ノジャの告白
またまた少々長めになってしまいました。それではどうぞ!
バッティングセンターから一路、元の【まほろば】店内へと戻って来た一行は、擬態や変化を元に戻し……各々が帰路に着いた。
「ゼルダちん!まったねぇ~♪ノジャちゃんも今度はウチに遊びに来てねぇ~!」
扉の取っ手に手を掛けながら、モルフィスは可愛らしく手を振りながら笑って帰って行き、
「ノジャ、またいずれ逢おうぞ?それまで健やかでな……ハルカよ、ちぃとばかり手の懸かるヒヨッ子じゃが、こ奴をこれからも宜しく頼むぞ?」
「……今夜は色々と楽しませてもらったな。……何か困った事があったら遠慮しないで言ってくれよ?私の分野だったら、存分に動いてやるからな……」
純白のドレスを優雅に翻しながら二人に向かって言葉を掛けたゼルダは、人の姿から元の魔剣へと戻ったギルガメッシュを提げたデフネと共に、扉を潜り抜けて姿を消した。
「……ノジャ様?ヴァリトラは貴女様の御優しい面も良く存じてますよ?元人狼族で今はデュラハンの私を恐れず最初に接して下さったゼルダ様以外の方ですから……では、お元気で!」
一番最後になったヴァリトラは、恭しく膝を折りノジャの手を取りながらそう言うと、ハルカにスウェットを返して甲冑姿へと戻り、二人に会釈してから扉の向こう側へと消えていった。
「……ふぅ、それじゃ片付け始めましょーかね?……ねぇ?ノジャ……」
ハルカはノジャにそう語り掛けながら、静かになった店内で彼女は立ち上がりトレンチに載せた食器類を運び込むと、洗い場で洗浄を始めた。
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「……ハルカよ、何とも……その、何とも思わぬのか?」
カチャカチャと鳴らしながら食器を洗っていたハルカの横に並び、やや上にある彼女の顔を見上げながら、長い髪をカチューシャで纏めたノジャが問い掛ける。
「ん?何を?……あ~、さっきの【古代帝国】を滅亡させた話?」
泡立てたスポンジで次々と皿の裏表を洗っては、隣の湯を溜めた槽へと入れるハルカは、手を休めずにノジャへと応える。
「……フム。さてと……ビスちゃん!コッチのお皿、流しから出したら拭いてそっちの食器棚に仕舞って貰える?」
「ハイ、了解です。残りは私が片付けておきますので、お二人はあちらでお話なさって結構ですよ?」
手にした布巾で皿の水気を拭き取りながら、ビスケットは無表情のままテキパキと分別し食器棚へと仕舞っていく。
「ありがとね!……さてと……よっこい、しょ。んで、さっきの話の続きだけど……」
年寄りくさい声を出しながら椅子に腰掛けたハルカの正面に座ったノジャを前にして、ハルカは呟きながら暫し沈黙し……
「……滅亡ってのはさ、そこに居た人間全てを全滅させたの?それとも……政治の中枢を……なんか、やっつけちゃって、ナイナイにしちゃったの?」
手持ち無沙汰になったのか、片脇に置かれていた枝熟れミカンの皮を剥きながら房を取り分けると、ノジャへと手渡しながらハルカが訊ねる。
「……済まんな……、……甘い……甘いのぅ……」
ムシャムシャと甘酸っぱい果汁が溢れる一房一房を味わいながら、ノジャはやがて食べ終わり、話し始めようと顔を上げたのだが、
「くちっ!口の回りが果汁だらけじゃないの!もぅ……ほら、コッチ向いて……」
「ぬううぅ~止めるのじゃ~、このタイミングで拭うなぁ~!!」
ノジャはハルカのやや乱暴な拭い方に抗議しつつ、しかし結局されるがままにされていく。
「……くぬぅ……何の話じゃったか……お、そうじゃ滅亡じゃったな……」
やがて思い出したノジャは、ハルカの差し出したグラスを受け取り、中身がデフネが残したボウモアの18年だと知って一瞬だけ戸惑ったものの……
唇を付けた瞬間に訪れる、その熟成に費やされた年月の蓄積を伝えてくるかの複雑な薫り。樽とピート、そして焙煎された麦の香りがシンプルな材料のみで構成された筈のシングルモルトに奥深い風味を付け、そして鼻腔を抜けて広がっていく。
「……くっ。うむぅ……強いのぅ。じゃが、今はこれでよいか……」
