後輩クン頑張れ!
やっとこ更新出来ました。
……チリリリリリ……リン。
来客を報せるベルが鳴る。
店内に通じる通路を進んだ客が、最後の扉を開けてやって来る。
……ガチャリ、ドアノブを握り締めた客が扉を開いて入店すると、その先に見える光景に必ず目を奪われるだろう。
天井から降り注ぐ控え目な間接照明で、各テーブルはボンヤリと照らされている。その先には一枚板のカウンターが鎮座し、後ろに控える酒瓶が所狭しと並んで客に存在をアピールしているのだ。
「……こ、ここが【異世界スナック】……ですか?」
「そうよ?……【異世界スナック・まほろば】……銅貨三十枚で、嫌って位に飲めて食べて……楽しめるお店よ?」
並んで入店したアミラリアとフンボルトが、うにゃんと伸びをしながらカウンターに陣取るノジャを見つめて、各自導き出した答えは……こうだった。
(……あ、通常営業だなぁ)
(……え、誰なのこの娘?)
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「……お!?いらっしゃいませなのじゃ!!」
「はい!今夜もお世話になりますね♪」
「は、はじめまして!……こちらのアミラリアさんの後輩の……フンボルトと言います!」
各々が思い思いの言葉を口にしながら、客の二人はカウンターへと進み、ノジャはやっぱり定位置のカウンターへと戻り、
「いらっしゃいませ!アミラリアさん久しぶり!……で、そちらが後輩のフンボルトさんね?……じゃ、これでいいかな?」
ハルカが手にしたジョッキを二人の前に静かに置くと、アミラリアは嬉しそうに手を擦り合わせてから、そしてフンボルトはニコニコしつつ一瞬だけ戸惑いながら、
「ハイ!……ンフフ♪……これが無いと始まらないのよねぇ……!」
「あ、はい……い、いただきま……?」
ついそのまま口を付けようとしたフンボルトだったが、傍らのアミラリアが彼の方に視線を向けたまま、凍り付いたように身動きをしなくなったのを見て、
「……あ、え?……ね、ねぇ先輩!そーゆーの止めましょうよ!?ちゃんと教えてくれないとダメですよ!!」
「……くっ、クフフフフ♪……ご、ゴメンね?……何か凄く必死っぽかったから止め様がなくてさ……ほら!」
そう言うアミラリアの視線の先を振り向いて確認したフンボルトは、そこに一人の女性がテーブル席に陣取っていて、ハルカの手渡した新しいジョッキを持って立ち上がると、スタスタと二人が座るカウンターへと移動して来て、
「いっやぁ~っ!!待ったよ待ってたよ待ちかねたよぉ~っ!!一人で寂しく飲んでも楽しくないからさぁ~?判ってくれるよねぇ~キミもさぁ?」
ハイテンションを維持しつつ、バシバシとフンボルトの肩を叩きながらカウンターの椅子に腰掛けたのは、彼の目から見ても《美人》なのは間違いない。煌めくような銀色の髪は腰まで柔らかに伸び、朱色の目元は涼しげで鼻梁もスッキリと纏まり良く鎮座していた。明るくて少しだけ馴れ馴れしい態度もピッタリと言えよう。
しかし……頭の上のイヌ耳と、背中から窮屈そうにユラユラと揺れる九本の尻尾が見えた瞬間、
「おぼっ!?……な、なんですか、このひとっ!!尻尾が沢山有りますよ!?お、おまけに耳が変な所に有るし!……あ、気を悪くしないでくださいね?それと食べたりしないですよねっ!?」
当たり前の沈黙から堰を切ったかのように、目に入る全ての異形に困惑しながら問い掛けるフンボルトだったが……
「……じゃ、乾杯しよっか!!」
……相手はぜーんぜん気にしていませんでした。
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「「カンパ~イッ♪」」
自らをフィオーラと名乗るその異形が、ニコニコしながらビールを飲み干しつつ、手にしたフォークの先のソーセージをわしわしと頬張る様は、実に爽快だったけれど……、
「……全く、フンボルト君も慌て過ぎよ?犬人種だって居るんだし、別に珍しくもないでしょうに……」
「いやいやいやいや!流石に珍し過ぎですよ!……【白面九尾】って言ったら……一国を揺るがす程の妖力を持った超常の妖魔……です……よね?」
