ロスト・ソルジャー
いつもの能天気な酔っ払い小説じゃない流れも今夜で最後!もしかしたら年内最後の更新かもしれませんが宜しくです!
……某年、某国。
出所を怪しまれないように途中の国で武器商人からカラシニコフ(AKー47)と狙撃用対物ライフル及び弾薬その他を買い付けて、建築資材として発送、受け取り先を日本政府が立ち上げた復興支援物資を国内へと回送するダミー会社にして先行させる。
「貿易商の現地法人代理人」として現地入りし、コーディネーターと合流。アリバイ作りの為に暫く当地の商社や現地在留団体を出入りし、二週間経過後、《作業》を開始。
《現地に在留している工作班に内部告発で発覚した現地人を監禁し【不名誉な経歴】に値する行為が確認され次第、》
《……速やかに標的を排除せよ》
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……現地時間……21:25
暗視スコープ越しに標的となる人間の数をおおよそで確認し、弾丸を装填し待機。
対物ライフルを構えたまま、タイミングを待つ。
監視の気付かぬタイミングを測って目標地点に停車しているジープとトラックのボンネットを撃ち抜いて廃車にし、監視を続ける。動きのない事を確認し現場へと近付く。
カラシニコフの弾装を確認し、幾つかの鎮圧爆弾を各所に取り付けてから、手製の暗器をいつもの場所に固定して準備を整える。
「……さて、害獣駆除を始めるか……」
……【桜の御紋】が付いたジープの脇から建物に近付き、素早く扉に取り付く。……コンコンコン、ノックを三回。
「……!?……誰も居ないじゃ……っ!!!」
目の前に落とされた【鎮圧爆弾】が炸裂した事を理解した瞬間、相手のこめかみを専用のピックで貫き絶命させる。
「なんだっ!?……て、敵襲!?」
愚かな同僚が慌てて飛び出してくるが、それも想定内……既に室内に侵入して扉の裏側で待機……そして、
……シュポッ、と間の抜けた音をサイレンサーから発しながら、後頭部へ【慈悲の一撃】を撃ち込んで無力化し、改めて時計を見る。最初のライアットボム使用から二十秒、予測ではあと何人かは現れる筈……
……足音が近付いて来る。三人の武装した男達がそれぞれ整然と互いの死角を補いながら肩越しにフォローを繰り返しつつ接近し、無言のままに扉の前までやって来た。
……トントン、と前衛の男の肩を叩いてから、ショットガンを構えた男が静かに扉へ取り付くとやや後ろに下がりながら銃口をドアノブへと向けて、
……ズゥドンッ!!!
腹に響く発砲音と同時に脚を振り上げて壊れた扉を乱暴に蹴り飛ばし、室内へと二人同時に侵入する。
「……なっ!?」
残念……俺は最初から部屋の中にはいないぜ?
……廊下の天井から一部始終を眺めて、口に噛み締めていたリモートコントローラを更に噛み締めて遠隔操作、指向性地雷を起爆させて三人を同時に殺傷。
情報通りなら……この建物の地下に【品物の一時保管室】がある筈だ。
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……殺風景な室内を歩くうちに、二階に通じる階段の前、木の床に不自然な反り返りを見つけて膝を突いて床を手で擦ると、板の継ぎ目から僅かな空気の流れを感じる。
「……隠すつもりもない……か?」
俺はそう結論付けて、戸板の一ヶ所に塗装の剥がれた場所を見つけてピックを差し込み、テコの原理でこじ開けた。
……国元から遠く離れた【海外派遣先】に視察や監査が来る訳もなく、死ねば良くて事故死、悪ければ病死扱いで勤務実態もない手当て無しの境遇。まともな規約も何も通用しない現地に長く駐在して、何も起きない筈がない。
……国内では経験出来ない【非正規活動】……つまり、実際の戦闘行為は自衛隊にとっては《諸刃の剣》。得る為に誰かが経験を積まなければ指導も出来ないし、かと言って専守防衛を標榜する自衛隊が、自ら戦争に身を投じれば国内外から非難されるのは必至。
……だが、どれだけ高価な装備に身を固めても使い方が判らなければ【張り子の虎】でしかない。つまり……【正しい武器の使い方】を知る為の場は必須なのだが……それを求めれば《紛争地帯》に偽装させた自衛隊員を駐留させる必要が有る、そう言う経緯で集められた連中が……重圧に堪えかねて……暴走を始めたらしい。その後始末に、俺が選ばれたのだ。
二階に通じる階段の下に隠された扉を引き上げると、意外と丁寧に塗り固められた地下通路を発見し中へと進む。
所々に吊り下げられたLED照明の無機質な明るさと換気扇のダクトに導かれながら、狭い通路を進むと……、
