お帰りは扉の向こうへ
随分ととびとびになりましたが更新いたします。monkey_sun様出演回も最後になりました!まぁ、言われなければ判りもしないかもしれませんが……。あ、久々の飯テロかも?
カセットコンロに置かれてコポコポと沸き立つ小鍋からは、食欲を刺激する魅惑的な香りが漂い、頃合い良しと見たのか傍らのビスケットさんが手にした黄色い袋に入った乾麺を投入する。
「……なんだいそれ?聞いたこともない名前だね……サリ……?」
「ハルカ様お薦めの【サリヌードル】だそうです。何でもカンコクと言う国の有名な商品らしいです」
「カンコク?……ああ、韓国ね。確かにあの国は乾麺文化が豊からしいからなぁ」
日本のお隣の韓国は、いわゆる袋麺が人気らしく、辛いスープに乾麺とトッポギ(棒状の餅)、薄い魚肉おでん等を野菜と一緒に煮込むラッポギが有名だそうだ……で、目の前にはそのラッポギが土鍋の中でグツグツと音を立てて煮込まれている……けれど、
「……あの、確かに《小腹が空いたから何か食べたい》とは言ったけど……サリヌードルって結構大きいんだね……」
「私は標準と言える規格の面積を存じませんので、これの大小は判りません。まぁ、言われてみれば小鍋とほぼ同じ大きさですね」
四角い乾麺が自己主張する小鍋の中には、ソーセージやスパム、牛のマルチョウ(白コロホルモン)等が野菜と共に煮込まれて、キムチベースの赤い汁の中で互いに押し合い圧し合いしている。
「確かにこれは美味しそうだけど……そっちの容器には何が入っているの?」
「これですか?コッチはシュレッドチーズ、いわゆる蕩ぉ……けるチーズと呼ばれる物だそうです。鍋が煮立ったらこれも入れます」
「蕩ける?……あ、あれね……(なんでだろ……ビスケットさんが言うと何だかエッチな単語に聞こえるな……)」
確信犯的な語間を持たせながら、手にしたタッパーからチーズを掴みパラサラ……と投入すると、暫しの時をもってチーズは軟化していく。
「おお、成る程蕩けました。固体なのに融点が低いとは男性の如き物体……おや、如何為さりましたか?」
「……いや、何でもないです……」
……ちょいちょいと艶の有る言葉をチョイスするビスケットさん、何か狙ってるんだろうか?……まさか、ウケ狙い?……でも自分の事を【量子電脳搭載】とか言ってたけど、彼女と実際の《人との違い》って、どれだけなんだろうか?
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お玉と菜箸を器用に使いながら麺や具材をこちらの器へよそい、ビスケットさんが手渡してくれる。
「熱いですよ?表面温度は五十五度ですが中心部は八十五度、口蓋上部を火傷しないよう注意してください」
「そりゃどうも…………、……ッ!?」
器を受け取り出来立ての熱さを注意されつつ、手にした箸でレンゲに掬い取り、赤く染まった麺を口に運ぶ……た、確かに熱いな……で、でも食べられない程じゃない……それに見た目と違って其程は辛くもなくて……いや、そうじゃない!
