きます。お暇でしたらお付き合い願えますか?」
「まぁ、やる事も無いしねぇ……いいよ!出掛けよっ!!」
二人は洗って拭き終わった食器を棚に仕舞うと、【まほろば】を出て店の外へと繰り出して行った。
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「……って、この店の外観って……物凄く普通の建物……ってか、どう見てもあの広さの空間が収まってるようには見えないんだけど!?」
フィオーラが振り返って【まほろば】を見ると、そこには質素な倉庫にしか見えない小さな木造家屋がぽつんと建っているだけで、小さな窓から中を覗くと雑多に積まれた木箱が幾つか有るだけだった。
「これですか?ノジャ様曰く『無用な注目を浴びるような愚は犯さない』為だそうです。陽の高いうちにあの扉から【まほろば】に戻るには、ドアノブを握って三秒待たないと繋がらない、と仰有ってました」
「ふぅむ……ああ見えて結構用心深いんだね~」
「因みにあの木箱の周りに、先日キタカワ氏が罠を幾つか付けて『死なない程度だが二度と近付きたく無くなる』ように為さったそうですよ?」
「……三秒待つんだよね?三秒三秒……覚えとこっと……」
フィオーラは掌に何度も指先で書きながら、ブツブツと呟いて復唱していたが、不意に顔を上げて周りをキョロキョロと見つつ、
「……あれ?そう言えば、周りのヒト、私の姿を見ても何も言わないような……?」
「今更ですか?フィオーラ様のお姿が特に目立つような事はないと思います。こちらは大陸随一の多民族都市……とまではいきませんが、ゴルダレオス公国内でも特に多くの種族が暮らしている、重要な貿易特区だそうです。白面九尾だろうとナイアーラホテップだろうと誰も気にしませんよ?」
「……いや、後の方は気にしなきゃイカンと思うけど……」
そんなやり取りをする二人の横を行き交う人々も、普人種は勿論、森人種や鉱人種、犬人種や鬼人種が当たり前のように擦れ違って歩いているのである。
「私もまだ、こちらに身を寄せて日は浅いのですが、ご覧のように多種多様……そのような理由で悪目立ちする事は無いでしょう。そんな訳で安心して荷物持ちに専念して頂けます」
「荷物持ち確定なの?まーいいけどさ!」
二人はそんな他愛ない会話をしながら、通りを渡って市場の入り口へと進んでいった。
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それにしても、と前置きしながら……道行く人々の多彩さを眺めながらフィオーラが、
「普通さ、これだけ色んな人がごちゃまぜに暮らしてたら、トラブルが起きて普通なんだけど……何で平和なの?」
と、顎に指先を宛てながら呟く。彼女からしてみれば、自分も含めて他人から羨望の眼差しを受ける事は、無用のトラブルを生む種になるのを良く理解しているのだが……、見たところそんな兆候は見当たらない。
「平和ですか?ああ、それは単純です。この国の王様が仕事し過ぎで、手の空いた家臣が町を見て回る余裕があるからです」
「あらまぁ……そんな変わり者が居るんだ!でも仕事って何?」
フム、と一息ついてから、私も詳しく存じている訳では有りませんが、と続けてから、
「……朝は城内の備品類の確認、不足品があったら発注の手回し、昼までそのまま経費計算から何やら……そんな調子で寝るまで机に張り付いてずーっと執務に明け暮れて、領内の見回りみたいな《誰でも出来る》事は絶対にしないそうです。そんな訳であまり【まほろば】には来れませんそうです」
「えぇ!?……王様がスナックに来るの?自由過ぎない!?」
「【死ぬ程働いてるんだ!たまには息抜きしないと死ぬ!】とよく仰有ってます……あら?」
そんなやり取りをしながら歩いていると、二人の目の前に突然小さな毛毬のような物が飛び出してくるや、
「すっご~い!!おねーちゃんモフモフしてるぅ!!」
「きゃ~っ♪モヒュモヒュ、しゅごい!!」
……人の形に変わり、フィオーラの尻尾に飛び付いた!
「ひぃええぇ~っ!?な、何よ何が……って、こ、子供のコボルト……?」
良く見ると男の子と女の子の二人の子ボルト(?)が、夢中になってモフモフの尻尾を堪能していた。
その背後から両親らしきコボルト夫婦がやって来ると、直ぐに慌てた様子でフィオーラに詫び始めた。
「す、すみません!!ほら、お姉さんが戸惑ってるわよ!?」
「カーボン、ナノ!!直ぐに離れなさい!!」
「い、いや別に私は気にしてぃやぁ!?ひゃひゃひゃひゃ~あ!!」
そんな夫婦の姿に返事をしようとしたフィオーラだったが、その言葉は最後まで続かず、妙な声をあげて笑い出してしまった。
「もぅ!!二人ともいい加減にしないと怒るわよ!!こらっ!!」
何とか母親が二人を引き剥がし、フィオーラの尻尾から手を離した子ボルト達が、渋々といった体で柔らかな毛並みから離れていく。
「……ごめんなさい、おねえさん……」
「……ごめん……な……ふ、ふええぇえ~!!」
兄の方が謝り、連られて謝る妹だったが、その最中に突然泣き出してしまう。
フィオーラはそれを見て、幼い頃に似たような事が有った事を思い出し、懐かしい気持ちで心が満たされて、
「ねぇ、もう泣かなくていーよ?私は気にしてないし、二人とも謝ったんだから、もう平気だよ?……ね?」
「……ひぐっ、ううぅ……お、おねぇしゃん、おこてない?」
「おこてないおこてない!!全然おこてないよ?……あー、もうっ!!」
そんなやり取りをしていたが、とうとう彼女は面倒になってしまい、思わず妹の方を抱き上げて、
「ほーら!!怒ってないって!うりうりうりぃ~♪」
「きゃ~っ!?おねしゃん、ナノのほっべとれちゃうよぉ~っ!!」
女の子ボルトの頬に頬をくっつけて、ぐにぐにと押し付けながら抱き締め、ニコニコと笑いかけてやると、キャッキャとはしゃぎながら笑い返してくれた。
「よしっ!!もう仲直り出来た!!……うん?おにーちゃんもうりうりしてやっか?」
「ぼ、ぼくはいーよ!!平気だよ!!」
さっきまでシュン、と尻尾を丸めてしょげていた兄の子ボルトも、しゃがみ込み間近に顔を近付けながら、ゆらゆらと数多の尻尾を揺らすフィオーラに尻込みしたのか、後退しながら父親の後ろに隠れてしまった。
「本当に済みませんでした……いつも知らない人の尻尾には飛び付くな!って言って聞かせてるんですが……その、あんまり立派な尻尾で我慢出来なかったのでしょう……」
「いや、心配いりませんよ?二人とも素直なイイ子だし、例外ですよレーガイ!!」
そう言いながらガハハ!と笑うフィオーラに、恐縮しきりの夫婦だったが……
「……っ!?…………な、何これ……?」
そんな平和な雰囲気は、何かを感じ取って毛を逆立てたフィオーラの様子に凍りついてしまう。
(……くっ!!……【何か】が……近付いてくるっ!?)
フィオーラは異質極まり無い気配を察しつつ、《地下を突き進む》者に反応して全身の毛が逆立つのを感じ取っていた。
少々不穏な感じですが、次回も宜しくお願いします‼