「まぁ、好みはあるかもしれないけれど、余り飲み過ぎちゃダメだよ?」
ハルカに釘を刺され、ぐぅ……と呻いてからしかし、気を取り直して、
「さて……何処から話してよいものやら……今まで誰ぞに話した事もない故……」
そこまで言い、手にしたグラスのボウモアで唇を湿らせてから……
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……手短に話すとな、【古代帝国】……モルフィセアの連中が、魔導を用いて新しい《兵器》の類いを産み出そうとしとる、そう言った噂を耳にしたのは、随分前じゃった……まぁ、精々が五百年程前になるかの。
……いちいちそのような顔をするな……話が進まぬぞ?……で、モルフィセアの大使が妾の住まいに現れたのはそれから暫く後の事で、連中曰く《これが完成すれば無駄な争い事も無くなり無用な戦争も起きなくなる》とか言っておって……まぁ、そんな事を鵜呑みにした妾も悪かったのじゃが……その、
……少しばかり、知恵と言うか何と言うか……貸したのじゃ、手をな……その結果、ゴーレムに人の記憶を移して動かすような実験が成功したんじゃよ。実に簡単な物じゃったが……で、妾も少しだけ、得意になった訳ではないが……もう少し、手を貸してな……《自ら動く迷宮》とか言う代物に、知恵を授けるような事が出来るようになったそうじゃ。
……それから暫く経って、妾に……伴侶と言うか……片割れじゃな、そんな奴が住まいに居着くようになってのぅ……そ奴と暢気に暮らしておったんじゃが……
……モルフィセアの阿呆共め、口封じのつもりか……妾の住まいを【迷宮】に食わせよったんじゃ。……文字通り、口を拡げた【迷宮】が住まいの真下に現れて、中からウジャウジャと気色の悪い化け物を吐き出させて……
……妾の片割れは、その時……【迷宮】に飲み込まれて、居なくなったのじゃ。
……妾は……怒り狂った……お主も見たろう?【記憶の猟犬】をな……あやつは妾の力を現世に顕した存在……みたいなものじゃ。……魔力の顕れじゃから、人の眼には容易く映らぬ。そして……奴は【記憶を喰らう】魔物。
……【記憶の猟犬】を伴ってモルフィセアの王宮に赴いた妾が、せめて赦しを乞うなら……多少は考えようか、そう思うて奴らの前に現れた瞬間、奴らは何と言うたと思う?
……「何故に生きてここに現れたのだ」じゃった!……悔い改めず、詫びず、赦しを乞わず……じゃから、妾は……【記憶の猟犬】に命じたのじゃ。
……《喰らえ喰らえ、全ての罪の源を!喰らえ喰らえ、愚か者共の弱き心を!》……とな。
……後は……国の政を司る奴らが這いつくばって何も出来ぬまま、糞尿にまみれながら息絶える様を見届けてから、あの世界から暫く身を隠したのじゃよ……
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そこまで話したノジャが、手にしたグラスを飲み干したその時……ハルカはノジャの手からグラスをそっと掴んで取り上げてから、おもむろに顔面を両手でガチン!とひっ掴んだので、
「あぶっ!?ハリュカ!!わりゃわのかぅおをつかぶでなぃ(妾の顔を掴むでない)!!」
「なーにカッコつけてんのよ?もぅ……ま、あんまり今と変わらないんじゃないの!!」
掴まれて暫くは顔面拘束の戒めから逃れようとジタバタしていたノジャだったが、続けてハルカの言葉を聞いた瞬間、
「……はぁ?……た、たったそれだけじゃと!?もうちっと《信じられない!》とか《何て酷い事を!!》等と取り乱しながら詰め寄ったり……せぬのか?」
と、信じられぬとばかりに問い直したのだが、ハルカはと言えば……
「昔の事なんでしょ?そんな事を蒸し返してどーなる訳でもないし、過ぎた事は気にしても時間の無駄よ!!」
実にあっけらかん、と答えるので、やがてノジャも(……そんなものかのぅ……?)と思いながら、結局細かく考える事は止めにした。
そんな感じで次回へと続きます。……それじゃ、そろそろmonkey_sun様、出番ですよ?準備してくださ~い!!