「……、な、何これ凄く美味しいぞ!?」
「そうですか?料理の大半はハルカ様が仕込んだ物ですから、私は精々煮込んでいる間、見ていただけですが、そう言われると感情回路が仄かに過熱します」
くたくたになるまで煮込まれた麺は、普段なら敬遠する代物なのに……けれど色々な具材の旨味が濃縮されたスープを極限まで吸い込んだからか、その下地の味がよく馴染んで深みのある刺激的な味わいだし、キムチとチーズの発酵食品同士が一緒になると……また格別な味になるなぁ。
「あぁ……これは凄いなぁ……モツの脂から沁み出る甘味とチーズの風味が……クセになりそうだなぁ!」
塩味の強目のソーセージ(日本では食べた事の無い種類?)とスパムは、その塩加減が野菜から出た水分で緩和されて程好いし、いつの間にか割り入れられた卵が然り気無さを装いつつ、しっかりと自己主張しているのも好ましいし……と気がつけばハフハフと言いながら幾度も御代わりを繰り返し、いつの間にか完食してしまっていた……。
「……あっ!?……も、もしかしてビスケットさんの分まで食べちゃってた!?申し訳ない……」
慌てて取り繕うと、無表情だったビスケットさんが僅かに目許を綻ばせながら、
「ご心配なく、私は店の従業員。お客様が満足するまで召し上がったのならば、それはハルカ様の代理で店番している私としても嬉しく、そして誇らしく思うべき事です。気に為さらなくて結構ですよ?」
あっさりとそう告げると、テーブルの上に置かれたカセットコンロごと小鍋を厨房へと下げ、入れ替わりに小さな籠に入れたミカンを持って来た。
「それは、何か特別なモノなんですか?」
「いえ?ごく普通のミカンでしょう。ただ店主のノジャ様がハルカ様にねだって買ってもらったものの一部です。お一つ如何?」
籠には冬の時期になるとよく見かける小振りなミカンが五個入っていた。勧められるままに手に取ってみると意外にもずっしりと重く、皮を剥いてみるとはち切れんばかりに果汁を蓄えた魅惑的な房がみっちり詰まっていて……
「……や、これもなかなか……しかし、ちょっとだけ惜しいなぁ……」
「はい、何か御不満でも御座いましたか?」
「いや、不満では無いんだけど……出来るならこれは【おこた】に当たりながら食べるべき物なんだよね……っ!?」
言ってから何となく……これはあくまで自分の感想を言ってみただけだし……と、思った瞬間、ビスケットさんが不思議そうな顔をして、
「……【おこた】とは一体何なんですか?」
「う~ん、まぁ……机に毛布とがあればすぐに再現できるけど。ただ……俺から言えるのは、ここには置けないぞ?」
答えながら簡潔に説明すると、ビスケットさんがハタと手を打ちながら、
「成る程、巨大なんですね?」
「いーや、大きくはないからね?足を入れればお互いに触れ合うし、それ位に程好い狭さが却って良い物なのさ」
……と、雑談に興じているとかなりの時間を費やしていた事に気付き、会計しようと席をたったのだが……
「あ、そろそろ帰らなきゃ!…………え?た、たったの三千円!?
「はい。オーナーのノジャ様からもその値段は変えないようにと言われていますから御安心を」
(……ビスケットさんが飲んだビールの支払いは何処にいくんだろうか?)内心でそう思いつつ支払いを済ませ、扉に手を掛けると彼女は見送る為に近付きながら、
「……縁が繋がっていたらまた会いましょう」
「縁?……また随分と難しい言い方をするね」
「……【量子電脳】搭載は伊達ではありませんよ?そんじょそこらの野良A.iとは論理回路の処理速度が違いますから……平たく言えば【やれば出来る娘】って感じです。……試しに口説いてみますか?」
背中越しで聞く彼女の言い回しに、人間臭さを感じて苦笑し無言で手を振りながら扉の外に出ると、いつの間にか雪が降っていた。
「足を滑らせぬように気を付けてお帰りくださいませ。転んで頭部を強打して異世界転生するなんて御都合主義は、もう流行りませんから」
「……ご心配なく、こちらは道産子なんでね……雪位で騒ぎは……あれ?」
背後を振り返りながらビスケットさんに答えようとしたが、そこには確かに有った筈の店の出入口は無く、ただ雑居ビルの煤けた壁が見えるのみだった。
「……お客さん、乗っていきます?」
店が消えているのに戸惑っていると、耳馴染みのある声が聞こえそちらに向く俺の前に、あのタクシーがハザードを点滅させながら停車していた。
「あぁ、乗せてもらおう……今夜は家に帰って寝るよ……」
「それが一番ですよ!……それじゃ何処まで行きますか?」
「あ~、それじゃこのまま真っ直ぐ行って……」
彼を乗せたタクシーは雪がそぼ降る大通りをゆっくりと走り出し、静かな街を抜けながら住宅地へと向かって消えていった。
御精読有り難うございました!次回はクリスマス的な何かを書こうと思っています。ではまた!
 