隣に陣取る妖魔から滲み出る魔力の強大さに、戦々恐々とするフンボルトはそう言いながらアミラリアに訊ねるが、
「まぁ、普通の状況なら……間違いなくダッシュで逃げてから報連相よね、確かに。でもね、ここは【異世界スナック】なのよ?我が国のゴルダレオス王を筆頭に、大陸一の剣聖やら災害級の魔剣使い、それに異界の人智を超えた存在や近所のおばーちゃんまで一緒になって飲める、分け隔ての無い無差別級の憩いの場なのよ?だから大丈夫よ!!」
「……全然大丈夫感が、見当たらないんですが……」
そう言いながら、さっさと熱燗に切り替えてカパカパと杯を空けるフィオーラを見ていたフンボルトだったが、結局《気にしても仕方がない》事にして、折角のこの機会を……逃さぬよう心掛ける事にした……のだが、
「……でさ!でさ!キミってさ!こっちのおねーさんの彼氏なの?」
「ふぶぉっ!?か、彼氏とか……じゃ、無いですから!」
ムッフゥッフゥ~♪と笑い出しそうな程の邪気溢れるフィオーラが、三日月のような口から吐き出した言葉は、彼の目論見を木っ端微塵に打ち砕き、哀しげな気持ちへと押し込んでいった……だが、そんな彼の落胆を救ったのは、他ならぬアミラリアだった。
「……ん?フンボルト君、私の彼氏になりたいのぉ?」
結構な量のアルコールが回っているのか、彼女の顔は朱に染まり、優しげな目元はトロンとして艶やかだったのだが、その言葉は彼の心にズッシリとのし掛かってきた。
「あ、あの……その……ッ!!……な、なれたらいいな、と思っています!!」
意を決して断言したフンボルトだったが、その言葉を聞いたアミラリアは暫し沈黙してから、
「…………フム、それはぁこれからのぉ、君の働き具合で……考えますか……ねぇ~♪」
……酔った勢いだったからか、送り手の言葉も受けての言葉も、お互いの芯に果たして届いたのか……甚だ疑問ではあったが、
「ひゅ~ひゅ~♪若いねぇ憎いねぇ!!頑張って射止めろよ?せ・い・ね・ん!!」
傍らで聞いていた異形の妖魔は、言葉の軽さとは相反し、がっしとフンボルトの肩を掴みながら相変わらずの馴れ馴れしさで、当てなくても当たっちゃう胸元をギュッ、と彼に押し付けつつ……
「……って、言われたって事は……完璧に【脈有り】の相思相愛だからさ、心配しないで体当たりで頑張んなよ!?……判ったかい?」
「は、はい……がんばります……」
無意識で過剰なボディタッチを伴いながら、フィオーラは励ましてぬるくなった熱燗をお銚子ごと一気に煽った。
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「本当に大丈夫かい?送っていこーか?」
「へ、平気です!寮は同じなんで大丈夫ですから……」
心配するフィオーラを尻目に、肩に担いだアミラリアの重みを受け止めながら、フンボルトは店の扉をくぐる。店内を進んだだけでも濃い茶色の髪が揺れる額には汗が滲み、線の細い彼には荷が勝ち過ぎるかに見えたが、
「ま、そりゃそーか!?未来のお嫁チャンが重かったら将来が不安だもんな!!せいねん!気を付けて帰んな~♪」
口に手を当てながら嬉しそうに手を振るフィオーラに見送られて、アミラリアを担いでよたよたしながら、フンボルトは歩き出す。
「……さて!飲み直しといきますか!……って、ノジャさんどーしたの?」
「フィオーラ……お主は狙ってそーしとるのか?それとも一切合切、全く考えずやっとるのか?」
「う~ん……考えてなんてないけど?」
脇に立っていたノジャに問われて考える振りをしながらも、その答えは考えぬ者だけに許されるクルクルパ~な返事。呆れたノジャは暫く沈黙してから、
「……予想通りの阿呆じゃな、お主は……」
「そう?ワタシは気にしてないけど!!……あ、そ~だ、言付け頼まれてたんだ。暫くコッチに居る事になったから、面倒みてやってくれって言ってたよ?」
「し、暫くぅ?……つまり、お主の身元引き受けを妾にさせろと言われてやって来たのか!?」
「そうだよ!ま、そーゆー事だから暫く宜しく♪……お!いーいコタツ発見ッ!ワタシここに住むぅ!!」
そう言うフィオーラに、呆れを通り越して膝から崩れ落ちるノジャだった。
……と、言う訳でキャラ渋滞に拍車が……あはは……それでは次回も宜しくお願い致します!




