幕間「ビスケットな日」
いつもにこやかなハルカを真似て、今日もニコニコ……そんな彼女は人じゃない。名前はビスケット、仕事は店のお手伝い……そんな彼女の趣味は人間観察。今回はそんな彼女の日々を……いや、彼女とか書いてますが性別は無意味じゃね?
_私はビスケット_連結思考体の外部端末ユニットの一つ_
______人の姿は模しているが_人ではない_
_故有ってこの世界で情報収集に従事している_
_非常に低い文明レベルではあるが_この世界の住人は大変ユニークで見ていて飽きない_
_だが一番興味深いのは_年齢偽称の生命体と_その従者である_
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「……行って参ります、お気をつけて……さて、如何いたしましょうか」
私は無人の建造物(保護者のノジャとハルカが経営している店舗)を出ると、外見と仕様を選択し、無難な外観に変えてから、住人が多数生息している箇所を視察することにした。
「……しかし、この界隈は雑多な原住民が多数生息しているので飽きません。情報収集が捗ります」
町行く住人が私の姿を目にして一様に称賛の眼差しを向けてくる。白と黒を基調としたゴシック調の召し使い的な服装だが、中身が有機素材を一切排した合成ポリマーと超合金骨格だと知ったら同様の反応をするのだろうか、するかもしれない。世も末である。
「……本日はここで情報収集をしましょう。精肉、衣服、装身具、原始的兵器。商品構成は変化無し。」
この世界は原始的な接触性破壊武器が大手を振るっている。宇宙空間ではデブリすら跳ね返す事も出来ない低耐性の金属片を身体に巻き付けて、自らの身体能力のみを頼りに採集や狩猟、縄張り争いに従事している。実に危険性に富み非効率的である。
「……あの耳の長い種族の放射線測定をしてみましょう……おお、ご長寿様、お疲れ様です」
……だが、外観に騙されてはいけないのである。この世界の住人は多種多様。今の耳長種族の放射線測定の結果を見ても侮れない事ばかりである。
私の言葉が聞こえたのか、耳長種族の牝はジットリとした眼差しを向けてきたが、ハルカ仕込みの【笑顔で手を振る】をしてみると優しげな眼差しへと変化させてその場を後にした。流石は大先輩、百歳を越えると相手の空気を読むだけの余裕がお有りのようで素晴らしい。
「……さて、人間観察も捨て難いですが、今日は体内変換炉の試験を兼ねて貨幣経済の体験実験をしましょう」
私はノジャから手渡されていた貨幣を腹部の収納ボックスから取り出すと、柔らかく握り締めながら(前に強く握ったら簡単に捻れた)屋台へと向かった。
「おや?お嬢さんお使いの帰りかい?何か欲しいものが有ったら買っていきなよ!!」
中年期の人間の牡が私を手招きしながら、店頭に陳列した油脂で高温加熱した炭水化物の混合物を指差し貨幣交換を持ち掛けてくる。よい実証試験の機会である。ここはハルカの真似をして情報収集をしてみることにした。
「あら~?なかなか美味しそうな炭水化物……もとい揚げパンね♪おまけしてくれるなら一つもらっちゃおうかしら?」
「ははは……いきなりオマケをねだるなんて……やるなお嬢さん!」
何故か中年期の牡は嬉しそうにもう一つ追加して一つ分だけしか請求して来なかった。計算が出来ないのか擬装ボディーに釘付けだったのかは判らない。ハルカの真似をするべきだったのか?その辺りの検証は次回へ持ち越す事にしよう。外部端末ユニットに時間の概念は希薄であるのだから。
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私は手にした揚げパンを頭部投入口へと入れようとして、周囲の眼差しを感じたので中断し路傍の段差に腰掛けて再開する。
【ビスちゃん、食べ物を食べる時は大きな口は開けない方がいいよ?ちょっと大き過ぎるから……】