「……はぁ、はぁ、はぁ……っくそ!……手間掛けさせやがるぜ……おらぁ!さっさとしゃがめっ!!」
……乱暴な言葉と共に人らしき重さの有るものが動く気配、そして暫く後に……くぐもった嗚咽と声を殺しながら何かを懇願する小さな声、そして……水気を帯びた叩きつけるような音が、閉ざされた扉の向こう側から聴こえる。
この空間が【品物の一時保管室】以外に人が隠れられる場所の無い事を確認し、無言で先刻のショットガンをドアノブ目掛けて射出すると同時に蹴り破る。
慎重に角度を決めて発射した為、内側に居る人間に流れ弾が当たる事は無かったが、強烈な発射音と扉を蹴破る際の轟音に、その空間に居た人間の大半が身を硬直させて凍り付いたように固まっていたが……
……写真で確認済みの男が二人。その二人の間に……【調教中】の半裸の若い女……そして、傍らの檻のような空間に……着衣こそ有るものの、明らかに十代前半の少女が三人。
……俺は目出し帽の奥で舌打ちしながら、ショットガンを二発発射。《現地法人》扱いの同国人を射殺して、暫く後に脱出した。
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「……俺は国を捨てたんだよ、ただそれだけさ……」
熱燗が胃の府を焼きながら落ちていき、キタカワの頬を温めていく。ノジャはそんなキタカワの顔を暫く眺めていたが、無言のまま身を乗り出してキタカワの頬に手を添えて……
…………ずべちーんッ!!!
「……若造がぁ!独りで抱え込むもんじゃないんじゃ~っ!!!」
まっさかの威勢で渾身のビンタをかましながら、ノジャが吠えるッ!!
「ば、バカじゃないの!何やってんのよお客にぃ~っ!!?」
首ごと真横を向いたキタカワの頬っぺたに見事な小振りの手形がクッキリ見えて、慌てたハルカが思わずコタツから身を乗り出してキタカワの頬を擦る!!
「……は、はっはっはッ!!見事なビンタだなぁ、あんた!!」
……張られたキタカワは、怒るどころか笑いながら感心した!!
「ぬぅ!?張られた勢いで頭が可笑しくなったのじゃな?」
「あ、謝りなさいよノジャ!いきなり叩くなんて……すいませんっ!!」
「いちち……気にしてないから構わないぞ?しっかし……」
(……殺気を一切気取らせずにビンタかますなんて……達人か、【おめでたい連中】か何かか?このノジャとかいうのは……)
キタカワは自らの頬を擦りながら、ノジャの代わりに必死に頭を提げるハルカを制しつつ……
「いやぁ、こんなビンタは何十年振りか……お袋の顔が過ったぜ……」
……独りで呟きながら、ハルカの手にした氷嚢で暫く冷やすことにした。
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「うぁおおおお~っ!!!り、リーチ!!」
「……あ、ビンゴですぅ♪」
「くううぅ~!?ま、またリーチなのにぃ~!?」
……絶対領域から生足をはみ出しながら、ノジャの回すビンゴマシーンから零れ落ちる玉の番号をハルカが読む度に怒号とも落胆とも……そして歓喜とも取れる声が上がり、喜びの表情と共にビンゴカードを翻しながら小走りに駆け寄る者に、ノジャが手渡しで様々な物品を手渡していく。
有るものは高級な下着だったり、また有るものは類を見ない珍しい装身具、また有るものは一見して何に使うか判り難い奇妙な道具だったり……
「……ねぇ、これらって誰が提供してくれたの?」
「んあ?これか?……妾が昔買ったまま放置してあったり、知り合いから譲り受けたり……お主も知っとる【現世組】からも幾つか贈られた物も中にはあるかのぅ……」
「そうでしょうね……【除菌消臭スプレー】なんて、コッチの世界で何に使う理由があるのかしらん?」
ハルカが手にしたアルコール燃料を用いたキャンプ用ランタン(アルミ製の軽量タイプ)を手にしたフィルティがしきりに首を傾げ「これ……どうやって使うの?」と言った顔で立ち去る姿を眼にしながら、
「……まぁ、欲しがる人と交換すればいいんでしょうけど……ん?」
「……ビンゴだが、それ……俺が使うのか?」
目の前に現れたキタカワが、ノジャが差し出した水色の女性用のストールを受け取りながら困惑した表情を浮かべていたので、
「あはははは……キタカワさん、一応被ってみたらいいんじゃないですか?」
「……よせよ、無理だからさ…………それじゃ、これが一番良い《使い道》なんじゃないか?」
そう言いつつ、後ろからハルカの肩にストールを掛け、
「チューブトップは幾ら若くても寒いから……そうじゃないか?」
