悩めるお客様のご来店
Monkey_sun様、ご来店です!今回は異世界タクシーにてご登場ですが……果たして?
見慣れない灰色の髪の毛、茶色の瞳。何処からどう見ても赤の他人。そう、ミラー越しに映るのは自分の顔の筈なのに、絶対に自分じゃあ、無い。
「……あれ?付き合わされてハシゴして……タクシー乗って……あれ?」
記憶が混濁している自覚はあるのに、此処までに至る明確な記憶がある。
会社の上司に連れられて、気がつけば終電も無くなる時間。それでも帰ってまた朝になったら会社に行かなきゃならないと思うと……急に虚しくなって……タクシーの運転手になけなしの一万円札を渡し、思わず「何処でも良いから連れていってくれ!」なんて言ったような……?
着ていた服装はそのままのスーツ姿にも拘らず、運転席上のバックミラーに映る自分の顔は、まるで外国の映画に出てきそうな彫りの深い顔。普通の日本人がいつの間にかハリウッドスターのようになっていりゃ、誰だって驚くだろうけど……
「それにしても……お客さん、何だかんだ言ってた割りには、まだ飲みが足りないって顔に書いてありますよ?」
「顔に?……こんだけ人相が変わってりゃあ……って、えっ?……此処、何処?」
バックミラー越しに受け答えしていたタクシーの運転手に言われて、何気無く窓の外を見てみると、繁華街を抜けて住宅地に来たのかと思ったが、何となく様子が違う。
高さの無いレンガか何かを積み上げた建物が並び、夜にも関わらず出歩く人波に紛れて荷物を背負ったロバや、大きな荷車を牽いた牛もチラホラ見えて……って!?
「……えええええぇ~っ!?な、何だよココッ!!どーなってるんだよ運転手さん!!」
「……急に大きな声を出さんでくれよ……こっちは夜勤続きでキツいんだからさぁ……」
「あ、すいません……で、でも一体なんでこんな所に……?」
俺がしきりに首を傾げる様子をミラー越しに眺めていた運転手は、やがて溜め息と共に車を停めて、
「……着きましたよ?とりあえず、そこの店で一杯やって、それから今後の事をよく考えたらいいんじゃないですか?……そこの、スナック【まほろば】ってとこでさ?」
タクシーの扉が開き、促されるまま降車すると、タクシーはやがてハザードを消して発進し、のろのろ進むロバにクラクションを鳴らしながら加速して視界から消えてしまった。
「どうなってんだよ、全く……しかし、【まほろば】だって?……スナックか……あんまり行ったことないんだけど……」
俺は戸惑いながらも結局、店の入り口のドアノブに手を掛けて、ゆっくりと扉を開けて薄暗い店内へと吸い込まれて行った。
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……薄暗い店内に眼が慣れると、意外にも落ち着いた雰囲気の間接照明で照らされたカウンターが視界に入り、誘われるように椅子へと腰掛ける。
「あなたはお客様ですか?違いましたら即時退店して頂けますと助かります」
「うぉっ!?あ、お店の方ですか?」
突然背後から呼び掛けられて、驚きながら振り向くとそこには白と黒を基調にしたメイド服姿の黄緑色の髪の女性が立っていた……しかも、椅子からたった20センチ位しか離れていない!!ちょっとでも身体を動かせば自己主張の激しい胸元に肘が当たってもおかしくない距離だぞ!?いつの間に……?
「お店の方?御明察、私はビスケットと申します。あなた様がお客様ならば、私はあなた様をお客様として接待しなければいけません。ですので瓶ビールをお持ち致しましょう」
「はぁ?あ、瓶ビールですか?まぁ、頂きます……」
ややぎこちなく伝えると、彼女は俺から離れて厨房に入り、やがてお盆に載せた瓶ビールとグラス、そして白い皿に薄切りハムのような料理を持って横からグラスを差し出して、
「当店はスナック、本来ならば給仕はしない条件なのですが、今夜は特別に注いであげます」
「ハッキリ言うなぁ……あ、……ありがとうございます」
唐突にドババッ!と瓶ビールがグラスに入って慌てたけれど、直ぐに瓶を水平へと戻し勢いを加減しながらゆっくりとグラスが満たされていき、やがて理想的な黄金比で止められた。
(この人、判っててやってるのかなぁ……それに何で無言なんだ?)