ハルカの苦言を採用し、効率最優先設計の開閉口を最小限にして、両手に持った揚げパンを咀嚼してみる。擬似歯及び擬似歯茎を使用して細かく裁断する際、まぶされた糖分がシャリシャリと擂り潰され、揚げパンと混合されながら咽部運搬チューブを経由して物質変換炉へと落下し様々なエネルギー源へと変わっていく。ちなみにこうした物質を介しなくても、私は太陽光と体内循環器内のマイクロ発電機で恒久的に駆動エネルギーは確保できるが。
「……擬似味蕾を刺激するのは得難い情報収集ですね。エネルギー変換が悪いのが難点ですが。……あ、しかし……何故でしょうか、心情回路が仄かに過熱します」
「……なーに言ってるのよ一人で……ビスケットちゃんだったっけ?ノジャとハルカさんのとこの……」
右側方からの音声に反応すると、そこには見覚えのある人間の牝がやや至近距離に立っていました。ティティアと呼称されている人間の牝です。
「ティティアさん、こんにちは。私が摂取している揚げパンを所望していますか?そうですかどうぞ」
「あら?ありがとうって何で食べかけの方を寄越しながら新しいのを食べようとしてるのよ!?」
「……マウンティング行為(※①)の模倣ですが如何です?」
「いや全然意味判らないって……でもありがと……」
私はキチンと手にした袋から新しい揚げパンを取り出して、段差の上をパシパシと払いながら指し示すとティティアさんは受け取りながら座り、パンを摂取し始めました。チョロイン属性添加です。
(※①)マウンティング行為→性別問わず、自らの優位性を誇示する為に相手を卑下するか又は自ら進んで馬乗りになる全般の行い。猿山のボスが吼えたり威嚇するのと同じ。人間も似た事を男女問わず行うが、ビスケットは本気で真似をするつもりはないです。それとチョロイン属性は相手に添加出来る属性ではありません。
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「……で、ビスケットちゃんって何でこーやって、町の人を眺めてるの?」
指先をペロリと舐めてから、ティティアさんが質問してきます。彼女の腰には原始的兵器の一つ、【ブロードソード】を携えています。つまり彼女も原始的採集採掘討伐従事者であり、私の情報収集の対象として……大変興味を持ちました。
「はい、人間観察と脅威評価判定及び……具体的にそういった事です」
「あ、そうなんだ……で、暇なの?」
「……暇です。現在ハルカとノジャは所在不明です。ティティアさん、目的一致ならば同行しても宜しいですか?」
「はぁ?……ま、別に構わないけど……その格好で?」
ティティアさんは私の外観に異論があるようです。私は立ち上がり、仕様をゴシック調(略)から惑星降下型単独探査仕様へと変化させようとし、それはオーバーキル過ぎると判断、略式近接火器対応型に変更しました。
「うわぁっ!?何よいきなりっ!!……ひええぇ……ビスケットちゃんって魔導士だったの?」
「……いえ、只の単独思考体・外部端末ユニットです。それでは参りましょう」
……私はこうして少しの間、ティティアさんに同行してこの魅惑的な文明を体感する事になった。尚、数日後に帰宅した際にハルカに厳しく叱責されたが、それは表面的なだけで実は違ったらしい。人間は回りくどい手段で感情表現をする。
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「……それで、結局どうだったの?フィルティさん……」
戻ってきたビスケットは表面洗浄をすると言って、厨房で流し台の中でジャブジャブと身体を洗っている。私は頭痛を感じながらフィルティさんに尋ねると、彼女はグッタリとしながら、
「……討伐数32、踏破迷宮4……絶倫よホントに……ニッコニコだったわよ終始……はぁあぁ~、疲れたわぁ……」
ホントに信じられない!!と繰り返しながらそう言うと、ビスケットの成果を呆れつつ報告して机の上に倒れ込みました……。
100ポイント越え完結記念でした。個人的に物凄く御気に入りの作品です。ビスケット無双回、いつかやってみたい(笑)。次回は人物紹介と言う名の字数稼ぎ(おいこら)ですが、後書きに色々書いてみようかな?