「……!?……ま、まぁ……そうなんですけど……」
珍しく紅くなったハルカにノジャは眼を丸くし、観客からは「色男!!」「畜生!!」と温かい言葉が浴びせられる中……キタカワは全く違う背中を思い出していた……
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……手にした毛布を背中から掛けてやると、点々と返り血を浴びた女性の無表情だった顔に一瞬だけ、恐怖から解放された安堵の表情が見えたものの、不意にガタガタと身を震わせながらしゃがみ込んでしまった。
幾ら何でも裸のままでは寒かろう、そう気遣って掛けた肩幅は見るからに小さく頼り無げな狭さで、少女と女性の狭間と言える若さだったろう。そんな背中を困惑しながら見詰めていると、彼女が小声で繰り返し呟いているのが聞こえた。
「……コロシテ、コロシテ、コロシテ……」
「……ッ!?」
現地訛りの片言だろうが、明らかに繰り返しで譫言のように呟く言葉は、嘆願するにも憚るような……生きる事への呪詛であった。
「……コロシテ、コロシテ、コロ……ッ?」
「……Stop!……sorry……sorry……sorry、sorry……」
そんな背中を抱き抱えながら、ひたすらに繰り返す言葉を上書きするように……贖罪の言葉を繰り返した。それは救助が間に合わなかった者への詫びだったかもしれないし、悲惨な経験を強いられて、生きる事に希望を失った彼女への罪滅ぼしだったのかもしれない。
「……アナタ、アヤマラナイ……ワタシ、シニタイ……」
「No!!……live!……When dying, it doesn't become easy, when living, it becomes easy!(違う!……生きろ!……死ねば楽になるんじゃない、生きていれば楽になるんだ!!)」
その女性に言葉が通じたのかは判らない。しかし、死にたいと繰り返す事は無くなった。
……結局、コーディネーターを通じて知ったのだが、自分が【現地での無法に荷担していた】濡れ衣を着せられて、帰国すれば即逮捕されると言う事実だった。コーディネーターの姪が件の女性で、彼に遺した大半の経費は他の犠牲者救済に用いられたと知らされたのは、秘密裏に出国して暫く後の事だった。
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「……あ、雪……!!」
「……冷える訳だ……なあ、ハルカさん、この世界は……その、争い事が絶えないのか?」
キタカワは結局……閉店まで居残り、片付けを手伝いながら店の看板の消灯を確認しに出向いたハルカに付き合って外に出て、舞い落ちる白い粒を二人して眺めていたが、つい口から出てきたのは……そんな言葉だった。
「さぁ……多分、【現世】とあまり変わらないんじゃないんですか?……権力を欲しがる人も居るけど……ムッツリスケベだけど深夜まで独りで執務に没頭して《俺が頑張れば国民の負担が減るんだよ!》って豪語する、社畜根性丸出しの変わった王様も……居るんですよ?」
「ブッ!?な、何なんだよそりゃ……そうか、向こうと変わらないか……」
独り呟きながら空から降り注ぐ雪を眺めるキタカワが、ハルカにとっては意外な事を言い出す。
「……ところで、こっちの世界に……男独りで住めるような場所は簡単に見つけられるのかい?」
「……ええっ!?……キタカワさん、向こうの世界に帰るんじゃないんですか!?」
驚きながら叫んだハルカの声が頭の中でキンキンと反響したかのように、暫く眼を瞑っていた彼は、落ち着いた声で、
「……戻るにしても、あの【化物ビル】にか?それに……聞けばいきなり日本に帰っても俺は……確実に表社会には戻れないし、戻る為に面倒ばかり起きそうな気がしてならないさ……」
「確かにそうですね……この扉は【元の場所】に戻るだけだし、日本以外はノジャも《よく判らないから到着する場所は決められない》って言ってましたね……」
そう返したハルカは、キタカワと言う男が何をしてこちらの世界で生計を立てるつもりなのか……気になって訊ねてみると、
「……さぁてね……取り敢えず思い付かんな……フフ、しかしまさか……この歳になって……無一文の職無しになるとはね……でも、何でだろうな……」
そう言いながらも、何故か愉しげに、
「……《何でも選べる気楽さ》って奴を久々に出来るってのは、案外悪くないと思わないかい?」
そう言いながらハルカの背中をそっと押して、店内に戻ろうと促した。
クリスマス編、これにておしまい!次回は年内かもしれませんし、来年かもしれませんが宜しくです!




