幼女?妖女?
何とか更新出来ました。
ワインボトルからデキャンタ(香りを出す為に空気に触れさせる専用の容器)に注がれた深紅の液体を暫く回した後、静かにグラスへと注いでいく。
音もなく滴り落ちる文字通りのワインレッドの最後の雫が落ちたグラスを、ハルカがそっとゼルダの前へと恭しく押し出すと、
「……ふむ、赤の貴腐ワインか……珍しいのぅ。白なら見掛けるが果たして……」
軽く手に持ち、香りを楽しむように暫く口許に添えた後、鮮やかな赤い唇に静かに吸い込まれていき、やがて消える。
「……うむ、やはりと言うか……甘味は強いがしつこくはないのぅ。それにしてもカシスを筆頭に、様々な果実の香りが忍ばされておるな。悪くないぞ?」
鼻に抜ける円熟した芳醇を堪能しながらそう評し、ゼルダは満足げに頷くと、ハルカはほっとしたように表情を綻ばせた。
「よいよい!そう固くなるな!ノジャの従者に妾が食って掛かるような事はないのだぞ?」
「そうじゃ!妾とゼルダは【旧き盟友】じゃからな!多少の無礼にいちいち目くじらを立てるような間柄ではない!」
《まほろば》にやって来た見た目は少女のゼルダは寛いだ様子で身を傾けながらワイングラスを掲げて、やがてほぅ……と一息ついてから、
「この赤も実に良いが、それに合わせるこのチーズも深い味わいで良いな。これはノジャ殿が揃えたのかぇ?」
「それか?ワインを寄越した者が【その赤ならブルーチーズが合うから地元の専門店で買った】と言っておったぞ?何でも歩いて直ぐの場所に構えた店が、チーズなら国内でもかなりの品揃えを誇ると自慢しておったからのぅ!」
二人はそうやり取りしながら、貴腐ワインを互いに注ぎ合いチーズを摘まみながらグラスを傾け合う。
……端から見れば、長い黒髪の少女(ノースリーブの白いワンピース)と金髪の少女(純白のドレス)がワインを挟んで語らっているのだが、その仕草や飲みっぷりは年齢を超越した様で、知らぬ者が見ればその違和感に混乱してしまうのだろうが……
(……でも、片方のノジャはともかく、ゼルダさんって言う方も……妖怪なのよねぇ、きっと)
ハルカは度々ゼルダの前に立ち、その容姿を間近に見ているからこそ……彼女の妖艶さすら漂わせる雰囲気と、その完全無欠な美しい姿に隠された面を垣間見て確信するのである。
彼女の長い睫毛に縁取られた大きな眼は、金色の瞳の真ん中に獰猛な野獣さながらの細い瞳孔がハッキリとし、更にワインを飲む口許からは白くて長い犬歯が見え隠れしていたのである。
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……それから一時間後。
「ッキャハハハハハハァ~♪ゼルダ、よっちゃったよぉ~ん!!」
「くふふふふふふひひひぃ~ん♪ノジャもだよ~ん!!」
二人は肩を組み合いながら嬌笑し合い、バシバシと互いの無い胸を叩きあっては爆笑していた。
「楽しそうだけど……何であそこまで泥酔してんの?って、このワイン、二十三度もあるじゃんッ!!」
ハルカが空きボトルを手に取って見てみると、確かにそこにはハッキリと【23%】と黒々と印字されていた。そのボトルが三本空になってテーブルに転がっているのである。
「……でも、おかしいなぁ……いつもならこの位ホイホイ飲んでる筈なのになぁ……ねぇノジャ、調子はどうなの?」
「ちぃよぉしいぃ~?ぜっこうちょう、なのじゃ~ッ!!」
「にょほほほぉ~い!!ゼルもぜっこうちょうにゃにょ~♪」
「……二人とも壊れたっ!?」
「高濃度のホルムアルデヒド反応です。見るからに酔っ払いです。ハルカ様、この物体の生理的洗浄を致しますか?」
「いや、たぶん必要ないと思うけど……で、ところでゼルダさんは何故ここにいらしたんですか?」