俺は内心そう思いながら、グラスを口に付けてゆっくりと喉へ流し込んでいくと……爽快な刺激を残しながらビールが消えていく。
「お客様、なかなかいい飲みっぷりですね。きっと給仕している私がエロカワイイからつい発奮してしまっているのですねそうですかどういたしまして」
「なっ!?いや、別にそうじゃないけど……って注ぐの早くないですか!?」
また彼女はさっきのように景気よくドバドバ注いでしまったので、慌てて飲もうとしてから、先程一緒に持って来ていた皿の料理が気になった。……と言うか、どう考えても俺に出すつもりで持ってきたんだよね?
「おお、これは失敬。私としたことが【燻製茹で豚脛肉】を忘れて飲ませる事だけに専念しまっていました。申し訳御座いません」
言いながらビスケットさんはフォークで肉をつついて突き刺してから、クルリとこちらに向き直り、
「お詫びにお客様に、特別サービスの《はい!アーンして♪》をしてあげましょう。さぁ、雛鳥のようにやや上方へ口を開けて待ち構えてください……《はい!アーンして♪》」
「いや!いきなりそんな事をでもいや……あむっ、……、……、…………お、おお?」
最初は真顔でフォークに突き刺した肉を翳して迫るビスケットさんにちょっとだけ恐怖を感じたものの、否応なしに口へと捩じ込まれた肉の味を吟味する内に……
「これは……塩味だけなのに、肉の旨味と滋味がしっかり感じられる!いや、美味しいよ!」
「それは当然でしょう。只今席を外している調理担当のハルカの創意工夫が光る逸品ですからね。臭み消しに使うローリエ等の他に、ニンニクやセロリの葉、リンゴの皮や牛骨も入れて煮込んであります。塩も甘味を感じられるミネラル分豊富な山岳地方産の天然塩を使っているそうです」
気がつけば俺は、付け合わせのザウワークラウトと共に夢中になって食べ続けていた。本来ならば豚肉の素朴な風味をシンプルに塩味のみで味わう料理らしいが、まるで濃厚なブイヨンに漬け込んだような豊かな風味、そして燻製特有の芳ばしい薫りが広がり……全くの別物として仕立てられていた。
そこに付け合わせのザウワークラウトのシャキッとした歯応えと酸味(後付けの調味料じゃない本物の発酵で!)、更にバターを添えた茹でジャガイモと共に味わえば……ビールが止まらない!
「あぁ……何だか久々に旨い物を食べた!って感じがするな……って、そうだ!俺……ただ食べに来たんじゃなかった!!」
ふと思い出し、本来の目的を忘れかけて、一先ず食べる手を止めたその時、傍らのビスケットさんが俺に向かって、
「……ここは異世界スナック、悩みや葛藤、時には赤裸々な欲望を抱えた迷える子羊もやって来る店です。製造後まだ二週間程の若輩者ですが、私で宜しければ伺いますよ?」
「……製造後、二週間……?」
「ハイ、こう見えて私は女性型アンドロイド、通称ガイノイドです。しかし、結構打ち解け易く話し易いと評判も頂いておりますからご心配なく」
「……ホントに大丈夫かなぁ……?」
俺は若干の戸惑いを隠せないまま、目の前のビスケットに向かって自分の悩みを話し始めた……。
このままバタくさい外国人風の相貌のままになってしまうのか?(そこじゃないだろ)……それでは次回もお楽しみに!




