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敵は空腹。

フィオーラさん、居候。



 トントントン、サクッサクッサクッ……。




 コタツに身体を潜り込ませて眠っていたフィオーラは、厨房から聞こえる規則的な包丁の音で目を覚ました。




 「ふぅああああああぁ……ふむぅ、……ここ何処?」




 キョロキョロとコタツから頭だけ出したまま、薄暗い店内を暫く眺めていたが、元よりおバカさんの上に寝起きだったので、何か思い付く事はなかった。




 「……それにしても、寒い気がするぅ……あぅ、オシッコしたくなっちった……」




 誰にともなく下品な宣言をしてから、彼女は仕方無くよっこらしょ……とコタツから出て、ハルカお下がりの赤いジャージ姿で店内を縦断し、【♀】マークの付いた個室へ移動していく。




 以前は九本の尻尾に封じられた、姉のアネモネや仲間達、そして九尾の妖狐の魂といった様々な者達と、プライベート無しな一体生活で不便も多かったのだが、今は折り合いを付ける為に《呼び出す時まで眠っていてもらう》事で事態を収拾出来るようになったので……




 「……はぅ、ふうぃいい……あー、スッキリしたぁ~♪」




 今はこうして気兼ねなく【乙女の恥じらい】タイムを解消出来るようになったのである。何の事?等と聞いてはいけない。




 「……しっかし、昨日はろくすっぽ食べずに飲み続けてたなぁ……あ~、お腹空いたかも……ん?」




 フワフワの真っ白な尻尾をゆらゆらさせながら、手を洗って元のコタツへと戻ろうとして、厨房の前を通ったその時……






 「……あ、おはようございます。良く眠れましたか?」




 何故かメイド服の上から割烹着を纏い、朝食の支度をしているビスケットに声を掛けられたのだった。






✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳






 「ん~と、ビス……マルクさんだっけ?」


 「何故に私を並み居る列強艦船の中で、単独大立ち回りで華々しく散った戦艦の名前と間違えて呼ぶのですか?」




 非常に判り難いボケと突っ込みをしながら、フィオーラはいつの間にかビスケットの脇に立ち、彼女の巧みな包丁捌きを眺めていた。




 「……ふんふん……で、今朝のご飯は何ですか?」


 「噂通りのマイペースですね。しかし其処が貴女の魅力なのでしょう。皆様放っておかないようで……それは私も同じですが」




 包丁はハルカの動きをトレースし、一定のリズムを刻みながらそれでいて淀み無く繰り返されて……やがて終息を迎えた。




 「……後は味噌で味付けして……こ、これは傑作の予感です。堯幸ぎょうこうです。称賛に値します。如何ですか?」


 「食べる前から誉めろと言われても困るなぁ……じゃ、お箸持っていくね?」


 「優しい方ですね。それでは運びましょう」




 朝食の支度が済みそれらをお盆に全て載せ、コタツに運ぶビスケット。そしてその品々を見たフィオーラは、




 「……いいねぇ!!」




 手短に真顔でそう呟きながら、しかし目元は笑っていた。






 片手で持つ事が出来るギリギリの大きさのどんぶりに、山盛りの白いご飯。根菜とワカメがたっぷり入った味噌汁に、付け合わせの葉物のおひたし。そしてメインは大きな魚の干物、そして目にも鮮やかな漬け物……シンプルな組合わせだが、その揺るぎ無い存在感は不動の【由緒有る伝統的な和食】のオンパレード。




 フィオーラとその組み合わせは、見た目の印象から言えばミスマッチも甚だしいけれど、当の本人は全く意に介す事もなく、




 「いいねいいよね!たまんないよね美味しそうだよね!!いいかな?食べても良いかな!?」


 「はい、ご遠慮無くお召し上がり下さいませ」


 「ふあああああぁ~い♪いっただっきまぁ~す!!」




 味噌汁の椀を手に持ち、待ち兼ねたと言わんばかりの勢いで汁に口を付けるフィオーラ。その朱色の唇に味噌の芳醇な味わいが染みた瞬間……世界は優雅に華開いたのだ。






 目に見えない微小な生命の数々が織り成す熟成の世界は、大豆と塩のみの混合物を醸す事に因り見事に昇華させて、異界の存在へと変貌させてしまうのだ。




 米に付着した酵母達が全く異質な二つの存在……塩と大豆を一つに融合させる事に因り、熟成を経て完成される至高の調味料【味噌】へと昇格クラスチェンジさせる。




 椀を彩る様々な根菜達……大根や人参、牛蒡ごぼうといった滋養と食物繊維豊富な品々が、俺も私もと我先に口の中へと殺到し、その様はまるで一番福を求め押し寄せる、健脚自慢の男達のよう。そしてその中には、油揚やワカメと言う質実剛健な名脇役達も見え隠れしていて、食べる者を飽きさせる事は無かった。




 「ふむぅ~♪ふんむッ!!御代わり!!」


 「フィオーラ様、一息で味噌汁を完食しないでください。勿論お持ちします」




 立ち上がって暫し、やや多目に味噌汁を盛ったお椀を手にした、ビスケットが戻る。その時彼女は……




 「……成る程成る程。こ・れ・が・妖・狐・と・謂・う・者・な・ん・で・す・ね・。ノジャ様とは違った妖怪……とは正に言い得て妙、です」




 ……尻尾を揺らめかせ、陽炎のような妖気を放ちつつ、牙を剥き本能のままに……夢中で朝御飯を食べるフィオーラの姿だった。




 「あんむ!むふぅ♪白いご飯サイコ~ぉ!!それに……この漬け物がパリパリでぇ……うん!間違いない!!これ手作りだよ!!(当たり前です)」




 噛めば噛むほど甘味が滲む白米に、沢庵白菜胡瓜に人参のカルテットは、香ばしさと塩辛さのバランスも秀逸でご飯が進むの何の!やや硬めに炊いたご飯だからこそ、舌の付け根脇の味蕾がジンジンする位、ご飯の甘味が引き立ち止まらない!




 「それにこの焼き魚ちゃん……皮がパリッと焼けててジューシーで……あん♪堪んないよぉ~!!」




 そのアジ(現世産)は見事な大きさの尾赤鯵で、しかも冬場の旬を迎えた最高の一夜干し……食べ応えもあり、そして脂も適度に載っていて実に滋味深い。正に適材適所な逸品である。




 当然ながら、フィオーラはそのような事は知らなかったけれど、口中に広がる控え目な脂と味のコクが相まって、白いご飯に良く合う。




 そうした様々な旨味と白米の交互消費を繰り返し、あっという間に平らげていき、気づけば大盛りのご飯もすっかり無くなっていったのだった。

朝食を食べ終えたら、次は何するのか?

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