アルコール摂取で一度も乱れた事のないノジャと、明らかに酒に強そうな二人がへべれけになっている様を見て、ハルカは来訪者に尋ねてみたものの、ヘラヘラと笑うばかりで答えが得られそうになかったが、
「私達?そこのゼルダちんの【生誕1100年】を祝うって言われて呼ばれたんよ?」
「あ、そーなんですか……って……せ、【生誕1100年】ッ!!?」
傍らのオーバーオール姿の少女が事も無げに言い、ハルカは思わず絶叫してしまった。
「千年……何と言うか……伝説的を超えて呆れるしかないや……あ、あの、それであなたは……?」
「ワタシ?ワタシはモルフィス。んーと、君達に判り易く言うと……昆虫の元祖みたいなもんかな?」
サラッと言われて少女の姿をまじまじと見てみても、普通の少女にしか……いや、言われて見ると、その眼は白目の無い濃紅の瞳だけで、瞳孔も見当たらない。更に良く良く見てみると……頭頂部にある髪留めと思っていた二つの涙滴型は、細かな球体が寄り集まってその一つ一つにハルカの姿が小さく反射していた。
「それって……もしかして昆虫の複眼!?」
「おー!御明察!!ついでにコレは触角ちゃんだよ?」
モルフィスが髪の毛をゴソゴソと触ると、隙間から櫛の歯状の枝じみたものが一対飛び出し、フワフワと頭の上で揺れていた。
「ね?まぁ昆虫の類いって言っても、外骨格じゃないし構造だけは人間に近いんだけど……ちなみに見た目は擬態してるから、ホントの格好からは程遠いからね?」
親切からかそこまで説明し、更にモルフィスは畳み掛けるようにこう付け加えた。
「しっかしゼルちんも成長したよね~♪ワタシと初めて会った頃は今のノジャちゃんと同じだったから……あっという間の三百年だったね~!」
「あっという間……ですか!?」
「うん!まぁまだワタシの半分もいってないけどさぁ~」
年令のインフレに感覚が麻痺し始めてきたハルカは、モルフィスの言葉を追求する気も無くし空ビンを片付けることにして、ビスケットに台拭きを持ってくるように頼んでその場を後にした。
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「それにしても、こうも簡単に酔うなんて……」
不思議がるハルカだったが、二人の様子を眺めながらジョッキを傾けたモルフィスがオーバーオールのポケットから小さなミニボトルを取り出して、
「……この前ウチの店にゼルちんが来てさぁ~、ワインなら何飲んでも酔わないって豪語してたからさぁ~、三本目にコレ、入れてみたんだけど……気付かなかったみたいね♪」
「……なんです、それ……」
「これ?中身は《スピリタス》ってんだけど……ハルカちゃん知ってる?」
「《スピリタス》って……知らない訳ないでしょ!!あの世界最高アルコール度数の……劇薬級のヴォトカじゃん!!」
……ニヒ♪と悪戯っぽく笑いながら、モルフィスは悪びれる風でもなく楽しそうに、
「そう!混ぜて飲む類いじゃないし、普通なら直ぐに判るだろうけど……やっぱり酔ってると判らないみたいね~!」
グニャリとしながらも、にこやかに笑っているようにも見える二人を眺めながら、フワフワと触角を揺らすモルフィスの後ろ姿からは、どす黒いオーラが見えたような気がし、ハルカは寒気を感じて見て見ぬ振りを決め込んだ。
その傍らで、お互いの連れの醜態も気にせず、デフネとヴァリトラの二人は全く違う話で盛り上がっていたのだが、
「で、その後どうなったの?」
「それでですね私がこう上段から袈裟懸けに切り付けたんですがヒラリと避けられて追撃しようと前に踏み込んだら膝を踏み台にしてあっという間に跳躍!凄かったですよやっぱり猫人種サンって身体のバネが違うんですかね狼人種の私達とは根本的な造りが違うみたいで凄く速いんです!!」
……彼女達なりに話に没頭していたようでした。
次回は……ハチャメチャ現世編?




